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薔薇と燕

「その人と、上手くいってる?」

 エリオットはヘレナの好意に甘えて、もうしばらくジョセフィーナと話すことにした。


「はい……」

 ジョセフィーナは肯定するのが申し訳なさそうだった。


「このお店の工房で、陶芸職人の見習いをしているんです。私も、ここの店員をすることになりました」

「なるほどね、陶芸職人……」

 ジョセフィーナの想い人は、もともと、陶芸に興味を持っていたのだろうか。もしかしたら、二人が知り合ったもの、その縁かもしれないとエリオットは思った。


 スワローズ家は、元は陶磁器の販売をする店を手掛けている平民だった。そこで得た富を利用して、スワローズ家が貴族の位を買ったのは、今から五十年ほど前の話だ。

 貴族となってからも家業は続けられ、毎年かなりの利益を上げていた。しかし、貴族としてはまだまだ新参者であり、『平民上り』と他の貴族家からは軽く見られることもしばしばあった。

 

 そこに目を付けたのが、エリオットの叔母のアイリスだ。アイリスは二年前にエリオットと、スワローズ家の一人娘、ジョセフィーナの婚約を取り付ける算段をした。叔母は、スワローズ家に、ローゼンベルク家との繋がりという箔を与える代わりに、結婚の際に相手側が用意する大量の持参金をふんだくる気でいたのだ。


 しかし、大金をせしめるというアイリスの計画は途中で破綻した。ジョセフィーナが以前から恋仲にあった平民と駆け落ちしてしまったため、エリオットとの婚約を解消せざるを得なくなったのだ。アイリスは怒り、スワローズ家からは商品を買わないように、周囲に圧力を掛け始めた。

 その結果、スワローズ家は家業を廃業するしかなくなり、貴族の位も返上。王国の表舞台から姿を消してしまった。


「君の家族には叔母が申し訳ないことをしたと思ってるよ。でも、少なくとも君は幸せそうで良かった」

 本当は申し訳ないなどという言葉では到底足りないような気がしたが、他に言いようもない。エリオットが謝罪すると、ジョセフィーナは目を瞠った。


「エリオット様……? どうなさいました? そんなこと仰るなんて」

「どういうこと?」

「いえ……エリオット様がそういう心の籠ったお優しいお言葉を掛けるのは、珍しい気がして……」

「いつもは冷たいってこと?」

「いえ、冷たいというか打算的というか……」

 言ってしまった後で、ジョセフィーナははっとなった。流石に失礼だと感じたのか「すみません」と頭を下げる。


「とにかく、私が幸せそうで良かったなんて仰る方ではありませんでした」

「……別に、不幸になる人は一人でも少ない方が良いと思っただけだよ」

「不幸に、ですか」

 ジョセフィーナは、複雑そうに返した。


「私、分かっていました。駆け落ちなんかしたら、きっとローゼンベルクの人たちは怒るだろうって。でも、私どうしても嫌だったんです。あの人以外と結ばれるのは……」

  ジョセフィーナを直向きと見るべきか、愚かと見るべきか、エリオットは悩んだ。だが、彼女の何を失っても良いという強い思いは、軽々しく否定してはいけないような気がした。


「僕に、何か君の助けになることができれば良いんだけど」


 いよいよジョセフィーナは団栗眼となった。余程自分はおかしなことを言っているらしいと、エリオットは気が付いた。エリオット自身も、こんな慈愛の精神がどこから出てくるのか不思議だった。


 ジョセフィーナは、婚約者と言ってもアイリスが勝手に決めた相手である。エリオットよりも五つ年上の彼女は、エリオットが入学したときにはすでに学院を卒業しており、叔母に引き合わされるまで面識もなかった。婚約を結んでからも、大して特別視していた記憶がない。彼女が平民と駆け落ちしたと聞いたときだって、ちっともショックでは無かったし、失っても惜しいとすら思わなかった。

 確かに、そういう自分は、ジョセフィーナの目には冷たく映ったかもしれない。想い人の存在以前に、結婚する気になれなかったのだろうことは想像に難くなかった。


「まあ、僕も人間なんだから、変わることくらいあるよ」

 何だか近頃は似たようなことをよく言われる。ジョセフィーナは「それにしたって、理由があるはずです」と言って、ショーウィンドウの方に目を遣った。

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