決別
「よく分かったよ。君がヘレナのこと、少しも大切にする気がないってね」
エリオットは冷ややかに吐き捨てた。
「ぼ、坊ちゃん、それは……」
「何? 反論があるなら聞くよ。ただし、僕の堪忍袋の緒が切れるまでだけど」
「坊ちゃん、違うんですよ。ほんの冗談で……」
スティーブンはどうにか取り繕うとしたが、エリオットの表情を見て、もう遅いと悟ったようだ。軽く舌打ちすると、「おう、言ってやらぁ」とやけ気味に吐き捨てた。
「俺はあいつの父親だ! だから、俺には権利がある! ローゼンベルクから施しをもらう権利がよぉ! 俺がいなけりゃ、あいつは生まれても来られなかったんだぜ? 恩返しするのが筋ってもんじゃねぇのかよ、え?」
「恩返し、ね……」
エリオットは呟く。
「クロウ」
スティーブンの背後で、ルックが影のように動いた。みすぼらしいカラス男の姿が消え、代わりに黒ずくめの男がその場に現れる。彼が発する凄みのあるオーラに、スティーブンはたじろいだ。
「ヘレナだな?」
自身の窮地を察して、スティーブンが喚いた。
「俺にローゼンベルクの財産をやるのが惜しくなったんだろ! 自分の取り分が減るからってよ! あのろくでなしのあばずれが!」
「ヘレナはそんな人じゃない!」
エリオットは思わず叫んだ。ヘレナに対する同情心と他のよく分からない感情が胸の中でない交ぜとなる。
「ろくでなしはお前の方だ! 今までずっと、ヘレナを見捨て続けたお前の! お前なんかに、幸せになる資格はない!」
言いながら、エリオットは胸を抉られたような気持ちになった。口から発した凶器が、そのまま自らの身を貫いていくような気がした。
「うるせぇ!」
エリオットが躊躇った隙をスティーブンは見逃さなかった。
「俺は俺の好きなようにやる。これまでも、これからもな!」
スティーブンがエリオットめがけて突進してきた。とにかく、この場を離脱するつもりだったのだろう。
しかし、狙いをエリオットに定めたのが運の尽きであった。一瞬の後、スティーブンは地面に伸びる無様なぼろきれへと変わり果てていた。
「お怪我はありませんか、我が主」
道端に落ちている鳥の糞を眺めるに等しい目で、クロウがスティーブンを見ていた。彼がスティーブンを昏倒させたのだ。主人に危険が及ばないようにするのも、クロウの役目である。
「うん、ありがとう」
エリオットは頷いた。
「この人、どこかに捨てて来て。金輪際、顔も見たくない」
「承知しました」
クロウが恭しく一礼した。わざとスティーブンの手を踏みつけてから彼を担ぐと、茂みの奥へ消えて行く。
エリオットも公園から出た。周囲の浮浪者がこちらを見て囁き合っている。しかし、同類が連れ去られたことに関して、彼らがどこかへ訴え出るなどということはまずないだろう。それに、そんなことをしても相手にもされないに違いない。
目障りな者は排除できた。それなのに、エリオットはちっとも嬉しくなかった。自分の発言がまだ心に刺さったままだったのだ。
(あの男がろくでなしなら、僕だってそうだ)
エリオットは、これまでの自分を振り返った。自分は、今まで一度でもヘレナがいじめられているのを助けたことがあっただろうか。困っている彼女に手を差し伸べたことがあっただろうか。姉の幸せのためにヘレナを利用する。一体スティーブンと自分は何が違うというのか。ヘレナはそんな自分のことを、父親と同じように軽蔑していないと、どうして言い切れよう。
エルティシアは今までの自分を反省するような態度を見せていたのに、自分の中にそんな気持ちが沸き出て来なかったのは、いっそ不思議でさえあった。もしかして自分は、骨の髄まで悪役が染み込んでいるのだろうか。




