女神の秘されし過去
『突撃インタビュー!悲劇のバンクロフトル家令嬢は今!』
最初、何故エリオットはこのタイトルに興味を引かれたのか分からなかった。しかし、しばらく考えた末にはっとなる。バンクロフトル……ミランダの旧姓ではないか。
エリオットは、義母の身に一体どのような悲劇が舞い降りたのか、残酷な好奇心に駆られ、記事を読んだ。
『 優雅に流れるストロベリーブロンドの髪と華やかな緑の瞳。聖エリザベート学院の女神との異名をとる美女と言えば、ミランダ・フォン・バンクロフトル(二年)に他ならない。入学以来その美貌によって数えきれない男子生徒を虜にしてきたミランダ嬢だが、その思いは、ある一人の男性……すなわちヒューゴ・フォン・ローゼンベルク(二年)と出会って以来、彼に一途に注がれてきたことは、あまりにも有名である。
「わたくしとヒューゴ様が初めて出会ったのは、両親に連れられてお芝居を見に行ったときのことですわ」ミランダ嬢は当時を述懐する。
「隣のボックスにヒューゴ様がご家族と座っていましたの。わたくしは両親と一緒に、幕間に挨拶に行きましたわ。お芝居は退屈でしたけれども、わたくしたちすぐに気が合って、とても楽しくお喋りしましたのよ」
ヒューゴ氏は、旧家のバンクロフトル家のミランダ嬢と同じく、名門貴族の息子だ。瞬く間に意気投合して以降、ミランダ嬢は彼と会いたくて、よくローゼンベルク家に遊びに行くようになったという。
「ヒューゴ様のご両親はとても歓迎してくださいました」
親しくなっていく中で、両者の両親は、近い内に二人の婚約を取り結ぶことを視野に入れ始めていたそうだ。
「わたくし、ずっとヒューゴ様の奥様になるのが夢でしたの」
可憐な少女の微笑ましい夢。だがそれは、とある日を境に、儚く消え失せることになる。
「あの女は女狐ですわ」ミランダ嬢は、強い憤りを見せる。悲劇が起きたのは、三か月前のことだ。学園祭の出し物として、歌劇部が合唱を執り行った。その取りを飾ったのは、ご存知カサンドラ・フォン・サリヴァン(二年)。その日以来、ヒューゴ氏の口に上る話題と言えば、その歌姫のことばかりとなった。
「ちょっと歌が上手いからって何になりますのかしら。舞台に立っていないときの彼女なんて、枯葉のように地味で目立たないといいますのに」
ミランダ嬢は、憤懣やるかたなく過ごしたという。しかし、ヒューゴ氏の心は戻って来なかった。ヒューゴ氏はミランダ嬢と会う回数や話す頻度を減らし、代わりにカサンドラ嬢と付き合うようになった。
だが、それでもミランダ嬢は、まだ自らの薔薇色の未来を諦めてはいなかった。
「先日、わたくしのお誕生日でしたの。わたくしを祝うために、宴が開かれましたわ。ヒューゴ様も出席してくださいました。わたくし……そこでヒューゴ様に言いましたの。今年のお誕生日の贈り物は、ヒューゴ様と結婚する権利をくださいって」
ミランダ嬢は、ほんの冗談のつもりだった。それでも、ただの口約束で良いから、自分との未来を彼も思い描いてくれていると感じたかったのである。
だが、ヒューゴ氏は信じられないようなことを口にした。ミランダ嬢の申し出に難色を示しただけでなく、自分が本当に婚約したいと思っている相手は別にいると言ったのだ。
「ヒューゴ様があの女の名前を出したときには、会場から人がいなくなったかと思うほど静かになりましたわ」
誰もが、初めは冗談だろうと思ったが、ヒューゴ氏は本気だった。ほどなくしてヒューゴ氏はカサンドラ嬢と恋仲となる。
「あの女がヒューゴ様を誑かしたのですわ」ミランダ嬢は、怒りも露わに現在の心境を語る。
「わたくしとヒューゴ様が相思相愛の仲だということは、学園の方なら皆知っていました。だというのに、あの女はヒューゴ様に取り入ったのです。大して身分も高くないというのに、何を考えているのでしょう。あの学園祭以来、皆が学院一の美声の持ち主だとか、稀代の歌姫だとかもてはやすから、調子に乗っているのかもしれませんわ。でも、わたくしからすれば大したものではありませんわ。バンクロフトル家のお抱えのオペラ歌手には、もっと素晴らしい歌声の持ち主がいくらでもいますもの」
今回の件について、そもそもはミランダ嬢の魅力が足りないのが原因だ、という声も学内ではちらほら上がっている。しかし、このことについて、ミランダ嬢は「ありえませんわ」と一蹴した。
「節穴でもない限り、わたくしではなくあの女を選ぶなどということがありましょうか。そして、ヒューゴ様は節穴ではありませんわ。だだ、あの女がヒューゴ様を誘惑しただけに過ぎません。ヒューゴ様は、あの女の声に少しばかりご興味がおありになるだけなのです。純真なヒューゴ様は、それを恋と勘違いしているのですわ」
現在のミランダ嬢は、夜も眠れない日々を過ごしているという。この美しく高貴な令嬢が今後どのような対抗策に出るか、非常に興味深いところである。』
記事を読み終えたエリオットは、初めて知る事実に驚いていた。ミランダは、ヒューゴに振られていたのか。屋敷中からカサンドラのものを捨てたり、母親に似たエルティシアを嫌ったりしている理由は彼女の過去にあったらしい。ミランダは未だに、自分からヒューゴを奪ったカサンドラを恨んでいるのだ。
根深い嫉妬だとエリオットは思った。この分だと、死ぬまでミランダはカサンドラに苦しめられそうである。しかし、ミランダにさんざん苦汁を舐めさせられてきたエリオットとしては、同情する気になど、まるでなれなかった。
それどころか、どうせならもっとミランダが苦しんだ記録を読み漁って、笑ってやりたい気分にさえなっていた。




