トンビがタカを生むことはあっても、カエルの子はやはりカエルになるものです
胸の内に加虐心を抱いたエリオットは、他の記事にも目を通していった。すると、こんなものが見つかる。あのインタビューから、一か月後のものだ。
『 悪女VS悪女! 勝利はどちらに!?
連日に渡り紙面を賑わす、ヒューゴ・フォン・ローゼンベルク氏(二年)に新恋人カサンドラ・フォン・サリヴァン嬢(二年)ができたことによる、ミランダ・フォン・バンクロフトル嬢(二年)との破局騒動。一人の男性を巡る女性たちについて、新たな情報が寄せられた。
「ミランダさんは悪い方です。私、良く知っています」そう告白してくれたのは、匿名希望の一年生、O嬢だ。
「あの人はとても我儘なんです。自分の気に入らない人には、とっても冷たく当たるんですわ」
かく言うO嬢もその被害者であるという。
「私のような身分の高くない人は、彼女にとって気にかけるべき存在ではないのです。取り巻きの女の子たちと、一緒になって笑いものにするんですわ。安物の髪飾りを付けているとか、食べ方が汚いとか。ほとんど難癖みたいなことですよ。相手が平民出身の子だと、もっと酷いです。ミランダさんが通り掛かったら、お辞儀をして脇に退くように強要されているんです」
また、同じく匿名希望のN嬢(二年)も「あの人、根性曲がりよ」と語る。
「この間の学園祭のクラスの出し物で、大きな絵を描くことになったんだけど、あの人、ちっとも手伝わないの。いつもさっさと帰っちゃうのよ。注意したら、「わたくしは、あなたたちと違って忙しいんですの。話しかけないでくださる?」だってさ。本当、頭に来ちゃう。どうせ、学園祭でするミスコンの準備のために髪を梳かすとか、爪の手入れとかくだらないことばっかりしてたのよ。それで、結局は二位でしょ? 笑っちゃうわよね」
「そうそう、その優勝を逃した件なんだけどね。一位がヒューゴ君の妹じゃなかったら、絶対あの人嫌がらせしてたよ。まあ、あの人、アイリスさんのことも嫌いみたいだけどね。取り巻きたちに陰で「なんて品のない方なんでしょう。きっと、審査員に色目を使って自分の順位を引き上げさせたに違いありませんわ」って言ってるのを聞いちゃったもん。そのくせ、ヒューゴ君の前では「素敵な妹様ですわ。わたくしのきょうだいでしたら、どれほど良かったでしょう」だもんね。呆れちゃうよ」
匿名希望、U嬢(三年)はこう言う。
「ミランダ様は、あたしのことを酷く罵ったことがあります。ちょっと肩がぶつかっただけなのに……。それも、あたしの顔を見るなり「まあ、家畜小屋から汚い馬が逃げ出して来ていますわ」って言ったんですよ。あたしの顔が馬みたいだからって。他にも、厩に閉じ込められたり、机に馬糞をまかれたりもしました。犯人はまだ見つかっていないけれど、きっとミランダ様に決まっています。あたしが平民の出だからって、馬鹿にしているんです」
彼女たちの証言により、女神と称された女性の裏の顔が見えてきた。ミランダ・フォン・バンクロフトルは、家柄と自身の美貌を鼻にかける高慢な娘であるようだ。
しかし、だからと言って、ヒューゴ氏がカサンドラ嬢を選んだのは、良い選択だったとは限らないようである。
「カサンドラは野心家よ」ミランダ嬢の親友を自称するアグネス・フォン・ボーダリー嬢(二年)は言う。
「あの女が今まで何人の男と付き合ってきたか、当然知ってるわよね? 学園新聞に載ってない人も入れたら、両足を足したって、指の数が足りなくなるわ。しかも、そのほとんどが良いところのお坊ちゃんよ」
同じくミランダ嬢と親しいサマンサ・フォン・テイリー嬢(二年)も「あの雌豚は、ブサイクのくせに男の気を引くのだけは上手いのよ」と語った。
