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お名前知らないままですね

TRPGのるるぶが手痛い出費過ぎる。後学の為に遠出する予定があるのに。るるぶが今後の人生で役に立たないとは微塵も思わないけれど、辛いものは辛い。おかねをください(虚空へとこの願望が消え去るのを知りつつ)。まぁでも何はともあれ楽しいので、ヨシ(現場猫)!

 ***



「おい、どうしてお前がここに来るんだ。」

「何を言ってるのかさっぱり。自意識過剰なんじゃない? 私が来た場所に貴方が居ただけで、それだけじゃない。警戒する意味が分からないんだけど。」

「セーラー服の奴が大学に、しかもこの時間帯に居るだけで異常事態だ。オープンキャンパスは今日じゃねーよ。」

「だから私、この服が推奨されてる年齢では無いんだって。」

「認めやがったな年増。」

「でもこの服は私に相応しいの。」


 ビニール傘を差して大学内を彷徨うろついていたセーラー服の妖怪ハンター、妻籠馬籠つまごまごめ。馬籠は講義中と雨天が重なり寂しいキャンパス内を、一人歩いていた。かと思えば校舎の扉を勢い良く開いた男、垂井不破たるいふわに、不機嫌を隠される事なく文句を言われている。


「で、何のつもりだセーラー女。不審者として叩き出すぞ。」

「散歩してるだけだってば。それとも何? まさか四六時中貴方達の起こしたトラブルの為に気を張りつめていろって?」


 明治モダンを感じる赤レンガの校舎。明治維新と文明開化の勢いに乗り、初代理事長の私有林をザンギリ頭の如くサッパリと刈った場所に建てられた、所謂歴史ある学校。ちらほら見える新緑は、後に植樹された物だ。広葉樹が雨粒を受け、生き生きと伸びている。


「…………あの子は放置か?」

「大丈夫よきっと、あれだけ丁寧かつ悲惨に拘束されてるなら。そもそも、私が居候させて貰ってるのは貴方の弟の家であって、貴方の家の鍵が閉められてたら入れないの。そんな状態で監視も何も出来ないわよ。インターホンを鳴らした所であの子が鍵を開けられる訳では無いのだし。」


 チャイムの音が鳴る。しかしそれは近隣の高校から響いている物。大学生よりも早めの休憩時間なのだ。


「高校生も御用達のセーラー服なのに、困った話。大学の土地に入るより高校の土地に入る方が難しいってどういう事よ。他校の生徒と思われるみたいで、向こうは追い返されちゃった。」


 馬籠は来た道を振り返って呟いた。



 ***



「それで君は、一体不破君の何なんだい?」


 まるで交際相手に付き纏う異性について本人に問い質す様な質問を、茜部志倉あかなべしぐらは訊ねていた。


「何、と言われても、その…………。御厄介になっている身と言いますか……。」

「ふむ、そうか彼のせいで素直に事情を話せないんだね? 良く分かったから君、私と一緒にこの家を出ましょうか。」

「えっ、あの、それはちょっと困ります……。」

「…………。」


 目を伏せた■■■■■は今更になって後悔していた。赤の他人を巻き込んだ事、巻き込んでしまった事を。しかも、彼女が関わりを持たせてしまった相手は善人だった。お人好しという奴である。


 彼は■■■■■の表情、態度、会話から事の経緯を推理し、自分なりの正解を弾き出した。

 志倉はそうして狼狽える彼女の肩をがっしりと掴んで、真っ直ぐに彼女の眼を見て語り掛ける。


「……もしかして君にとっては当たりなのかもしれないけれど、それは洗脳による賜物だ。自主的に拘束されようとしなくても良い、家を出たって別に良い。」

「せっ、洗脳!?」

「こんなおじさんで申し訳無いけど収入はそこそこあるし、君一人を匿うだけの貯金はあるし部屋もある。そして幸運な事に不破君は、数日前から私の部下です。彼に文句は言わせません。」


 ■■■■■は混乱した。ベッドに四肢を拘束された状態で初めて目が覚めた瞬間と同程度に混乱した。


 これは物凄く、不味い勘違いをされているのでは?


