表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/12

なんか妙なんだよな

今、信長を倒しています(2019/07/04)。新発田城は、シバタ城と読むらしいです。なんなんですかこの即死城、初見リタイアしたんですけども(キレ気味)!

 輪之内下呂わのうちげろは、決して体育会系な男児ではない。部屋の自室にダンベルの1個や2個は転がっているが、それらは思い出した時に持ち上げる程度の物。現代人の両掌は、今やスマートフォンを握っている事に忙しいのだから、筋トレ等をする暇は無い。上半身の一部ですらこの有様であるから、下半身の筋肉の現状なんて知れたものではなかった。


 坂祝富加さかほぎとみかにタックルされた下呂は、普通にぶっ倒れた。


「っ゛ッ、てぇ!!」


 受け身すら取れず、軟弱な身体が地面と衝突して下呂は呻きを上げる。両手に持っていた傘は手から離れ、落ちた。そして下呂が反射的に上げようとした頭は、富加の手によって(・・・・・・・・)地面に擦り付けられてしまう。ポニーテールの付け根が鷲掴まれ、圧力が掛けられる。


「………………ちょ、坂祝さん!?」

「……今は、このまま。本当に、ごめん。」


 頭を上げられない下呂と、頭を下げる坂祝。しかし謝罪を口にしながら、坂祝が頭を下げていたのは下呂では無かった。濡れた地面に額を合わせ、土下座をする富加の姿が下呂の目の前に。


「ふむ。お主は、何も訊かずに儂にこうべを垂れるのか。」


 上から笑う声は、間違いなく下呂も知る阿寺久慈(あでらくじ)の物。しかし口調は如何にも古めかしく、時代劇で聞くそれである。


「…………大変、失礼致しました。謝罪します。謝罪しますから、阿寺さんを返して下さい。」

「うむうむ、下手な大根役者より誠に好い。素直は美徳よ。しかし断る。コレ(・・)は儂の(つがい)と、そういう定めであったのだ。」

「……その者には家族が居ります。友も居ります。彼等の元に返してやって下さい。」

「そうか。儂は天涯孤独ぞ?」

「…………………………。」


 訳が分かんねぇよ。え、何?


 下呂の頭の中はそれでいっぱいだった。しかし、同級生と厄介な元カノの理解出来ないやり取りに、自分が闇雲に、良くない事態に突っ込んで行ってしまった事は理解した。タックルをされた事も、雨に打たれて身体がずぶ濡れなのも、それが原因なのだと。