「カサンドラちゃんが合唱の取りでソロパートを担当することになったのは、本人の希望だったの」カサンドラ嬢と同じ歌劇部のA嬢(二年)は、学園祭でのことを振り返る。
「あの子、自分が一番輝けるのが舞台の上だって理解してるのよ。輝くってつまり、次の恋人を見つけるってことね」
ヒューゴ氏は学園祭で歌うカサンドラ嬢に心を奪われた。しかし、どうやらヒューゴ氏が運命だと感じたあの出会いは、カサンドラ嬢によって用意された意図的な瞬間だったらしい。ヒューゴ氏はまんまと罠にかかったということだろうか。
「取りを飾る人って普通、四年生の中から選ばれるのよ。でも、カサンドラちゃんがどんな先輩よりも一番歌が上手いから、真っ向から反対できる人なんていなかったわ。私、後でカサンドラちゃんに、あんまり目立ちすぎると先輩が怖いよって言ってあげたの。そしたらカサンドラちゃん「いじめなんて、大歓迎よ」って笑ってたわ。度胸があるとかじゃないの。あの子ね、いじめられっ子の歌姫の方が、悲劇のヒロインとして、皆に同情をもって見られるって、分かってたのよ!」
結局、部員間でのいじめはなかったようだが、カサンドラ嬢には、別な形での試練が降り注いだ。ミランダ嬢との間に生まれた軋轢である。しかし、カサンドラ嬢と同じクラスのリオーネ・バッシュ嬢(二年)によると、悲劇のヒロインに価値を見出したカサンドラ嬢にとって、それは何の苦痛にもならなかったらしい。
「私、食堂でカサンドラ様がミランダ様にお水を掛けられているところをたまたま見たんです。手酷く罵倒されてもいましたけど、カサンドラ様は反論一つしていませんでした。私、そのときは、カサンドラ様は強い方だなって思いました。でも、本当は違ったんです。カサンドラ様はその後すぐに食堂を出て行かれて、私、様子が気になってついて行きました。てっきり、寮に戻って制服を着替えるんだとばかり思ったんです。でもカサンドラ様はやけに遠回りをして……。訳はすぐに分かりました。カサンドラ様の進んでいる道を、ヒューゴ様が通りかかったんです。私、偶然だとは思えませんでした。当然、ヒューゴ様は何があったのか問い詰めますよね。でも、カサンドラ様は中々言おうとしないんです。それも計算の内なんですよ。ほら、いじらしく見えますから。でも、後から来た人たちが、何があったかヒューゴ様に伝えたんです。……その人たちの登場に、カサンドラ様が噛んでいなかったとは思えませんけど。とにかく何があったか知ったヒューゴ様は大層お怒りになって……。後は言わなくても分かりますよね」
このような計算高い行動をとるカサンドラ嬢について、彼女の幼馴染の匿名希望S嬢は「カサンドラちゃんはね、昔から玉の輿が夢だったのよ」と明かした。
「カサンドラちゃんの家、貴族だけどあんまり裕福じゃないでしょう? だから自分は良いところに嫁ぎたいって思ってるんだわ。そうすれば、お家の方だって、支援してもらえるかもっていうのもあったのかもね」
カサンドラ嬢の出身であるサリヴァン家領は、王都から少し離れたところにあるが、お世辞にも都会的な場所とは言い難い。また、S嬢によるとカサンドラ嬢の家族は、まるで廃屋のようなところに住んでいるという。
裕福な貴族を狙うカサンドラ嬢にとって、ローゼンベルク家の出であるヒューゴ氏は、ちょうど良かったということだろうか。歌劇部の匿名希望A嬢は「カサンドラちゃんは、初めからはっきりと狙いを一つに絞ってたわ」と語る。