 それに気が付いた■■■■■は、現時刻を以て漸くの客観視を始めるだけの冷静さを取り戻す。現状推理を開始する。


 当人が留守の家から出て来た赤の他人。これは同棲相手と取られても仕方が無い。で、あれば。


 その同棲相手と思しき他人が、ガムテープを自分に巻いてくれ、だとか。


 しかもその理由が、不破に疑われない為である、とか。


 あまつさえ家から出ようと言われた■■■■■は、彼に何と答えていただろうか。


 それはちょっと(・・・・・・・)困ります(・・・・)


「……っ…………ッッ…………っ……!!!」

「さ、君の持ち物は何ですか。その辺のビニール袋で構いません、詰め込んで下さい。」

「あっ、せっ、洗脳じゃないです!! 洗脳なんてされてません!」

「君に悪いようですが、洗脳されている方は皆そう言うんですよ。」

「ほんとに! されて! ないん! ですよぉッ!!」


 ■■■■■は青褪め、無音で絶叫した。虫の息程度には、空気が震えていたかもしれない。そして次の瞬間には、熟した林檎に負けないぐらいに赤い顔をして耳が痛む程の絶叫、詰まるところの猛抗議を開始した。


「ボクは、呪われていて! 不破さんが、ボクの呪いを解いてくれるって話なんです!!」

「そういったオカルト路線で洗脳、監禁されているのですね……。そして除霊を言い訳に、拘束されたまま拷問を…………。」

「根も葉もない事実無根な妄想は止めて下さいよぉ!」

「根掘り葉掘り聞かなくたって分かります、君は途轍も無く面倒な男に捕まってしまったと!」

「それは間違いなく今の事ですっ!!」


 正しくは、面倒な男を捕まえてしまった。

 どうしてこんなに良い人に助けを求めてしまったのか、■■■■■は巡り合わせに落涙したい気分だった。正義感ありきの善人に見える目の前の男。あまりにも人助けするのがしっくり来る、出来過ぎた男。


「……あの、今更ですけど、お名前……なんとお呼びすれば…………。」

「あ、はい。私は茜部志倉、不破君を雇っている大学教授です。」

「あかなべしぐら、さん。」

「好きに呼んで下さい。君は、なんて言うんです?」

「え?」

「名前。君のお名前。」

「………………名前、無いです。」

「…………、」


 ■■■■■に名前が無い。それは困った事に、根も葉もある事実だった。

 ■■■■■はこの日この時、よりにもよって志倉の前で自分に名前が無い事に気が付いた。勘違いを加速させる一方でしかない、彼の前で。今迄であれば何らかの渾名で不破や下呂に呼ばれていたので、必要としなかったのだ。


「……………………………………………………そうですか。」

「いっ……いや、冗談です、冗談ですよぉ!! 名前が無いなんて、ある訳ないじゃないですかぁ!! あは、あははは!!!」


 案の定、妙にたっぷりな沈黙の後に相槌を打った志倉。それを見て慌てて訂正、もとい偽装に掛かる■■■■■。名無しである事実を偽装しなけれな、更に志倉にとっての不破の印象に問題が発生する事間違い無しだ。


「……その、ボクの、名前、は…………。」


 ■■■■■は目を泳がせた。何か名前に出来る様な物は無いか、と。しかしやはり引越し後の荷開きが済んでいない家に有るめぼしい物と言えはダンボールしか見当たらず。ましてや本棚はあれど『江戸川乱歩』や『コナン・ドイル』なんて名付けに役立ちそうなタイトルの本は見付かってくれない。


 彼女は寝室を思い出す。最近の住処であった、ベッドの置かれた寝室。やはり荷開きは終わっていなかったがそれでも、今居るリビングよりも物があったのを知っている。■■■■■が不破の事を、暇さえあればベッドで過ごす人間なのではないかと思う程に、寝室はカラフルだ。寝室は自室と相違無い。貼られたポスターには女の子の絵や男の子の絵が描かれていた。


「…………あ、」


 ポスターを思い出す。描かれている人物は立体的にこそ見える陰影を持っていたが、現実には存在しないのだろうと納得させる身なりと顔立ちをしていた。何故って瞳が極端に大きい。偶像と言えば聞こえは良いが、実像があるとすれば不気味だ。輝かしいステージ背景に出で立つほっそりとした体格の彼女達。