「あの、あのさぁ!」

「ん、どうした出目金(でめきん)。」

「……輪之内君。」

「訳分かんねぇ事ばっかだけどさ、アンタは、久慈ちゃん……の、中に入ってる誰か? で、いいのか?」

「然り。して、何が言いたい出目金。」

「…………そのデメキンってのは今は無視するけど。久慈ちゃんを……番に、アンタがしたいって? でもさアンタ、本当に久慈ちゃんでいいのかよ?」

「どういう意味だ?」


 久慈が連れ去られそうだという事。

 それを富加が防ごうとしている事。

 連れ去ろうとする何かが、久慈の中に居る事。

 何かが、久慈の事をコレ、又は番と呼ぶ事。

 そして何やら、土下座や口調から分かる様に尊大は相手である事。


 訳が分からないなりの一応の理解をして、下呂は一先ず相手が見られるように頭部をズラし、誰の味方でもなく思った事を口にする。


「久慈ちゃん、少なくともアンタみたいな偉そうな奴が大嫌いだぜ? 相性悪いって、やめときなって!」

「………………成程、経験者は語る、か。」

「経験者っつうか、少なくとも俺は久慈ちゃんに、偉そうな事は何一つ言えやしなかったけどさ。つまりそういう奴なんだよ、ソイツは!」

「言いたい事は解せる。しかしそれを聴いてやる気にはならん。」

「えぇ……。絶対アンタ、後悔するって。」

「余計な忠告という奴だ。出目金、お前には儂と同じく、愛しいと想う者が居るだろう。」


 何故知っている、その言葉よりも下呂の頭に先に浮かんだのは、本気で好きになってしまった女の顔。


「其奴との関係は上手く行かないだろう、そう儂が言ったら出目金、」

「無理。聞く訳ねぇわ。」

「そういう事だ。」

「……輪之内君、どっちの味方なの。」

「ちょ、痛い痛い痛い痛い!? 地面に擦り付けんなって坂祝さん! 前髪が禿げる!」


 下呂の頭に乗せられた手が、容赦無く力を加える。声のトーンはそのままに、黙っていろという圧力を下呂は感じた。


「…………もう良いか? このままではコレ(・・)が冷えてしまう。」

「コレではありません、彼女には阿寺久慈という名前があります。」

「知らん。今生(こんじょう)限りでしかない名に、一体どれ程の価値があると云うのだ?」

「過去の他生(たしょう)に縛られるよりは、幾分か未来に居りますでしょう。」

「…………素直は美徳と言ったがな、歯向かう事を良しとした訳では無いのだが?」

「っ。」


 久慈の声に遂に怒りが混じり、言葉に詰まった富加が黙る。黙って、そのまま動かない。下呂はそろそろ頭を上げようと首を動かしてみるが微動だにせず、ビクともしなかった。下呂としてはどんな理由があろうと濡れた服が肌に張り付く事の気持ち悪さから、そろそろこの場を立ち去りたい所。


「…………坂祝さん。取り敢えず俺らは、あとどんだけ這いつくばってりゃ良いんだ?」

「………………返してもらえる、までかな。」

「…………マ?」


 下呂の言葉に、返答は無い。富加は頭を下げたまま、地面に膝を着き雨に打たれたまま、何も変わらない。下呂は頬を引き攣らせた。まさか本当にこのまま雨の中、土下座をし続けるつもりなのかと。久慈を返して貰えるまで、とはつまりいつまでだろうか。体温を雨水に吸収され寒さを訴え始めた身体に対し、下呂は凍死を危惧してしまう。


「君達! そこで何をしているんだ!?」

「「!」」


 横槍は、赤の他人から差し込まれた。


「具合でも悪いのか? 大丈夫か!?」

「あ……いや、」

「うぉっしゃ動ける!」


 声を上げたのは若い警備員である。校内で問題が無いように見張る事が給料になるのだから、校門付近で揉める男女に無関与では居られない。跳ねる様に頭を上げた富加、その拍子で緩んだ手の抑えから下呂は脱出。開かれて転がったままだった傘の一つを両手でむんずと掴み、閉じ、久慈らしき何かに向かって振り回そうと、


「…………は!? 居ねぇ!?」



 ***



「メリーさんを名乗る誰かに新居の住所を特定され突撃されてしまいましたが、運良く相手を拘束出来たので家に軟禁した。ここまでは、私も不破君から聞きましたよ。」

「へぇ、そうだったの?」

「……じゃあ、ボクが家から出て来た時に、ボクが何なのか分かってたんじゃないですか?」

「いやいや分かりませんよ。だってほんの少しも、彼の話を信じてませんでしたから。彼は人を楽しませるのが学生時代から得意でしたから……。その話を聞いている時も、とても楽しかったです。」

「つまり、法螺ほら話に思われてたみたいね。」

「誠に遺憾である。」


 その場に居た誰もが、凍り付いた中で話をする物だと思っていた頃が懐かしく。案外と、四者の対談は弾んでいた。


「結局の所ミリーさんはメリーさんでは無く。『メリーさん』と『ひとりかくれんぼ』の二つによって生まれたものだ、と。」

「恐らく、そういう事なんだと思ってますけどぉ……。」

「教授さん、貴方は知らない? 妖怪から、その一部を無傷で引き剥がす方法。」

「申し訳ありませんが、何も……。実はお二人が妖怪を名乗っている事も、未だに納得しておりません!」

「えぇ……そんなぁ。」

「えっと? 都市伝説でありUMA、『メリーさん』と

『ひとりかくれんぼ』の融合? それが有り得るって言われましても、とても信じ難いと言いますか……。」

「コイツに至っては妖怪『ハンター』が名乗りだし、そりゃ信じられない事しかないですけど。」

「コイツって何よ、指差さないで。」


 空腹を紛らわす為の二杯目の珈琲を作りながら、不破は傍観していた。薬缶で湯が沸いている、四者で囲むテーブルには手土産として持ち込まれたインスタントの蕎麦がある。食べていいのなら食いてーなぁと、聞いた事のある話をもう一度聞きながらミルクと砂糖をカップに入れた。とっくに昼食の時間帯を過ぎている。そろそろ間食、おやつの時間と呼ばれる午後三時。