「誰って、もちろんヒューゴ君よね。そのために、学園祭の直前に、今まで付き合ってた子と別れたくらいだし。カサンドラちゃん、すごいのよ。ヒューゴ君のこと事前にしっかり調べててね。好きな楽曲とか好みの服装とか……。あれだけ周到に用意しておいたんだから、そりゃ、狙い打てる訳よ。私、あの二人が付き合うことになったって知っても、ちっとも驚かなかったわ」
数々の協力者のもと、本紙はカサンドラ嬢の素顔に迫ることができた。計算高く、男性を弄ぶ野心家……それがカサンドラ・フォン・サリヴァンである。
ミランダ嬢とカサンドラ嬢。タイプは違えど二人とも悪女と言って差し支えないことは、もはや明確である。となると、気になることが一点。二人が喉から手が出るほど欲しているヒューゴ氏は、彼女たちの本性を知っているのだろうか。
今回の取材結果を携え、学園新聞の記者は、ヒューゴ氏にコメントを求めた。しかし、ヒューゴ氏は「それがどうした」と一蹴する。
「ミランダがどういう性格なのか、私は痛い程分かっている。彼女と私は合わない。破局だのなんだのと皆は騒ぐが、恋仲だったことは一度もないし、なりたいと思ったこともない。せめてもう少し芸術に理解があれば別だっただろうが」
対して、カサンドラ嬢のことはこう語る。「彼女は素晴らしい女性だ」
「計算高かろうが、初めから私を狙っていようが、そんなこと、どうでも良い。私はカサンドラを選んだんだ。たとえそれが彼女の作戦通りでも、私はむしろ、そんなことを考え出した彼女に拍手を送りたい。私を選んでくれてありがとうと」
どうやら勝敗は歴然としているようだ。』
全文を読み終えたエリオットは、眩暈がした。そして、それが収まる頃、もう一度母のことが書かれた部分を読む。野心家、計算高い、気を引くのが上手い……エリオットは心の中で叫んだ。
(母上!どうしてその素晴らしい恋愛テクニックを僕に伝授する前に、亡くなってしまわれたのですか!)
異性の関心を集めるのが得意と散々言われているカサンドラだ。そんな彼女から直接指導を受けていれば、こんな外堀を埋めていくような面倒な方法をとらなくても、もっと簡単にヘレナを振り向かせられただろうに。
それでもエリオットは、これまで父親似だとばかり思っていた自分が、少なくとも内面は母に似たのだと知って、微笑んでいた。母も策略家で、悪だくみを得手としていたのだ。しかし、そんな彼女からエルティシアのような素敵な女性が生まれたのにも驚きだ。何せ姉は儚く脆く、まるでガラス細工のような……。
「エリオット?」
エリオットがぼんやりしているように見えたのか、シャルルが不安そうに声を掛けてくる。エリオットは、はっとなった。目の前にシャルルがいたということも、ここが図書館だということも、すっかり忘れていた。
「シャルル様、ありがとうございました。お蔭で、色々と面白いものが見つかりましたよ」
「そう?役に立ったのなら良かったけど」
エリオットはシャルルの机に置かれている、綺麗な状態の教科書に目をやった。
「勉強、僕で良かったら教えますよ」
「え?本当?」
シャルルの青い瞳が、光に照らされたサファイアのように輝いた。年下から教えを乞うという事態に恥の一つも感じないのは、彼の良いところでもあり、悪いところでもある。
「それなら安心だね。エルティシアが、エリオットは、とっても優秀だって言ってたから」
「それほどでもありませんよ」
エリオットは思わず破顔しながら謙遜してみせた。エルティシアが蔭でも自分を褒めていてくれたのが誇らしかったのだ。
「姉上にそんな評価をいただいている以上、気は抜けませんね。……頑張りますよ、シャルル様」
「えっと……お手柔らかにね」
気合の入ったエリオットに対して、シャルルは少々気後れしたような声を出したのだった。