どうやらここは乙女ゲームの世界のようなので、主人公の私がするべきことは一つです
「ヘレナ」
軒先に並ぶ陶器の皿を見るとも無しに眺めながら物思いに耽っていたヘレナは、我に返った。エリオットが、こちらに向かって歩いて来るところだった。
「探したよ。随分遠くまで行ってたんだね」
「ええ、まあ……」
ぼんやり歩いていたので、そんなこと考えてもいなかった。「買いたいもの、見つかった?」とエリオットは尋ねてくる。そんなものなどないと分かっているのに、からかっているのだろう。
「この辺りのお店には売っていなかったようです」
そんなことを言いながらも、ヘレナはふと、彼が今まであの店の中で元婚約者と二人で話していたのだということに思い至った。
「どうでしたか、久しぶりに話せて」
ヘレナは何となくモヤモヤした気持ちになった。自分がその状況を作り出したというのに、どうしたことだろう。エリオットは、やや困ったように返す。
「どうもこうも……。僕、ジョセフィーナが昔はどんな人だったかなんて、よく覚えていなかったし」
「え、そうなんですか」
ヘレナは目を見開いた。彼はそんなところにまで無関心だったようだ。
「実は、ヘレナのことを話していたんだ。ジョセフィーナは、僕が変わったって思ってるみたいだった。それで、その変化には君の存在が影響しているって言うんだよ。僕にとって、君が大切だからって。彼女、中々興味深い考え方をするよね」
いつからか、エリオットが自分に掛けてくる言葉には、打算が含まれなくなった。お茶会のときの「結婚してみないか」は淡泊だったのに、今の「大切だから」は、真っすぐヘレナの心に響いてくる。多分それは、彼が裏のない自分の本心を口にしているからだろう。その度に、ヘレナの胸は熱くなり、顔が火照る。
しかし、エリオットは、そんなヘレナの内心にまるで気が付いていないようだ。いや、きっと、気が付いていないからこそ、ここまで素直な言葉を吐けるのだろう。
彼は、利用できるものは何でも利用してしまう。自分の言葉でヘレナの心が動いていると分かった途端に、エリオットは毎日でもヘレナに「大切だよ」と囁いてくるに違いないのだ。だが、裏を持ってしまった言葉など、すでに意味はない。エリオットが何の意図もなく掛けた言葉こそが、ヘレナの心を揺さぶっているのだから。
「それに、今のジョセフィーナは、幸せそうだったよ。多分僕と結婚するよりも、駆け落ちして正解だったね」
エリオットは、ジョセフィーナに一切の未練はないらしかった。ヘレナは先程まで感じていた、淀んだ気持ちが晴れていくのを感じていた。そして、そんな自分に気が付いて、狼狽えた。
(今、私、絶対嫉妬してた……)
エリオットがただのきょうだいなら、彼が誰に心残りがあろうが嫉妬などするはずがない。薄々気が付いていたが、自分が彼をどう見ているのか、ヘレナはこの瞬間に、はっきりとした確信を持ってしまった。
それにしても妙な心地だ。これでは自分が彼を攻略しているのではなくて、自分が彼に攻略されているようではないか。いや、今回だけではなく、ヘレナは今までに何度もそう感じたことがあった。そして、その度に疑問に思った。彼は、本当はここがどういう世界なのかも、ヘレナの立ち位置も全部知っていて、物語の主人公である自分を攻略しにかかってきているのではないかと。
しかし、そう考えたところであまり嫌な気はしない。そんなものは、あくまできっかけにすぎないからだ。今のエリオットは、きっと本心からヘレナのことを気に掛け、損得勘定抜きで好いてくれている。彼が自分に掛けてきている言葉は本物だから、少なくともヘレナはそう信じることができた。
それにヘレナは、乙女ゲームの主人公のプライドなどというものを持ち合わせてはいなかった。何が何でも自分から誰かを落としに行かなくては、などという考え方をしたことは、これまで一度も無い。
(でも、このままの感じで、エリオット様とのエンディング、迎えられるのかな……?)
エリオットは、恐らく自分の気持ちもしっかりと認識できていないような鈍い人間だ。だから、放っておくのは何となく不安だった。やり直しがきかないからこそ、そう思ってしまうのだろうか。
確実なのは、彼とのエンドを迎えるために、自分がアクションを起こすことだ。しかし、それはそれで悩んでしまう。ヘレナは、セーブデータが無くなってしまって以来、画面の外の神に動かしてもらっているという感覚が薄くなっていた。何もかも自分で考えて行動しているような気がしていたのだ。そうなってくると、自分は気が弱くで、どんくさい人間であると認識せざるをえなかったが、そんな自分でも、エリオットに上手くアプローチなどできるのだろうか。
「どうしたの、ヘレナ。難しい顔して」
エリオットが不思議そうに顔を覗き込んでくる。あなたのせいですよと言いかけて、ヘレナは台詞を飲み込んだ。そんなことを言ってしまえば、次の言葉に困るのは自分だ。
やはり、上手い具合にはいかないようである。乙女ゲームの主人公ではあるが、自分は恋愛のプロフェッショナルには程遠いと実感せざるを得なかった。




