悪役令息の懺悔
「エリオット様……?」
俯いていたエリオットは、掛けられた声に我に返った。顔を上げると、買い物袋を抱えたヘレナが立っている。
「ヘレナ……? どうしてここに……」
エリオットは動揺した。ヘレナは「たまたま通りかかったんです」と答える。
「買い物をしようと思って。そうしたら、エリオット様が公園の中へ入って行くのが見えて……。この公園って、えっと……ちょっと変わった人たちがいることが多いから、何だか心配になって……」
「……見てたの?」
一連の出来事をという意味を込めて聞いた。ヘレナは「はい」と頷く。
「そう……」
エリオットは、何と返して良いのか分からなかった。元々、エリオットは今回の件をヘレナに話すつもりはなかったのだ。
「……エリオット様、ありがとうございます」
だが、ヘレナはエリオットと違って、まるで狼狽していなかった。エリオットが思いもかけなかったことに礼まで言ってくる。「何が?」とエリオットは尋ねた。
「私のために怒鳴ってくださったでしょう?」
「いや、あれは……」
否定の言葉が口から出て行きかけたが、よく考えてみれば、確かにあれはヘレナのためだったのかもしれない。「そうだね」とエリオットは言い直した。
「何だかヘレナのことを悪く言われて腹が立って……。でも、変だよね。僕がそんなことになるなんてさ」
「どういうことですか?」
「……今までごめんね、ヘレナ」
一瞬言い淀んだエリオットだったが、純粋に自分に感謝してくる今のヘレナに対して、はぐらかしたり適当なことを言ったりはできそうになかった。
「ヘレナはずっと酷い目に遭ってたのに、僕は……助けようともしなかった。それなのに、君に利用価値があると分かったら、途端に気にかけるようになってさ……。虫が良いよね、本当に」
「……どうしちゃったんですか、エリオット様」
ヘレナは、エリオットからいきなり尻尾が生えてきたところを見てしまったくらいに仰天していた。
「エリオット様がそんなことを仰るなんて……。もしかして、具合でも悪いんですか……?」
「体調なら良いよ」
エリオットはやや心外に思った。
「僕だって、反省くらいするよ。君は僕のこと、何だと思ってるんだよ」
「何と仰られても……」
ヘレナは少し悩んだ。
「エリオット様は、いつでも自信がおありというか……。過去の自分に関心が無いというか……。いえ、現在の自分についてもなのかもしれませんけど……」
「そう言えば、前にもそんなこと言ってたね」
二人でお茶を飲んだときのことだ。あのときもヘレナは、エリオットのことを「自分に関心がないように見える」と評していた。
「僕、変わったんだって」
クロウとの会話を思い出しながらエリオットは言った。
「自分じゃ、よく分からないけどね。君のことが大切だとかどうとか……」
「えっ……」
ヘレナは真っ赤になった。エリオットは戸惑う。
「何、急に」
「いえ、あの……いきなりそんなことを仰るから……」
「だからって、どうして照れるの?」
エリオットは不可解な気持ちになった。
「僕、前に君に結婚してほしいって言ったよね? そっちの方がとんでもない発言だと思うけど、君は何ともなさそうだったじゃないか」
「ええと……そう仰られましても……」
ヘレナは困り果ててしまった。女心は複雑だとエリオットは思った。
「と、とにかく私は、エリオット様が変わられたこと、喜ばしく思います」
まだ頬を赤らめたままヘレナが言った。
「私のこと……気にしてくださって、嬉しいですよ。確かに、急に態度が変わって戸惑いはしましたけど……。でも、ずっとあのままなんて嫌でしたから。手のひら返しでも何でも、変わってくれて感謝しています」
「ヘレナ……。君は器が大きいんだね」
エリオットは感心した。
「僕、本当は嫌われることも覚悟してたんだよ。でも、何ていうか君は……」
「いえ、別に私はエリオット様のことは嫌いでは……」
「じゃあ、好きなの?」
「へ? いや、あの……」
ヘレナは虚を衝かれたようだった。また赤くなって視線を逸らせる。そして、「あれ、あの人……」と呟いた。
「はぐらかさないでよ」
エリオットはヘレナに詰め寄った。ヘレナは声にならない悲鳴を上げる。
「どうなの?」
「ええと……その……」
ヘレナは消え入りそうな声を出した。
「今のエリオット様なら……好きになれるかもしれません。……その内」
「ふーん。その内、ね」
嫌われないだけましかとエリオットは思った。ヘレナは、一刻も早くこの場から立ち去りたいようだったが、足に力が入らないのか、エリオットに距離を詰められたまま、地面に縫い付けられたように立っていた。
「エ、エリオット様こそ、どうなんですか」
そんな状態で、ヘレナは精いっぱいの抵抗を見せた。
「私のこと……お好きなんですか?」
「……そんなこと、考えたこともなかったよ」
エリオットは少し驚いていた。ヘレナは呆れ顔だった。
「それなのに、求婚したんですか……」
「そういうことになるね」
エリオットは頷いた。
「でも僕、君のことは大切だよ?」
エリオットは顎の下に手を当てて、自分の気持ちをまとめながら喋った。
「興味があるっていうか、大事っていうか……。あれ……? こういうのってもしかして……」
しかし、エリオットの思考は中断された。どこからともなく、元気な声で「こんにちは、スミス・ウィークリーです。取材、よろしいですか?」と聞こえてきたからだ。
エリオットが目を遣ると、一体どこから湧いて出てきたのか、記者団を引き連れたスミス新聞社の女社長が、目を輝かせながらこちらへ向かってやって来るところだった。
「今は、逢引の最中でしたか、ローゼンベルクさん?」
「その後、お二人の仲に進展はありましたか?」
「噂によると、身内の方からは、お二人の関係は快く思われていないそうですが、そのことについて、どう思われますか」
記者たちは、矢継ぎ早に質問を浴びせ、スクープの元を囲み込んで逃がすまいとした。しかし、エリオットの方が早かった。ヘレナの腕を素早く掴む。
「ヘレナ、足に自信はある?」
「……え?」
ヘレナが目をパチクリさせた。エリオットは軽く笑うと、彼女を掴んだまま、囲みを抜けて走り出した。
「ごめんね。取材なら、また今度!」
何となく、もう彼らを利用する必要はないように感じた。こんなことをしなくても、ヘレナの気持ちは自分の方に傾きつつあると思ったのだ。エリオットは追いかけて来る記者たちを振り切ろうと、人混みの中にヘレナと一緒に入って行った。