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ゴシップは利用するものです

「号外!号外だよ!」


 翌朝、王都の城下町にはスミス新聞社の制服を着た者たちの威勢の良い声が響いていた。


「何と、あのローゼンベルク家嫡子に新恋人発覚! さあ! お試し版を読んで気になった方は、ぜひとも詳しいことが書かれたスミス・ウィークリーを買ってくださいな!」


 社の者は、刷られたばかりのスミス・ウィークリーが大量に乗せられたワゴンを押しながら、街行く人たちに手際良く一枚の紙を配っていく。そこには、本紙よりも情報量は少なめでいて、かつ、人々の下世話な好奇心を刺激する文句が踊っていた。

 人々の中には、それに惹かれ、ワゴンの商品に手を伸ばす者もいる。その度にスミス新聞社の者は、「ありがとうございましたー!」と、素晴らしい笑顔で応じていた。


「一部くれや」

「はい、まいど!」


 社員は、近づいてきた一人の男にもスミス・ウィークリーを一部売り渡した。普段は新聞なんて掛け布団代わりにしか使わなさそうな、薄汚れた身なりの男だった。だが、スミス新聞社の者は驚かなかった。『どの階級に属せども好奇心はみな同じ』。スミス新聞社の社訓だ。

 社員の意識は、次に新聞を求めてきた貴婦人風の女性へと移って行った。そのため、彼が新聞を広げ、内容を舐めまわすように読むなり一言呟いたのにも気が付かなかった。


「ヘレナ……そうか、なるほど……」

 男は、黄色い歯を剥き出しにしてニイと笑った。




『ローゼンベルク家長男に新たなる婚約者現る!?』


 舞踏会翌日の学院の掲示板の前には、人山が築かれていた。皆の視線の先には、学園新聞の最新号がある。センセーショナルな見出しの下に一組の男女が踊る絵が描かれ、添えられた文は、昨日の出来事を九割九分ほど誇張して生徒たちに伝えていた。


『 禁断の愛……それは高い身分の者から低い身分の者まで、全ての人間が惹かれる背徳の感情だろう。どうやらその甘い蜜の味には、かの名門貴族、ローゼンベルク家の者も勝てなかったようである。サンドリヨン王国の全ての貴族が集う聖エリザベート学院の創立記念舞踏会にて、ローゼンベルク家長男エリオット・フォン・ローゼンベルク(三年)は自らの家の使用人ヘレナ・フレミング(十七)を伴って現れた。

「私とエリオット様は愛し合っています。この思いは誰にも止められません」花のように可憐な容姿を持つヘレナ嬢は、はっきりと証言した。


 さて、ローゼンベルク家長男と言えば、昨年ジョセフィーナ・フォン・スワローズ(当時二十)との婚約を電撃的に解消したことを記憶しておられる読者もいるだろう。本紙は、この件に関しても衝撃の真実を入手した。


「エリオット様が一番に愛してくれているのは私です。だから、ジョセフィーナさんと婚約を解消してくれたんです」

 ローゼンベルク家の発表によるとエリオット氏とジョセフィーナ嬢の婚約破棄は、ジョセフィーナ嬢が平民と駆け落ちしたことに原因があるとされていた。しかし、ヘレナ嬢が語ったところでは、エリオット氏は以前からヘレナ嬢と恋仲であり、他の女性との婚約など考えていなかったというのだ。


「エリオット様が学院を卒業されたら、私たちすぐにでも式を挙げるんです」ヘレナ嬢は笑みを浮かべながら、まだ誰にも言っていない話を明かしてくれた。「私たち、絶対に幸せになりますわ」


 王国の名門ローゼンベルク家の嫡子の挙式には、大勢の招待客が集まるだろう。ヘレナ嬢によると、今は彼らに向けたスピーチを鋭意練習中とのことだった。』


 図書館に保管されている学園新聞から最新号を読み終えたエリオットは、あまりのことに笑いを堪えるのに必死だった。


 聖エリザベート学院に新聞部が設立されて以来、その部員は、代々スミス・ウィークリーという新聞を発行している会社の社員の子どもたちで構成されるのが常だった。というのも、新聞部はスミス新聞社の創業者が自分の子どもに、学院内で何か特ダネになるようなことはないかと探らせるために立ち上げさせたという経緯があるからだ。スミス家は元々平民だったのだが、新聞社の創業者は活動をよりスムーズにするために、貴族の位を金で買うことさえした。


 スミス・ウィークリーは、新聞とは名ばかりのゴシップを専門とした下世話な記事を載せることで有名で、あまり小難しい話題は扱っていない。貴族の子女が大勢通う学院など、種々の噂話の宝庫であり、彼らからすれば、垂涎ものの環境なのである。そして、スミス新聞社の影響を強く受けている新聞部もまた、生徒の猥雑な興味を引く話題を好んで一面に持ってくるのだった。


 何もかもエリオットの作戦通りだった。ローゼンベルク家の者が舞踏会に誰を伴って出席したのかについて、新聞部の食指が動かないはずがない。加えて、意味深で曖昧な態度をとることで、彼らの想像を掻き起すのをわざわざ手伝ってやったのだ。


 この件は後に新聞部の部員から、スミス新聞社の者へと伝わるだろうとエリオットは踏んでいた。しかし、運の良いことにそんな手順を踏まなくても、スミス新聞社の女社長があの場に居合わせてくれたのである。今頃、王都中が今朝発刊されたばかりの号外の話題で持ちきりだろう。


(君には悪いけど、退路は断たせてもらったよ)


 エリオットは、ヘレナの顔を思い浮かべながらニヤニヤした。こんなに騒ぎ立てられて、ヘレナのような大して気が強い訳でも地位が高い訳でもない娘が、他の道を選べる訳がない。どこへ行っても、ヘレナにはこれからローゼンベルク家の次期夫人という好奇の目が注がれることになるだろう。違うのだと否定しても、今度は何故破局したのか、という話題に悩まされるはずだ。噂話の届かない、どこか遠いところへ行ってしまおうとしても無駄だ。エリオットはヘレナを逃がしてやる気など一切ない。外堀を埋められ、逃げ道は塞がれ、籠の鳥となったヘレナに残された結末は一つしかない。

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[一言] 「私とエリオット様は愛し合っています。この思いは誰にも止められません」花のように可憐な容姿を持つヘレナ嬢は、はっきりと証言した。 ここから始まってほぼ嘘しか書いてない…さすがゴシップ紙、メ…
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