栄冠は薔薇の上に輝く
その日以降、ミランダはサリヴァン家で宣言したことを忠実に守った。すなわちエリオットたちの外出を制限し、その自由をでき得る限り奪ったのである。
エリオットは、別段抵抗もしなかった。こういうときは、大人しくしているに限る。エリオットは学院から帰ると真っ先に屋敷に直行して、それから翌日の登校時間まで一切の外出をしなかった。エルティシアやヘレナにも下手なことはしないように言っておいたし、二人ともきちんとその通りにしてくれた。
もっとも、エリオットが殊勝な態度を示していたのは表面だけだ。その裏で、エリオットはクロウにいくつかの指示を与え、それを実行してもらっていた。
そのまま、しばらくの時が流れた。ミランダとアイリスが揃って外出したのは、ある雪の降る年の瀬のことだった。
普段、仲が良いとは言い難い二人が一緒に出掛けるなどあり得ないことだが、今回ばかりは事情が違った。王宮で開催される、年末の晩餐会を兼ねた宝飾品品評会の結果発表会に招待されたのだ。
ミランダもアイリスも自信満々で出掛けていった。まるで、発表会を待たずとも、結果など分かっていると言いたげだ。二人が乗り込んだ馬車が屋敷を出ていくのを、自室の窓からエリオットは眺めていた。ミランダの監視の目が無くなるのは、今を置いて他にない。完全に馬車の影が見えなくなったところで、エリオットはコートを着込んで部屋を出た。
ミランダとアイリスが帰ってきたのは、日付が変わって久しい時間帯だった。と言っても、屋敷に入ってきたのは二人だけではなかった。彼女たちは、まるで取り巻きのようにも見える大勢の記者に囲まれていたのだ。正面玄関の柱の影から、こっそりと様子を伺っていたエリオットの耳に、記者たちの声が届く。
「優勝おめでとうございます。今の気持ちを一言でお願いします」
「今回の勝利を一番に伝えたい方はいらっしゃいますか?」
「他の参加者に向けて、何か仰りたいことは?」
今日の朝に出る新聞を読まずとも、エリオットには、今回のサンドリヨン王国宝飾品品評会で、ローゼンベルク家が華々しい成績を残したのだということが分かった。
「当然ですわ」
ミランダは勝ち誇って高笑いをしていた。
「王国一の名門、ローゼンベルク家が、いつまでも日陰で咲くのに満足しているとお思いですの? この勝利は我が夫、ヒューゴ様に捧げますわ」
「負け犬どもにくれてやる言葉なんてないね」
アイリスも心底愉快そうにしていた。
「私たちのところより、他を当たったらどうだい? クリアリーの奴なんか、結果発表の場では、悔しくもなんともありません、みたいな顔してたけどさ。今頃、荒れてるに違いないよ。その様子、せいぜい面白く書き立ててやんな」
その後も記者たちのインタビューは続く。あまりに騒がしかったので、屋敷中の者たちが起きてきたり、仕事の手を止めたりして様子を見に来たようだ。あちこちの通路から、使用人たちが顔を覗かせていた。エリオットがいるのとは反対の廊下の入り口に、ヘレナがいるのが見えた。何事だろうと、使用人仲間のライザと顔を見合わせている。声を掛けられた気がして振り向いてみれば、サーモンピンクのネグリジェ姿のエルティシアまで、階段から降りてくるところだった。
「何なの?」
あくびを噛み殺しながらエルティシアが尋ねてきた。
「あの人たちのお帰りですよ」
エリオットはホールに目を遣った。
「品評会で優勝できたみたいですね」
「そう」
特別に興味を引かれたふうでもなく、エルティシアが呟く。
「それだけなの? お父様がいらっしゃった頃は、そんなの、大して珍しくも無かったじゃない。こんなに大騒ぎしなくても良いと思うんだけれど……。私、もう行くわ」
感慨も無さそうに言うと、エルティシアは自室へ戻っていった。しかし、エリオットの考えは違った。
(僕は賑やかし役でも務めさせてもらおうかな)
エリオットは、朝刊の内容をより盛り上げるべく、記者たちがたむろする方へと足を運んだ。