 そんな彼女達の、名前を思い出す。


「ぼ、ボクはミリーです! 名前! ボクの名前!」

「ミリー、さん……。外国の方ですか?」

「そうですよぉ! ハーフって奴です!」

「フルネームをお聞きしても?」

「フルネームッ!? あ、えっと、」

「別に焦らずとも良いんです。」

「いえいえいえいえ大丈夫ですッ!」


 ミク。

 リン&レン。

 Ia。

 ポスターには確かそんな、名前が書いてあった。


 他のポスターも勿論あったが、■■■■■が思い出したのはその三つ。


 えーっと、名前に出来そうな片仮名の羅列だよねアレって……頭文字でミリ? 何か足りない、隣の伸ばし棒を貰ってミリー。

 フルネーム? そのままレンで大丈夫だよきっと!!


 断じてあれは伸ばし棒では無く九番目のアルファベット、Iアイであるのだが、今の彼女にその知識は必要ない。自分にも言い聞かせる様に、彼女は自分に命名するのだった。


「ミリー・レン!ボクの名前はミリー・レン!

 ボクはミリーです、初めましてこんにちはっ!!」



 ***



「いやお前さっさと出てけよ。そもそもどうやって大学入った。この大学も、見張りの警備員居るだろ。」

「それだったら、雨の日なのに見学に来てくれた子だと思われたみたいで、快く通してくれた。」

「俺の学生時代から変わらない、安定のザル警備……。」

「入学する気は更々ないけど、見学してるのは間違いじゃないし。都合良かったし、否定する必要が無い。」


 果たしてこの職場でこの女が、何をしでかしてくれやがるのかさっぱり分からない。


 疑心に駆られた不破は馬籠と共に、学内を彷徨っていた。校舎の周りを、舗装されているかいないかも無視し歩く彼女。ローファーが水を踏み飛ばすパシャリとした音が心地好い。キョロキョロと辺りを見渡し、校舎内を覗いてはまた視線を何処かに移す事を繰り返すセーラー服の不審者。歩幅は大きく、歩速も速い。それは学校を見る事が目的であるというより、学校にある別の何かが目的で探している風に見えた。


「今の講義終わるまでには帰れよ。俺の差してる傘、パクってんだから。」

「え? 盗難?」

「傍にあった傘立ての奴を。持ち主が必要になる時までには元の場所に返したい。だからお前がさっさと帰らなければ、誰かも分からないこの傘の持ち主が泣く事になる。」

「別に私について来なければいいだけじゃない。」

「不審者を野放しに出来るかっての変質者め。」

「……貴方達、兄弟揃って監視が好きなの? 見た目サッパリ似てないのに、似てるのねぇそういう所は。兄弟だから?」

「血は繋がってねーけどな。」


 きょとりと。一瞬立ち止まって、何を言われたのか分からない顔をした馬籠は、自分の斜め後ろを歩く男の顔を見た。幾分か不破より小さい馬籠は見上げる形になって小首を傾げる。何処と無く険悪な今迄とは違う心配そうに伺う眼を、傘越しに不破は捉えた。


「……それは踏み込むといけない感じの話?」

「さぁな、俺はどうって事無いけど。ある日突然親父が下呂を連れて来た。そんだけ。」

「何それ、軽過ぎる。」

「苗字が違うのに違和感持てよ……って、俺お前にまともに名乗った事あったか?」

「今更気が付いたの? 貴方の事、下の名前しか知らないんだけど。あのUMA融合妖怪ちゃんが、『下呂さん』って呼んでたから。人には名乗らせといて、つくづく理不尽。」

「名前は垂井。垂井不破だ。弟は輪之内下呂。」

「どうでもいい情報をどうも。」


 馬籠は再度歩き始めた。雨は若干収まり小雨と言った所。


「…………確かに呼ばれたんだけど、何処だか分からない……。」

「……呼ばれた? 何に?」

「妖怪の類に。

 私は、妖怪とそれに関係した人間の『助けて』って声が、聴こえる妖怪(・・)なの。」

「へー、そうk」


 …………………………………………?


