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提案

 昼食をとったエリオットたちはもう一度祖母に挨拶に行き、別れを惜しむグラントたちに見送られながらサリヴァン家を後にした。馬車の中ではヘレナもエルティシアもどことなく気まずそうにしており、結局屋敷に着くまで三人の間にはほとんど会話がなかった。


 ミランダたちは、エリオットたちが無断でサリヴァン家へ行っていたことにまるで気付いた様子がなかった。三人も何食わぬ顔で日常生活に戻って行く。

 しかし、エリオットはふと思い当ってヘレナを呼び止めた。


「ヘレナ。明日、僕が学院から帰ったら、一緒に庭でお茶を飲まない?」

 まさかの申し出にヘレナは驚きを隠せなかった。


「もう先約が入ってる?」

「いえ、そんなことは……」

 ヘレナは首を振った。


「お誘いありがとうございます。ご一緒します」

 ややぎこちなくヘレナはお辞儀した。




 翌日。宣言通りエリオットたちは、下見をしておいたガゼボに向かった。しかし、先客がいる。大理石のテーブルに突っ伏しながら気持ち良さそうに昼寝をしている使用人の女の子だ。


「ライザさん……?」

 ヘレナが怪訝な顔になった。


「ライザさんは、確かアイリス様から、靴磨きのお仕事を言い渡されていたはずなのに……」

「……起きて、ライザ」

 激高した叔母が探しに来ない内に、エリオットはライザの肩を揺すった。「うーん」と声がして、ライザが寝ぼけ眼を擦る。


「ダメだよ、あんまりサボっちゃ」

 エリオットに言われ、ライザは自分を起こしたのが誰なのか、初めて気が付いたらしい。「サ、サボってません!」と首を振った。


「その、あれです。ここのテーブルの寝心地を確かめていました!」

 ライザは、苦しい言い訳を自信満々に披露した。彼女は掃除とスフレ作りだけは天才的に上手かったが、他のことは圧倒的に下手くそだった。


「それじゃあ、私、他に用事がありますので……」

 ライザはそそくさと園路の向こうへ消えて行った。また別の場所で夢の続きでも見るつもりなのだろうか。


「まったく、しょうがないね」

 エリオットは肩を竦めて、椅子に腰掛けた。「悪い子じゃないんですよ」と言いながら、ヘレナもそれに倣う。


 二人はしばらくライザのことで盛り上がった。しかし、少しするとネタも尽きてくる。そうなってくると、ヘレナは、何だか落ち着かなげにソワソワし始めた。


 エリオットとこんな風に近くで、しかも二人だけでお茶を飲むなどと言う経験が今までなかったからだろう。ヘレナは今更のように緊張してきたらしい。エリオットと少し目が合っただけで、三回もカップに角砂糖を落とすのを失敗した。


「カモミールは気分を落ち着かせるんだよ」

 エリオットは思わず苦笑いした。ヘレナは砂糖を入れるのを諦めて、真っ赤になって紅茶を啜る。「美味しいです」と小さな声で言ったが、ガチガチに固まった彼女が本当にカモミールティーの味を認識できていたのかは分からない。


 エリオットはカップから漂ってくる花の香りを嗅ぎながら、今日、ここにヘレナを呼んだ目的について考えていた。


 自分でも驚いたことにヘレナの幸せを願ったエリオットだが、今更、彼女を姉として見ることができるのだろうかと思案していたのだ。エリオットの姉は、生まれてこの方エルティシアただ一人だった。そんな彼女とヘレナが肩を並べる存在になることができるのだろうか。


 問題は他にもある。姉と認識しているような女性と、エリオットは結婚などできそうもないのだ。もっと違った結末なら迎えられるかもしれないが、それは乙女ゲーム的にどうなのだろう。恋愛が目的のゲームで、きょうだいエンドなど成立するのだろうか。


