健闘
「エ、エリオット様……」
ヘレナはエリオットの上着を掴みながら、真っ青な顔になっていた。
「やっちゃったね」
エリオットは肩を竦めた。
「姉上のところに行こう。早くしないと、あの人がまた怒るし」
ヘレナは小さく頷いた。
エルティシアは、グラントの部屋にいた。ボロボロと涙を零しながら、窓際のソファーにうずくまっている。その背中を、グラントが慰めるように撫でていた。
「ご、ごめんなさい。エリオット……」
二人が部屋に入ってくると、エルティシアは、グシャグシャになった顔を上げた。あまりに悲惨なその様子に、エリオットの胸は軋むように痛んだ。
「わ、私、知らないって言ったの。ここには私一人で来たって。でも、上手く誤魔化せなかったわ。あの人、皆知ってたのよ……!」
「お前は立派だったよ、エルティシア」
グラントがゆっくりと言った。
「エリオットのことも、そっちのお供の子のことも庇おうとしてさ。悪いのは皆、あのお嬢さんさ。恐ろしい人だな、本当に」
「えっ、私を?」
ヘレナは瞠目した。エルティシアは俯いて「ええ」と呟いた。
「……どうしてなんて聞かないでよ? とっさに言っちゃっただけよ。ヘレナは無関係だって」
エルティシアは、自分がそんなことをしたことに、衝撃を受けているようだった。ヘレナも「は、はあ……」と曖昧な返事をする。
「姉上、すみませんでした。僕の計画が不完全だったんです」
エリオットは、グラントの反対側に座り、彼の代わりに姉の背をさすってやった。エルティシアは、ミランダに見つかったことで動揺して泣いている訳ではないだろう。きっと、何か心無い言葉を浴びせられたに違いない。エリオットは怒りで体が震えそうになっていたが、壊れた時計の振り子のように不自然なくらい早く手を動かすことによって、それを内側に押し込めた。
「ヘレナもごめんね。君も後で叱られるかもしれないけれど……」
「いいえ。私も、ついて行くことに了承しましたから……」
ヘレナは首を振って、エルティシアの方に近づく。グラントが退いたところに腰掛けて、エルティシアにおずおずとハンカチを差し出した。
「……ありがとう」
エルティシアの口調はそっけなかったが、ヘレナの好意を拒絶したりはしなかった。受け取ったハンカチで涙を拭う。
「行きましょうか」
少し落ち着いてきたエルティシアが言った。真っ赤になった目で、グラントを見る。
「それでは伯父様、ご機嫌よう」
「ああ、元気でな」
遣る瀬無さそうにグラントが挨拶を返した。
三人は、エリオットを挟んで横並びで歩いた。何の意識もせずにそうなったのだ。それが一番自然な形で、三人の中での習慣になっているのだと言わんばかりだった。
幼い頃から、こんな風に肩を寄せ合って生きてきた。エリオットは、そんなありもしない過去が、脳裏に蘇ってくるような錯覚を覚えていた。