「不破君。」

「あ、はい。」

「大体は把握しました。実はコレら全て、君の計画した盛大な催し物であるのでは、という疑惑は未だ拭い切れていません。しかし、少なくとも私が最初に考えていたような非人道的行為等無かった事なら分かります。有ったとするならば、幾らなんでも誤魔化し方が下手過ぎる。君はそんなヘマをする学生ではありませんでした。」


 頭を下げる志倉に、不破を含む三者は少し驚いていた。あれだけ頑固であった癖にと馬籠は思うが、あの時に話を聞こうとしなかっただけで、実は話せる相手であった事を彼女は数時間程度の会話で分かっていた。暴力は何も解決しないと言う。けれど議論が何でも解決する訳では無いという現実で、志倉が会話出来る相手であったのは素晴らしい事実だった。


「頭とか下げなくていいですって。それより、教授?……何か、今の言い方だと……まるで俺が色んな事を誤魔化してきたみたいな言い方じゃないです?」

「君の学生当時一度だけ行われたミスコンの真の首謀者が、実は合コンで失敗した他男子学生を掻き集めた君だという事なら人伝(ひとづて)で知っていますとも。」

「え゛ッ。あっ、いやあれは加子母と中津川も絡んでてですね!?」

「あとは、そうですね……時々不思議な事がありましたね、私の教授室の資料、本の類から額縁の類まで全て逆さまにされていたとか。」

「……特に困る訳でも無くて、逆さまのままで過ごし始めた時は何とも言えませんでした。」

「あの時は君が、後で律儀にこっそり直しに来てましたから、君の仕業だと分かったんですよ。」

「…………垂井不破。貴方何かと逸話持ちね?」

「あはは……不破さんはそういう人ですから……。」


 …………?


 ふと、不破はその最後の発言が気になって、恥ずかしさで伏せがちになっていた顔を上げる。


「問題視されているのが『ひとりかくれんぼ』、ですね? 何か資料があるかもしれませんから、私が探してみましょうか、ミリーさん?」

「おお……! 馬籠さん、解決策に繋がりそうなお方に巡り逢えましたね!」

「本当は貴女ごと消すのが一番手っ取り早いのにね。良かったわね。」

「そ、それだけは勘弁して下さいぃ……!」


 何の滞りも無く進む談笑。そこに何ら異常は無い。しかし不破には違和感があった。そしてデジャヴも感じていた。


 最初に尋問した時のあの感じだな。まるで知っている体で話す時の、不思議だが嫌ではない、ミリーと名乗る妖怪に違和感があるんだ、俺は。


「……不破さんは、それでいいですか?」

「ん、おう、何が?」

「ふ、不破さんが元々知りたがっていたのは、『メリーさん』についてだったじゃないですか? 元を辿れば……。」

「あ……まぁ、そりゃそうだけどよー。でもミリー、お前はなんにも知らないんだろ? 俺が最初に知りたかった『メリーさん』の、ラストの辺とか。」

「……ラストって、何の事だい不破君。」

「ラストはラストっすよ教授、『今あなたの後ろにいるの』。後ろに居て、それで? 何がどうなるんだよ? それが俺の、一番知りたかった事だ……。でも、コイツは知らない。」

「確かに、知りませんけど……。」

「だったら。不純物って言ったら、言い方悪いけど。取り除くしかねーだろ、『ひとりかくれんぼ』の方を。ギリギリの利害の一致で、俺は今此処に居る。」


 それらしく言ってはいるがこの男。俺にしか頼れないんだ、というその言葉があったから此処に居るというのが、本来は正しかった。一先ず受諾し状況を整理し。利害の一致に気が付いたのは様々な話聞いた後からだった。理由が後から付いて来た。情けは人の為ならず。


「お二人共、『ひとりかくれんぼ』には興味も容赦も無いんですね。何かあったんですか?」

「だって怖いんですよぉ……。仕方無いじゃないですか。」

「私としては、ミリーが『メリーさん』について知らない事を、何故貴方がいつの間にか知っていたのか気になる所だけど?」

「は? いやだって、コイツは(・・・・)こういう(・・・・)奴だろ(・・・)。」



 ***



「ガシャさん、これ……。」

「……え、観ろって?」


 安八牧あんぱちまきはスマートフォンを片手に、乾燥済みの洗濯物を抱えたガシャの袖をおずおずと引いて頷いた。牧の着込む、雨で少し冷え込む空気に対抗するふかふかの靴下や部屋着は可愛らしい。しかし手の中のスマートフォンの静止画には可愛さの欠片も無い鬼の形相が映されている。