 エリオットが目指すのは完璧なエンディングだ。エルティシアが幸せになってくれるようなラスト。ヘレナも幸福だとなお良い。

 となると、やはりヘレナと結ばれるしか選択はない。しかし、ヘレナはそれを望んでくれるのか。


「今度の舞踏会のことだけどね」

 エリオットはヘレナの方を見ながら切り出した。


「ヘレナ、本当に僕と出たい?」

「ふぇ?」

 何か他の言葉を発したかったのだろうが、ヘレナの口から出たのは、奇妙な裏声だけだった。もう遅いが、ヘレナはますます赤くなって、咳払いで誤魔化す。


「ええと……。それはどういう意味でしょう……?」

「そのままの意味だよ。そもそも本当は舞踏会に出たいなんて考えてなかったとか」

「それは……そんなことは……」

「じゃあ、他に行きたい相手がいるとか」

 エリオットは躊躇った末に付け足す。


「例えばシャルル様とかさ」

「シャルル様、ですか」

 しかし、エリオットが覚悟してその名を口にした割に、ヘレナは呆けた声を出した。


「私は別にそんな……。平民の私が、シャルル様に誘っていただけるなんて思えませんし……」

「それなら、もし誘われたらどうするの?」

「ううん……。もしそんな奇跡があったら……受けていたと思います。だって、お断りなんてしたら、失礼ですし」

「そうじゃなくて」

 エリオットは半ば苛立ちながら言った。


「ヘレナはどう感じるのかってことだよ。本心では行きたいのか行きたくないのか」

「ほ、本心ですか……」

 ヘレナは困ってしまったようだ。そして恐れ入りつつも呟く。


「あんまり行きたくなかったかもしれません。その……そこまで親しくもないので、気まずいというか……」

「親しくないの?」

 エリオットは目を丸くした。


「姉上は、君がシャルル様とベタベタしてるって思ってるみたいだけど」

「ご、誤解です!」

 ヘレナは首をブンブン振った。


「そこまで仲良くないです。シャルル様はお優しいから、私にも気さくに話しかけてくださるだけです。この前学院で会ったのだって、近道をしようと思ったら、たまたま姿を見かけただけだし……」

「なるほどね」

 ヘレナはこう感じていたのか。やはりプレイヤーの意思とヘレナの感情は別物だ。


「なら、僕と行くのも気まずい?」

 エリオットはわざとらしく眉をひそめてみた。ヘレナは明らかに困り顔になる。


「でも僕はヘレナと出たいんだよね」

「……何故でしょう」

 こんなこと聞いても良いのだろうかという風に、ヘレナは思っているようだった。


「エリオット様なら、他にお相手も見つかるかと思いますが……」

「そう思う? 僕、去年婚約者に逃げられてるんだよ」

「そ、それはエリオット様のせいではありません!」

 ヘレナが慌てて言った。


「相手の女の人に、他に好きな人ができたからなんですよね? 婚約だって、アイリス様が一方的に決めたものだったし、それに……」

「良いよ、そんなに必死にならなくて」

 エリオットはヘレナを手で制した。


「別に気にしてないから。不幸なのはその子の家族だよ」

 突然の婚約破棄の申し出に、アイリスが激怒しないはずがなかった。ローゼンベルク家に圧力を掛けられた結果、その娘の家は没落してしまった。


「……本当に何とも思ってないんですか?」

「うん。全然」

 エリオットは正直に話して、カップを傾けた。ヘレナはその様子を奇怪な生き物を見るように眺めている。


「……エリオット様はいつもそうですね」

 ヘレナは呟いた。「何が?」とエリオットは尋ねる。


「何だか……ご自分のことに関心がないように見えます。どうでも良いと思っているような……」

「そうだね」

 少し前にも姉に同じことを言われていたので、素直に頷いた。


「どうでも良い訳じゃないんだけど、やっぱり、よく分からないんだよね」

「分からない?」

「何が自分だけの幸せかだよ」

 あのときすぐに出なかった答えは、今もまだ保留中だ。だが、見つかるのかどうかさえ怪しいとエリオットは思っていた。


「……やっぱりエリオット様は変わっておいでです」

 ヘレナは紅茶に口を付けた。


「私なんて、いつもあんな風になってみたい、こんなことがしたいって思ってるのに」

「例えば?」

「そんな……大したことじゃないんですよ。綺麗なドレスが着てみたいとか。素敵な宝石を付けてみたいとか」

「……色んな男の人に好かれたいとか?」

 大貴族の子息相手に自分の些細な願望を話すヘレナは恥ずかしそうだった。しかし、エリオットの一言に驚いて固まってしまう。


「そ、そうですね」

 ヘレナは目を瞬かせながら頷いた。


「そういうのもあるかもしれません」

 やっぱりかとエリオットは思った。こういう性格だからこそ、彼女は主人公に選ばれたのだろう。


「……ヘレナ、その色んな男の人の中の一人に、僕を加えてみることはできないかな?」

 エリオットは思い切って提案した。ヘレナはすぐには理解ができなかったようでポカンとしている。


「いずれは僕と結婚してみないかって言ってるんだよ」

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