 吐きかけの相槌を遮る、不破の脳に訪れたそれは、正しく思考停止。

 水の粒が、水溜まりに落ちる。


「………………は?」

「反則も反則で良い所だと我ながら思う。勝手にそういうもの(・・・・・・)として名乗り出してからの物だから力としては微弱だけど、でも確実に聴こえては居るのよ、『助けて』が。だから昼間の内に、その相手に逢いたくて、こうやって人の多い所を探してるの。こんなに見付からない事初めてよ。」

「…………いやいやいや、さくさく進めるな。俺の無意識かつ唐突なカミングアウトで同じ様に自分の事を伝えようとしてくれてるのかサッパリ知らねーけど、待て。お前今、何て言った?」

「え? だから『助けて』が聴こえる、」

「その辺は端折れ。最後の所だ!」

「見付からないのが初めて?」

「もういい分かった、お前妖怪なの?」

「何言ってるの今更、私そう名乗ったけど?」


 険悪でも心配でも無い、呆れた声音。今度は足すら止めず顔すら向けず、片手間仕事の様に自己紹介。探している誰かにも、向けた物かもしれない。


「私は妖怪(・・)ハンター。人間に通してる時の名前は妻籠馬籠。名乗る通りに妖怪ハンターをしている、妖怪。平穏な妖怪であれば交渉する。でも危険な妖怪であれば退治する。そういうもの。」



 ***



 病院である。


「……広いな。」


 白く、目に眩しい医療施設。緑色の看板が、矢印で要件ごとの施設を分けている。何処からか聞こえる台車の車輪が回る音。乗せているのは医薬品かはたまた窮地の患者だろう。一張羅であるとは言え、喪服を着てこの場所に来た事をガシャは申し訳無く感じていた。明らかに目立っている。学校とは大違いだ、不謹慎にも程がある。


「お兄さん、コスプレイヤー? 葬儀屋?」

「こす……? ……いや、違いますけど。似た様な物です。」


 気不味い待合室、隣席の青年に声を掛けられた。葬儀屋と言うのはあながち間違いでも無く、受け答えると、話が聞こえたのか周囲の視線が少しばかり弱まる。理解を得た、もしくはそれに近い状態だろう。静かな待合室で、青年はそのまま続ける。


「へー……。TPO知らないDQN(ドキュン)な服装してる割には落ち着いて堂々としてる。それに今の一言的に、お兄さん、そこまでヤバい人って訳でも無さそう? 病院には何の用で?」

「…………僕は耳が聴こえなくなっている子の、連れ添いで。仕事なんです。」

「んじゃ耳鼻科か。俺は整形外科、連れ添いが。仕事ではない。」

「貴方も連れ添いなんですか。暇ですね。」

「まーな。通ってれば慣れるけど、どーにも。慣れってマンネリだよなー。」

「通っていらっしゃるんですか?」

「そ。だからお兄さんの事は、初めて見るんで気になっちまった。」


 黒いサングラスで目を隠す青年、だが眼に問題は無いらしい。初見に対する興味本位で話し掛けたという辺り、どうやら言う通りに青年は付き添いらしい。容姿に関して他人とは違うと自覚しているガシャ。学校ですんなり受け入れられた事が疑問であった彼にとって、その男は初めて見た目を指摘した者。つまりマトモな判断力の持ち主かもしれないと密かに喜んだ。


「聴こえなくなっている、ね……不粋な詮索をするよーだけど、突発性難聴?」

「ストレスによる、一過性の物です。」

「大変じゃん……。一過性って事は、一生モンにはならないって、ちゃんと分かってんのかい?」

「治る筈です。今日が初受診なので僕にはそう信じる事しか出来ませんけどね。」

「いいねー。信じるのは大事だと思う。日本ぐらいのもんだよな、神様とか宗教が曖昧で、なのにホイホイ信じる事が出来るとこってさ。」


 軽い口調だが、人の琴線に触れない距離感を保っている。会話するには楽だ。しかしガシャが気になる事は一つ、サングラスの青年の手の中には横向きのスマートフォン。顔はガシャに向いているし、サングラスで視線を正確に追える訳でも無いが、画面を一瞥もしていないのはある程度分かる。けれど指は、常に動いている。