「……びょういんのあのひと?」


 両手が塞がっている為に筆談が不可であるので、ゆっくりと口を大きく開けながらガシャは尋ねる。意味はしっかりと牧に届いた。ガシャの口の形と牧の考えている事、それらに大差が無い場合のみ。牧とガシャはこうした意思疎通が出来るのだ。


「これが、さっき怒鳴っちゃったアイスのCM出演の時のです……。」

「あ、本当だね。サングラスはしてないみたいだけれどこの人は確かに、僕が病院の待合室で一緒だった彼だ。」

「今度、もし、会う事があれば、サインを……。」

「おねがい、してみるよ。それでいいかな?」


 ガシャの反応にほっと安堵の息を吐き、牧は自分の部屋へと戻って行った。病院からの帰り道、牧は衝動的にガシャに感情を叩き付けたは良いが、後から我に返ると直ぐに怯え始めた。理不尽に怒りをぶつけた自分に、何らかの報復制裁が下されるのではないかと。ガシャの考えとしてはそんな事は有り得ないが、牧にとって未だガシャは信頼に足る存在では無い。


「別にあれぐらいの我儘だったら、幾らでも言ってくれて良いんだけどなぁ……。」

「ザマァミロ。ビクられてやんの。」

「……せめてノックをして入って来たらどうだ。」

のっく(・・)? 何だそりゃ、あんたが部屋に入る前に扉を叩こうとする、アレかァ? じゃあ分かった。これからは部屋に入る前、扉だとかを叩こうとしてやんよ!」

「叩こうとする所で止めるな、叩く所までやるんだ。現に、僕が扉をノックしないのは彼女の部屋だけだろう。それは彼女に音が聞こえないからだ。した所で意味が無い。」

「アァ、そうだな? のっく(・・・)に意味が無いのは、あんたのせいだな?」

「……喧しい、そして下品だぞ、鴉天狗(からすてんぐ)。」


 牧の父親と母親は昼間、仕事に出ている。病院に診察に行った事で早下校となった牧と、ガシャしか居ない筈の家の中。


 鴉天狗(・・・)と呼ばれた奇天烈な存在は、机の上で胡座をかいていた。


「喧しくて下品で何が悪いよ、カラスだぜ?」


 ミスマッチにも程がある、ペストマスクに野球帽を被った頭部。マスクの下からでくぐもっているが、それでも分かるシニカルな、()の嗤い声。野球帽とペストマスクの端から溢れテーブルの下まで垂れる長髪は艶やかに、カラスの濡れ羽色をしていた。


 胡座をかく脚は細く黒く、鋭く爪の生えた鳥のもの。本来腕のある場所には、大きな翼。この二つを隠せる外套さえあれば、まだ妙なコスプレイヤーで済むのだが困った事に、身を包むのは青と白の半袖短パン。八咫烏(やたがらす)があしらわれたサッカーウェアをモデルに、量産された物である。


