品評会前哨戦
まだまだ秋が忍び寄る気配もない暑い夏の夜、エリオットが学院でちょっとした用事を済ませてから、いつもより遅い時間に帰宅すると、玄関ホールで大勢の客人とすれ違った。
「何の騒ぎ?」
屋敷から出て行く彼らを見ながら、エリオットは出迎えてくれたマリーに尋ねた。
「奥様のお客様です」
奥様――ミランダのことだ。エリオットもエルティシアも、ミランダを母と呼んだことは一度もないが、使用人は奥様と呼ぶように言いつけられていた。
「記者の方々ですよ。オートム新聞社の方、サンドリヨン・タイムズ社の方、それにスミス新聞社の方。後は……」
マリーはその後も数々の社名を挙げていった。有名なところから聞いたことのないところまで様々だ。
「取材にいらっしゃったみたいですね。ほら、来月から品評会が開催されますから」
マリーの言う品評会とは、サンドリヨン王国宝飾品品評会のことを指している。各貴族家お抱えの腕利きの職人たちが作った自慢の宝飾品の中から、最も優れた一品を選ぶのである。数ある品から自家のものが選ばれるのは名誉なことだが、それだけではなく、ここで最優秀賞を取った貴族家は、次の一年間、独占的に王室に宝石類を献上することができるのだ。
とは言え、最優秀賞を取るのは決まってローゼンベルク家かクリアリー家だ。クリアリー家は領内に素晴らしい鉱脈を抱えており、ローゼンベルク家は諸外国から積極的に優秀な職人を招いているのが勝因とされている。
しかし、ここ三年は、ローゼンベルク家はクリアリー家に優勝を鼻先から掠め取られていた。ミランダはそれが気に入らないらしく、今年こそはと息巻いているようだった。
件のインタビュー記事は早速、翌日の日刊紙、サンドリヨン・タイムズに載っていた。ミランダだけでなく他の貴族家にも取材をしたらしく、『栄冠を手にするのは?』という見出しが躍っている。
それでもやはり、一番の目玉はローゼンベルク家とクリアリー家だ。両家の代表の大々的な挿絵と長文のインタビュー記事は、一面に載せられていた。どちらも今回の品評会に向けての意気込みを熱く語っており、さながら紙面で戦争をしているようだった。
新聞の評では、今年もしのぎを削る戦いが繰り広げられそうだとあった。しかし、ミランダたちは特に焦っている様子もない。アイリスの横で新聞を広げながらウィリアムが「うーむ」と唸るのを、たまたま談話室の前を通りかかったときにエリオットは聞いた。
「クリアリー家のご当主は、今年も優勝を狙う気だとよ」
「随分と大きな口を叩くじゃないか。まあ、今の内だけだね」
二人はそう言って、大きな声で笑い合っていたのである。
新聞に記事が出た次の日に、王宮の中にある小ホールに各貴族家が出品した作品群が飾られた。審査員でなくとも、王宮に出入りする権利を持つ者ならば、誰でも鑑賞できるようになっている。エリオットも学院の帰りに立ち寄ってみた。
光り輝く宝石たちは、ガラスケースの中で凍った星のように煌めいており、どれも美しい。出品者や作品名、宝石の産地などが記された紙が傍らに添えられており、そこに押された各貴族家の印章が、しかつめらしく作品を更に上等のものに見せる役割を担っていた。
その中でも、白眉はクリアリー家とローゼンベルク家の作品だろう。両者のガラスケースの前には、まるで磁石に引き寄せられた砂鉄のように、自然と黒山の人だかりができていた。
クリアリー家の今年の作品は『白露』と表題されていた。その名の通り、選ばれた宝石は澄み渡った無色透明のダイヤモンドだ。金でできた髪飾りの上に、小粒の透明な宝石が散らばる様が、まるで朝露に濡れた花のように見えるのでそう名付けたのだろう。宝石類が持つ独特の清冽さと繊細な金細工の組み合わせは、つけるだけで町娘であろうと深窓の令嬢へと早変わりさせてしまいそうだった。
一方のローゼンベルク家は、首飾りにエメラルドを配していた。作品名は『砂塵舞う』。幾重にも重なったチェーンの部分に黄金の丸い飾りが付けられ、その真ん中に大振りのエメラルドが光る。宝石には、小さな蛇をかたどったオブジェが巻き付けられていた。どこか異国情緒溢れる見た目通り、砂漠の国の王が身につける装飾品をモチーフに作られたらしい。金の流砂の中に輝く緑のオアシスが見えるようだ。灼熱の太陽が砂地を焦がし、揺らめくカゲロウが立ち上ってくる様がありありと眼前に浮かんでくる。
「思ったより悪くないね」
作品をゆっくり眺め回しながら、エリオットは呟いた。
「優勝できると良いですね、ミランダさん、アイリスさん」
エリオットは微かに笑って、審査が行われる日を楽しみにしながらホールを後にした。