「それ、何です?」

「あ、失礼だった?」

「何も見ずに画面を動かしていて、気にはなります。」

「ただの作業ゲー。気にしないでいーよ。」

「作業芸……?」

「あれ、意味わかんない系?」

「…………実は先程の、どきゅん、と言うのも。」

「まじかー。それはすまんかった。」


 青年はスマートフォンを縦に持ち替え、今度は見ながら指を動かすと画面をガシャに差し出した。


「ネットスラングだよ、DQNは。ヤベー奴を指す。正直、病院に喪服で来るのはヤベーよ。」

「……すみません。」

「何か理由があるなら仕方無ぇよ、うん。お兄さん忙しそうだし。そんで、作業ゲーは作業ゲームの略。これはググッて出るのか……? まぁ意味は、心を込めない単調作業ってとこだな。これが兎に角面倒臭ぇんだよ。」

「では、わざわざしなくても良いのでは? 大事な事では無いんですよね。」

「大事な事だからやるんじゃねーし、やる事が大事になるだけ。……ん? 今、訳ワカンネー事言った気がする、俺。」

「言った張本人である貴方が言うのならそうなんでしょう。」


 的を射ない発現、不安定な話題、途切れない議論、意見の投げ合い。サングラスの男は明白に、他人に対と意見を交える事、自身の意見をぶつける事に慣れていた。


「………………!?」

「あぁ牧さん。戻りましたか。」

「へぇ、君が喪服兄さんに連れ添って貰ってる子? だいじょーぶ?」

「……っ!? …………!!」

「今日はありがとうございました。次は喪服以外の服で来ますので、宜しく御願いします。」

「ほいほい、ご丁寧にどーも。じゃーねーマキちゃん。耳、聴こえないんだって? 俺、アイツに字幕に手ぇ掛ける様に言っとくねー。」

「……………………ッ!!!」


 診察室から出て来た安八牧あんぱちまきは絶句していた。話せない様になった訳では無い、聴こえなくなっただけであったのに、声を失った。さらさらと書かれた【帰りましょう】の文字、遠慮無く掴まれた手首。牧が難聴者となっているが故に、仕方無いとも言えるが。


 病院を出て暫くの歩道、漸く牧は言葉を取り戻した。


「……………あっ、ありえない、ほんと? ほんもの? この街にいるの?」

「……? 何かあったの?」

「ガシャさんが何も分かってなかったのは、その顔で分かる。けど! ほんとに知らないんですかあと人を、KAMO(カモ)さんを! アイスのCMにだって出てる!」

「…………さっきの人、もしかして有名人だった?」


 病院内にも関わらず外される事の無かったサングラスについて、ガシャは一人で納得する。そんなガシャに待ち受ける数秒後からの仕事。それは筆談用のノートとして筆記具が当然あったのに、サインを貰わなかった事を怒られるという物だった。



 ***



「ボーっと周回してたら不謹慎コスした奴が同じ長椅子に座ってビビった。」

「何、コスプレ? そいつ待合室に居たのかよ、俺見損ねた?」

「銀髪ロン毛に緑眼で、喪服のあの、葬儀屋のコスプレなんだよそれが! 病院に葬儀屋のコスプレってヤバくね!?」

「……大和、それな? 葬儀屋じゃなくて多分葬儀屋(アンダーテイカー)って読む奴じゃねぇかなー?w。」



 ***



 思考停止から何とか脱しようと不破は、その二度目の自己紹介を必死に噛み砕いた。


 は? 妖怪って言った? 自分の事を妖怪だってそう言った? 今迄そんな事聞いてねーぞ、俺は妖怪ハンターとしか…………って。


「………………まさか妖怪ぬらりひょんとか妖怪ぬりかべとか、そういう種族表記的な意味合いで妖怪ハンターって名乗ってんの? まさか。」

「だからそうだって言ってるじゃない。」

「…………わ、」

「わ?」


 そして、叫び散らす。


「分かりにくいっつーのッッ!!? 意味が混同するだろうが!! それこそメリーでも何でもいいから改名しやがれ!!」

「別に混同したって良いじゃない。直ぐに意図が伝わるし。名前が仕事を模しているなんて完璧じゃない。」

「無駄なダブルミーニングとかいらねーから!! は!? つまり何!? 妖怪ハンターをしているハンターって名前の妖怪が、人間っぽい名前を名乗る時が妻籠馬籠!? 分かりにく過ぎんだろーがややこしいんだよ!!」