「その格好、もう少しどうにかならないのか……。」

「別に良いだろ、全裸よりなァ。それに病院に喪服で行くあんたに何言われたって、鳥頭(とりあたま)なもんで。いっぽ、にほ、さんぽ。ホイ忘れた。」

「……やはり服を調達した方が良いのか?」

「別にそのまんまでいいだろ、滑稽に笑われろ。」

「近くの服屋を教えるんだ今すぐに。」

「それは生憎仕事じゃねぇなァ!」


 愉快愉快と鴉天狗は満足げにテーブルに寝そべる。脇に置かれた醤油やソースの容器がその振動で中身を揺らした。


「……だったら、その任せた仕事の方はどうなんだ。まさか何の成果も無しにこの家に来た訳じゃないだろう。」

「あんたの言う通り、探したっつーの。そんで昨日の夜だ、妙な奴が居たよ。」

「どう妙なのか詳しく言え。」

「少なくとも、人じゃねーんだけど……けど人に近い。そんな感じかァ?」

「人じゃない事が分かればそれでいい。場所は。」

「あっち。」

「…………幾ら初仕事だとしても、職務怠慢で解雇しない事は無いぞ?」

「それならそれで良いさァ、そしたら漸く死ねる。」


 ガシャは洗濯物を床に下ろし、畳みながら鴉天狗を睨む。


「ンン? その眼、知ってるなァ……ゴミ漁ってる時に人間が向けてくる眼だァ! ゴミより下の奴を見る眼だァ!」

「死ねる、だと? 簡単に、命を軽んじるのは止せ。」

「だったら簡単に命を助けんのも、喰うのも止めろよ。なァ!?」

「……お前、自分が誰のお陰でこうしているのか分かっていないのか?」

「いや、分かってるぜ? だがなァ、それとこれとは話が別だ。こちとら自分の命の事なんかよりあの子の耳を潰した事の方が気に食わねぇんだよ!!」

「一過性の物だ、いつか治る。」

「いつかっていつだ! 地球があと何回転だ!?」

「もう一度言うが、喧しいぞ鴉天狗……。

 聞こえないのなら、カラスの(・・・・)あーちゃん(・・・・・)とお前を呼ぶ事になるが?」

「お前がその名前で呼ぶんじゃねぇ!!」

「だったら、黙れ。耳障りだぞ鴉天狗。」

「……良い気になりやがって…………。」


 あーちゃん。

 それは牧によって付けられた名。今はガシャの腹の中に収まってしまった三人の男児達によって、死した一羽のカラス。


 それがカラスのあーちゃん。


 ガシャが鴉天狗として蘇らせた。


「お前の役目は知っての通り、此処に留まる僕の代わりの脚だ。僕が目的と責務の両立を果たす事が出来たなら、その時は望み通りしっかりと終わらせてやる。」

「どうせなら、人間にして蘇らせてくれりゃ良かったのに……。」

「それは不可能だ。僕に出来るのはせいぜい妖怪を造る(・・・・・)事だけだ。」

「……ガシャドクロって奴の事を知らねぇ自分じゃ分かんねーけどよぉ……あんた、絶対普通じゃねぇだろ。」

「普通のままで居られるのなら、それが一番だが。

 この世界は、僕らの様な存在にとってはもう普通ではない。」

「はいはい、そいつはもう散々聞いたァ!!」


 鴉天狗はガシャがこういった内容を話し出したら長引く事を、かたや数日で理解していた。うんざりだと言わんばかりにベランダに繋がる窓を開けると、その両翼で空気を叩いて外に飛び立つ。鴉天狗はあっという間に上空まで昇ると、小雨が降る空程度がどうした、と力強く羽ばたいて何処かに行ってしまった。


「……一切確認していないが、街中では流石にカラスの姿に変化(へんげ)しているんだろうな……?」

「…………お取り込み、終わったかしらー?」

「!?」


 今度は誰だとガシャが振り向く。廊下から部屋を覗いていたのは奇天烈でも何でもない、この家に帰って来るべき人間である安八牧の母親だった。


「イマイチ、信じてなかったけど……本当に、妖怪さんなのねー?」

「あ……はい、そうです。ご迷惑をお掛けしています。」

「牧ちゃんの耳を聞こえなくさせたのは僕ですーって、言われた時は殺してやろうかと思ったけど……。家事とか手伝ってくれてるし、いいのいいの全然迷惑なんかじゃないから。」

「…………洗濯を勝手にしてしまいました。牧さんと貴女の下着には触れない方が良いでしょうか。」

「大丈夫よー、遠慮なくそのまま畳んじゃって。助かるわぁ。私ら仕事着から着替えて来るから、その後で夕飯の支度手伝って貰っていいかしらー?」

「はい、分かりました。」


 人様にご迷惑をお掛けした、責任。それを精算するまでは何がなんでも何をしてでも義理を通す。それがガシャのこの家での目的である。だから現状に対しガシャが言う文句は無い。


 けれどガシャにはそれ以前から課せられている仕事もある。この家に訪れる前から決まっていた、仕事が。


「…………これで僕は、異常が発生している事を知っている、認識した事になる。これを見過ごす事は、例え他のタスクが課せられていても、職務怠慢になるので推奨されない。……つまり。」


 時刻は現刻にして、未だ黄昏時前。ガシャはやや自身の気の速さを自覚しつつ、しかし頬を緩ませ。


「つまり僕は漸く、仕事をしても問題無い訳だ……。」


 夜を、待つ。

ぎぶみーレスポンス。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