悪役令嬢と灰かぶり姫
カラン、と乾いた音がした。
白と黒の市松模様のタイルの上に、赤紫の液体が滑るように広がっていく。仄かに葡萄の芳香が漂ってきた。
「ヘレナ、拭いてちょうだい」
僕の向かいから可憐な声がした。サラサラした長い栗色の髪の少女、エルティシア・フォン・ローゼンベルクが、くつろいだ様子でカウチに座っている。肘掛けに体重を預け、気怠げに頬杖をついていたが、その反対の手は、空中で静止していた。
「うっかり手を滑らせてしまったわ」
柔らかなレモンイエローのドレスを纏った彼女の足元には、瑠璃色のゴブレットが転がっている。中はすでに空っぽだった。
「はい、エルティシア様」
それに答えたヘレナは、エルティシアと同じ年頃の娘だった。だが、ヘレナは、服装も髪型も美しく整えられたエルティシアとは違い、肩より少し長いくらいのバサバサ広がった髪を後ろで一つにまとめ、服も、飾り気のない簡素なエプロンドレスを身につけているだけだ。靴など元の色が分からないほど黒ずんでいて、所々違う布で継ぎがしてある。
ヘレナは雑巾を用意して、エルティシアの足元に屈む。その間に、エルティシアは、別の使用人に新しい飲み物を用意させていた。
カラン
エルティシアの手から、再びゴブレットが滑り落ちた。
「あら、またやってしまったわ」
エルティシアは、クスクス笑った。
「ごめんなさいね、ヘレナ」
その黒い瞳は、自分の足元で、頭から飲み物を被ってしまった少女に注がれていた。
「いえ……」
少女は毛先から滴を垂らしながら、俯いていた。声が微かに震えている。
僕は、特筆するほど珍しくもないその光景を、向かいの席から本を読みつつ、見るともなしに見ていた。
彼女は……得意な顔でわざと盃を傾けた少女は、僕の姉だった。