「別に良いじゃないハンター! カッコイイでしょ?」

「横文字の名前がカッコイイと思ってんのかよ、お前は厨二病か!? あと実際ハンターって単体で呼ばれる事ねーだろお前!! 妖怪ハンターって呼ばれるか人間用の名前だろどうせ!? もう役職名としてハンターとは呼んで貰えるんだから改名しろ改名!!」

「必要無いわよ。今迄だって、妖怪ハンターって名乗って事件を解決して来たし。皆受け入れてくれてたけど?」

「それ解決して貰ってる側は絶対お前の事を人間の妖怪ハンターだと思ってた奴だよッ!!」


 妖怪。ここで自由に歩き回っている女は、妖怪。


 不破は騙されている気がして来ていた。妖怪だというのに、どいつもこいつも人間の形をしている事。多少何かがぶっ飛んでいる程度、ツノが生えている程度、出会い頭にバットを振り回す程度。人間にだって、それは出来るのではないかと舐めた事も思う。何故ならこんなにも、当然の様に人間と会話している。


「なんか……何か違ぇ……! 妖怪ってこんなかよ、違うだろ!?」

「え? 思ってたのと違うって、そう言いたい訳?」

「もっとこう、な? 人間の形してねーとか!」

「人間の形はどうしたって取るわよ。じゃないと貴方達と、会話すら成り立たない。」

「もっとやる事成す事ぶっ飛んでるとか!」

「貴方達人間は、狂人の話を真面目に取り合うの? 貴方にバットが当たり掛けただけで、この有様なのに。」


 馬籠はジト目で不破を睨んでいた。

 不破は残念そうな目で俯いていた。

 幽霊の正体見たり枯れ柳、郷に入っては郷に従え。妖怪達は人間と関わる為に、人間でいるらしい。さもありなん、大前提の話を始めれば間違い無く、妖怪に遭遇したい不破が奇特である。木を隠すなら森の中、人間社会に紛れ込む為に人間の形である事が必須であろう。


 ヴーッ、ヴーッ。


 くぐもったバイブ音が、場を乱す。


「着信、来てるわよ。」

「分かってるっての…………。」


【件名:休講のお知らせ。

 昼の12時を過ぎていますが、午後の講義を休講とします。学生の皆さん、申し訳ございません。】


 それは茜部志倉の最初の講義で渡される、メールアドレスからの物。勿論その差出人は茜部志倉である。そうか12時を過ぎていたのか気付かなかったと時間の早さに驚愕しつつ、何処かで一度聴き逃した高校のチャイムを恨む。


 ヴーッ、ヴーッ。


 そしてたった今受信したメールは、茜部志倉の私用メールアドレスから。


【件名:家に帰って来なさい。

 ミリーさんについて話があります。】


 有無を言わせぬ命令口調のメール。不破個人に宛てられたメール。誤解を招かない為に弁明するならば、茜部志倉という人間は自分本位で動く存在では決して無い。故に学生に強く言い返せないという短所を持ちながら、けれど彼は学生に言う事を聞かせるのではなく納得させるのが重要であると述べる。


 よって、二通目のメールの異常性を不破は明確に感じてしまう。何より、本文が既に話にならない異常を知らせていた。


「…………ミリーさんって、誰だ?」

「誤字じゃないの?」

「おい、勝手に覗き見るな。」

「メリーさんの誤字でしょ、これ。ミリーさんって人について全くの心当たりが無いのなら、メリーさんの誤字よきっと。」


 顔を見合わせる。互いに表情は、無い。


「『助けて』って気持ちを感じ取る限りは、普段と変わらないわよ殆ど(・・)。相変わらず貴方の家で、あの子は『助けて』って思ってるわ。」

「殆どって事は、何かあったな?」

「さっき酷く強烈に、『助けて』って考えてたわ彼女。何かあったのかしら。」

「………………このメールの指す『家』って、どの家だと思う?」

「……貴方宛のメールに『家に帰って来なさい』って書いてあるんだから、無論貴方の家でしょうね。」


 だよなぁと、不破は頷いた。それはそうだその通りだ、不破は以前の家との契約を切ってしまっているし、ましてや実家はここから遠過ぎる。帰って来なさいと言われたら、自分の家に帰る他無い。


「…………戸締り、ちゃんとしたの?」

「した。したけど、」

「開いてるわね、鍵。」

ぎぶみーれすぽんす。

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