本音
王都の中心部にあるマグネア広場は、ちょっとした市場やカフェスペースなどが立ち並び、王都に住む市民の憩いの場となっている。朝早くから人通りの多い広場は、夕刻になっても活気に溢れていた。そんな人々を尻目に、一人の男が広場内にある公園のベンチの上で寝ていた。薄汚れた身なりの中年の男性だ。
「よう、旦那」
別の男がベンチで寝ていた男に話しかけてきた。彼もまた、あまり清潔とは言えない恰好をしている。着ているシャツは元の色が分からないほど黒ずみ、頭には年老いたカラスのような、くたびれて穴の開いた帽子を乗せていた。
「うーん……。何だ、お前」
せっかくの安眠を妨害されて、男は不機嫌な様子で唸った。軽く伸びをしながら、カラス男をジロジロ見る。
「新入りか?」
この公園は、所謂浮浪者たちのたまり場となっている。ここに限らず他のベンチでも、同じようなみすぼらしい服装の者たちが眠ったり、同業の者と話をしたりしていた。
「ま、そんなところさ」
カラス男は頷いた。許可も取らず、ベンチの開いたスペースに腰掛ける。
「俺はルックってもんだ。旦那は?」
「スティーブン」
「スティーブンの旦那、あんた、ローゼンベルク家の知り合いかい? こないだ、あの家のもんと話してただろ」
この言葉で、それまでルックの方を不審そうに眺めていたスティーブンが、ニヤリと笑った。
「まあな」
スティーブンはそれ以上言わなかった。しかし、ルックは興味があるのか「どういう関係なんだい?」と尋ねてくる。
「あの家の使用人が俺の娘でな」
スティーブンが下卑た笑いを見せた。
「昔の女との子どもだ。こないだのスミス・ウィークリーの号外を見たか?」
「それなら道端で拾ったぜ。ローゼンベルク家の長男に新しい恋人ができたとかどうとか」
「その恋人ってのが、俺の娘さ」
スティーブンのにやけが益々大きくなる。
「ガキのことなんざ、女と別れてから思い出しもしなかったが、あれを読んでピンと来たぜ。何せ、母親にそっくりだからな。そんで会いに行ったって訳さ」
「懐かしのご対面はどうだった?」
「生意気にも、俺を父親だとは認めねぇとさ」
スティーブンは、ボリボリと背中を掻いた。
「まあいいさ。近い内にまた会いに行くつもりだ。そんで、ローゼンベルク家に居着いてやらぁ。これでやっと、公園暮らしとはおさらばできるぜ」
「たかる気か? 実の娘に」
「実の娘」
スティーブンは揶揄を込めて繰り返した。
「そんなこたぁ、どうでもいいのよ。母親の商売柄、俺との子じゃなかったかも知れねぇからな。俺にとっちゃ、あいつはただの金蔓さ。それも特上の、な」
「何とも思っていない訳だ」
「そんなこたあねぇぜ。あいつには、ローゼンベルクの坊ちゃんの機嫌を損ねねぇようにしてもらわなきゃな。その辺も母親に似てると良いんだがなぁ。あいつは男の機嫌を良くするのが上手かったぜ、本当によ」
「なるほどね」
突如聞こえてきたルックとは違う冷たい声に、スティーブンは怪訝な顔になって振り向いた。そして「あっ」と声を漏らす。
「ロ、ローゼンベルクの坊ちゃん……」
ベンチの後ろにあった茂みの奥から、一人の少年が出てくるところだった。