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宣戦布告は茶会の席で

「け、けっこん!?」


 ヘレナの手からカップが滑り落ちて、テーブルの上に紅茶の海が広がった。しかし、彼女はそんなことに気付いていない。


「僕と結婚したら綺麗なドレスも着られるし、素敵な宝石も身に付けられるよ。……あっ、でも、あんまり無駄遣いはしちゃだめだからね。アイリスさんみたいに使いもしないものを次から次へと買われても困るし。屋敷が広いっていったって、限度があるんだから」

「その……エリオット様……?」

 ヘレナは何と答えて良いか分からないようだった。


「それは……御冗談ですよね……?」

「そう思う?」


 飄々と返すエリオットの顔を、ヘレナはじっと見つめた。まるで観察日記でもつけるかのように視線を集中させた後、ヘレナは「はい」と確信を持って、どこかほっとしたようにも見える顔で頷いた。


「だって、本心から望んでいるようには見えません。私のこと、からかっていらっしゃるだけですよね?」


 次に驚くのはエリオットの番だった。エリオットは自分の心からの望みを口にしたというのに、それがヘレナには伝わっていなかったのだ。もちろん、からかうつもりなど毛頭ない。


(本心から望んでいるようには見えない、か)


 エリオットはじっと考え込んだ。もしかして、欲深いヘレナは、エリオットがエリオット自身の幸せのためにヘレナとの結婚を望んでいる訳ではないと見抜いたのだろうか。


「僕が君と結婚すれば、回り回って全てが上手くいくんだよ」

 エリオットは正直に認めた。


「姉上も幸せになれるしね」

「……やっぱり、エリオット様は変わっておいでです」

 ヘレナはテーブルの上にこぼれた紅茶をやっと拭き始めた。


「自分より誰かの幸せをそんなに熱心に願うなんて」

「……僕からしたら、君も良く分からないけどね」

 エリオットはヘレナのカップに新しい紅茶を注いでやった。


「自分以外に誰も大切な人がいないなんて」

 ヘレナは責められていると思ったのか黙っている。エリオットは肩を竦めた。


「ヘレナ、僕はこれでも君の幸せを少しは本気で考えてるんだよ。……でも、やっぱり一番は姉上だ」


 こうして話していると、ヘレナはやはりエルティシアとは違うと感じる。彼女を姉として見ることは無理だ。だが、まだ自分はヘレナの幸せを願っている。『きょうだい』でもない相手の幸せをだ。


 エリオットは、恐らく自分はヘレナに興味があるのだろうと解釈した。自分自身には無頓着なエリオットと欲張りなヘレナ。自分とは別の存在だからこそ、何となく気になってしまう。


 それに、欲の深いヘレナと一緒にいれば、エリオットも自分だけの幸せが見つかる気がした。欲深なだけなら叔母もそうだが、ヘレナは彼女と違って、節度をわきまえている。エリオットとしても、身を滅ぼしかねない強欲はごめんだった。


「ヘレナ、かわいそうだけど、君にはもう逃げ道がないよ」


 今の自分は悪だくみをしているときの顔になっているとエリオットには分かった。エルティシアが魅力的だとよく褒めてくれる顔だ。ヘレナの顔に、刷毛で塗ったようにサッと朱が走る。


「僕は君と結婚する。でも君を不幸にするのは本意じゃないからね。だから君が僕のこと好きになってくれるか、そうじゃなくても何かこの結婚にメリットを見出してくれたら嬉しいよ」


 エリオットは立ち上がった。しかし、立ち去る前に伝えなければならないことを言い忘れていたと思い出した。


「君が舞踏会に着て行くドレスだけどね。姉上に貸してもらうことにしたよ。いつも着ているようなのでも、装飾を足せば、舞踏会に着て行けるようなものになると思うし」

「え、あの……」

 ヘレナは何か言いたそうだったが、エリオットは最後まで聞かなかった。


「もう許可はとったよ。良いって言ってた」

 ヘレナは今聞いたことが信じられなかったようだ。ポカンと口を開けたまま固まっている。


「じゃあ、僕は行くね。……そうそう、ここの片づけはライザにでも頼むから、やらなくても良いよ」


 エリオットは自分の言いたいことだけ告げると、ガゼボを後にした。返す言葉を探すのに苦労していたヘレナは、そうしてくれてありがたかっただろうとエリオットは思った。

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