灰かぶり姫の苦悩
翌日顔を合わせたヘレナは、何だかぐったりとしていた。訳を聞くと、あの記事のことをミランダたちに問い詰められ、こんなことは言っていないと否定したが信じてもらえず、嘘を吐いた罰として、一晩中アイリスの宝石のコレクションを磨かされていたらしい。
王都中の人に配ってもまだ余りあるほどの宝飾品を持っているアイリスなので、当然一度徹夜しただけで終わるはずもなく、この後もまだエメラルドの指輪やルビーのネックレスたちと格闘することになっているようだ。それに加えて、通常の業務もある。今は、工房の視察に行くミランダの支度の手伝いをするため、彼女のもとに行く途中だったらしい。
「どうして記者の人たちは、私が言ってもいないことを全部想像で書いてしまったのでしょう」
急がなければならないはずなのに、他に愚痴をこぼせる相手がいないのか、ヘレナはエリオットに不満の声をぶつけた。
「あの人たちは、ああいうのが好きなんだよ」
新聞社の者たちは、相手がどんな大貴族であっても好き放題に書いてしまうのだ。命知らずとでも言うべきなのだろうか。しかし、アイリスたちがこんな醜聞を放置しておくのにも訳があった。
かつて、家の継承問題を面白おかしく新聞に書かれた貴族家がいた。彼らはそれを苦々しく思い、新聞社に圧力を掛けたのだ。しかし、弾圧されたことについてもその新聞は容赦なく報道してしまった。普段は売り上げを競う各新聞社も、こういうときは一致団結する。あらゆる紙面で叩かれ、あることないことを書き立てられた結果、その貴族家は社交界の鼻摘み者となってしまった。
その事件以来、皆、出回った記事について、余程のことが無い限り放置するようになっていた。アイリスもその例に洩れていないのだろう。その代わり、ヘレナに罰を下したのだ。
ヘレナが咎められることは計算の内だったが、彼女の目元の隈を見て、エリオットは少々申し訳なくなってきた。急いで他の話題を探す。
「そういえば、昨日のことだけど……」
「あの男性ですか?」
途端にヘレナは冷淡になった。
「あんな人は知りません。もう二度と会いたくもない……」
「でも、君のお父上だよね?」
「確かに血の繋がりはあるかもしれませんけど」
ヘレナは渋々認めた。
「それでも、それだけです」
エリオットはヘレナをまじまじと見た。それに気が付いたのか、ヘレナはバツが悪そうな顔になる。
「私のこと……冷たいって思っていますか?」
ヘレナはかぶりを振った。
「そうですよね。エリオット様には分からないかもしれません。だって、エリオット様のお父様はとてもお優しい方でしたから。でも……あの人は違うんです」
「この先も、父親だって認める気は無いってこと?」
「はい、絶対に」
もうスティーブンの顔を思い出すのも嫌なのか、ヘレナは苦り切った表情になると「失礼します」と言って、ミランダの部屋へ行ってしまった。
「今日、やろうか」
ヘレナの後姿を見つめながら、エリオットは呟いた。
「あの人の居場所、分かってるよね?」
「もちろんです」
影と一体化したクロウが静かに答えた。