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アヒル安くんぞ白鳥の志を知らんや 

「何かと出会うことによって、それまでとは物の見方や考え方が変わってしまうというのは、珍しい話ではありませんよ」

 ジョセフィーナは、ショーウィンドウの燕の置物の横に飾られた、白鳥オブジェを見ていた。


「私、小さい頃、鳥を飼っていたことがあるんです。家族とピクニックに行ったときに、偶然卵を見つけて、自分で育ててみようって思って。それからというもの、毎日図鑑を読んだり、色々な鳥を観察したり……。それまでは、鳥になんて、何の興味も無かったんですけどね。お蔭で私、少しは鳥に詳しくなれました。あの……上手く説明できなくてごめんなさい。私の言いたいこと、分かりますか?」

「うん、何となくね」

 エリオットは頷いた。


「その卵、どうなったの?」

「きちんと孵りましたよ」

 ジョセフィーナが微笑んだ。


「私、てっきりアヒルか何かだと思ってたんですけど、生まれてきたのは灰色の鳥で……。自分が変な孵し方をしてしまったせいなんだと思ってました。……でもそれ、白鳥の雛だったんですよね」

 ジョセフィーナはエリオットの方を見て、感嘆のため息を吐いた。


「エリオット様も、きっとそうだったのでしょう。私はあなたの本質が見えていなかったし、それを引き出すこともできなかった……」

「君は、僕がどうして白鳥になったと思う? 何がきっかけなのかな?」

 ジョセフィーナは、白鳥の卵と出会い、鳥に興味を持つようになった。ならば自分の転換点は、一体何だったのだろう。「そうですね……」とジョセフィーナは首を傾げる。


「エリオット様は、他人への気遣いができるようになりました。誰かの幸せを願えるようにも……。……何かお心当たり、ありません?」

「……ヘレナ?」

 エリオットは呟いた。


 改めて考えると、彼女が契機だったように思う。自分は、ふとしたことで、彼女がこの世界の重要人物であると知った。そして、今まで庭に転がっている小石程の関心しか抱いていなかった彼女のことを、何かと考えざるを得なくなった。仕方無かったとは言え、姉以外の誰かのことであれこれ気を揉むなんて、父の死以来、無かったことだ。そういう意味では、ヘレナは特別な相手だ。

 

 それに近頃は仕方無くではなく、本心から彼女を気にかけるようになってしまった。『物語の中で重要』だったヘレナは、エリオットの中でいつの間にか、打算抜きで『自分にとって重要』に変わっていた。彼女を観察している内に、興味が芽生えた結果だろう。


「……大切な相手ができたおかげで、他の人にも優しくするようになった。……そういうことってあると思う?」

「思いますよ」

 ジョセフィーナは、優しげな笑みを浮かべていた。


「素晴らしいことではありませんか、エリオット様」

 ジョセフィーナは、テストで満点を取った生徒を褒める教師のようだった。ふと、裏手の方から声が掛かる。


「フィーナ。ちょっと来てくれる? 新しく作った作品の感想を聞かせて」


 店の裏に続く入り口に、二十代後半くらいの女性が立っていた。体中煤だらけだ。だが、それを抜きにしても元々見た目に頓着する方ではないのか、髪形も服装も少々野暮ったい。恐らく、この店に並べる商品を作る職人の一人だろう。


「今、接客中なんだけど」

 ジョセフィーナは呆れ顔で言った。


「あなたっていつもそうね。今朝だって、ベッドにいないと思ったら、隣町まで材料を探しに行ってたし、一昨日だって、部屋に帰って来ないで一晩中工房に居座ってたし……」

「良い作品を作るためよ」

「だからってもう少し、気を使うとか何とか……」

「……もう、僕行くね」

 喧嘩を始めたジョセフィーナに、エリオットは苦笑いした。


「今度は何か買っていくよ。話、聞かせてくれてありがとう」

「い、いいえ。大したことでは」

 我に返ったジョセフィーナは、お辞儀した。職人の女性が「誰?」とでも言いたげに、こちらを見ている。

「ありがとうございましたー」という元気な声に見送られて、エリオットは店を後にした。

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