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どうにかなってくれねーかな?

マルちゃんの焼きそばは、一つ160円強で三食入り。つまり、一食分は50円と差額。

これは偉大な発見であり、一食100円程度のカップ麺の価格を凌駕するという驚愕の事実が明らかになっている。

結論:肉が食べたい

 ***

 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B2%E3%81%A8%E3%82%8A%E3%81%8B%E3%81%8F%E3%82%8C%E3%82%93%E3%81%BC


 ひとりかくれんぼ


 この項目では、都市伝説について説明しています。


 日本の2009年のホラー映画については「ひとりかくれんぼ 劇場版」をご覧ください。


 ひとりかくれんぼとは、日本の近代怪談の1つで、いわゆる都市伝説であるり、ひとり鬼ごっことも呼ばれ、かなり危険な降霊術とされ、こっくりさんよりも危険だとされている。


 概要


 元は関西地方や四国地方でコックリさんと共によく知られる遊びであったといわれるが、ある大学のサークルが都市伝説の広まりかたを研究するため、意図的にこうした話を世に流布したとする説もある。コックリさんと同様に、一種の降霊術とされ、自分自身を呪うと言う説もある。


 2006年(平成18年)4月頃、大型電子掲示板「2ちゃんねる」のオカルト超常現象板に詳細な方法が紹介され、さらにこれを実行したことで様々な怪奇現象に遭遇したといった体験談が書き込まれ、それを見た読者が次々に検証を試み、その結果をネットで紹介したことによって、一般にも広く知られることとなった。


 引用 ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典


 ***



「凄ぇ、Wikipediaが誤字ってやがる。」


 加子母大和かしもやまとはポツリと零した。


「は、マジでぇ?」


 それに反応したのは、彼の相棒である中津川柳なかつがわやなぎ。動画編集をしていたパソコンの前から身を乗り出し、大和のパソコンを覗き込んだ。


「此処ココ、『日本の近代怪談の1つで、いわゆる都市伝説であるり』。」

「あるりw。」

「Wikipediaって誤字ってたりするもんなのか。」


 遡る事大学時代、遊ぶ予定を決めようと意見を出した時。行きたい場所、したい事が三分(さんぶん)した為に始めた事が切っ掛けだった。

 初めはジャンケンで決めていたソレ。

 当時の流行りの動画投稿の視聴数で競おうと言い出した馬鹿は誰だったか。垂井不破だ。

 趣味で培っていた音MAD編集力が生きるだろうと賛同したのは誰だったか。中津川柳だ。

 技術とか無いから俺は顔使うけど良いよなと言い出したのは誰だったか。加子母大和だ。


「動画企画でWikipediaの誤字探しってどうかね?w」

「個人的にはやりてぇけど労力の割に地味過ぎだろ、ゼッテー伸びねぇよ視聴率!!」


 世界最大規模である動画共有サービスЯTube(ヤーチューブ)。規模こそ劣るものの日本国内での利用者数がかなりである動画共有サービスnikanika(ニカニカ)動画。SNSアカウントでログイン出来るLIVE配信サービスTOYCAS(トイキャス)。そのどれにも触れた事が無くても、最近ではテレビ番組かCMの最中にだって現れる。


 騒いで良し静かでも良し歌えば尚良し、そして自他共に認める二枚目と来た。超を何度累乗しても足りない、人気動画投稿者KAMO(カモ)


「にしてもひとりかくれんぼだぁ……? ンだよ大和、お前不破の話を信じようとか思ってんの?」

「信じる信じない、じゃねーよ。本人がそう思ってる事が問題なんだよ。気持ちの問題ってやつ。何だろうとアイツの障害を取り除かなきゃ俺達は、して欲しい事をして貰えないからな。」

「したい事……なぁ。確かに動画ガチ勢には戻って欲しいよな~、ウン。」

「圧倒的棒読み。」


 その圧倒的存在は、顔役である加子母大和と、編集役である中津川柳によって成り立っている。


「またアイツと視聴数バトルしてぇよぉ……。」

「無茶言ってやんなってのw。お前と違ってアイツは社畜。」

「仕事辞めたと思ったら今度は茜部教授に雇われてるって何だよ……。だってよー、俺はこっちの方が稼げるレベルになっちまったんだから……辞めるだろ会社とか。」

「働けニート。」


 加子母、中津川、垂井。この三人は大学時代からの親友だ。歴は浅いのかもしれないが彼等は、互いの趣味を理解し互いの痛みを嘲嗤い、幸福には便乗して不幸は蜜の味とばかりに啜り合った仲である。


「黙れパチンカス。似たり寄ったりだろお前こそ働けや窓際族。」

「今働いてんだろーが! お? いいのか? 俺の編集になってから視聴数上がったの忘れてんじゃねーぞ?」

「お前の力じゃねーし。数上がったのは俺のイ・ケ・メ・ンっな所だ!」

「自画自賛乙ぅw。」


 良きライバルとも言える、悪友。自身の更なる躍進の為に他の者の脚を引き、その逆も然り。けれど負けじと躍起でいれば、常人よりも強くなっていた。引き摺り合いの精神が、高め合いになっていた。

 そのパワーバランスは大学卒業後、就職云々でいざこざがあってから盛大に崩れたが、今ではそれを笑い草に語れる仲だ。


「…………あいつ、また始めねーかな。スゲーやつ。」

「動画関係で?」

「動画関係で。」

「定期生放送はしてる。味気ないけど」

「アイツの本領は顔じゃねーよ柳。俺じゃねーんだから。知ってんだろ?」

「まーな。」

「なんかいざこざ起こしてやがるし。顔出しは特定に気を付けろとあれ程!」

「生主としての才能が無かったんだな大和、お前と違って。」

「おーおー柳クン、言ってくれるジャーン??」

「言ってやったから飲み物取ってきてくれや。今いい所だし作業続行したい。」

「そういう魂胆かよ案山子かかしヤローめ。」

「良いからお前は早く、その二本足をキリキリ動かすんだよぉ!!」

「へいへい。」


 編集に掛けた時間により、柳にとってはとっくに親の顔より見た物になっている大和の顔。柳は当然見飽きていた。新鮮さを、視覚と聴覚が求めていた。


「何とかならないもんかね。やるせねぇw。」


 特別誰に向けた訳でもない嘲笑が、柳一人だけになった部屋に虚しく響いた。



 ***



「ひとりかくれんぼ、ね。昨日に、馬鹿兄貴の方も言っていたっけねそういえば。感じていた不安定はそれだったの……。」

「お前、分かりきった上で俺の家に襲来したんじゃねーの?」

「私を何だと思ってるの。別に万能じゃないから。」

「つまり無能。」

「表に出なさい?」

「埒が明かねぇからお二人さんはその辺で。ボクっ娘ちゃんは続けてくれ、な?」

「ぼ、ボクっ娘ちゃんですか、今度の呼び名は……!」


 事情説明会が開設された不破家の寝室。三人はベッドを囲うように位置したが、説明者はやはり安定して縛られたままだった。何せ、解くメリットが彼等には見当たらないのだから仕方が無い。デメリットは、ただ面倒臭い。縛られたままの張本人もベッドからの脱出を諦めた様だった。


 なお不破家の玄関の鍵は下呂の手によって掛けられたので、新たなる参入者はこれにて増える事は無い。面倒事は少ないに越した事は無いし、そして何より絵面がヤバいので見られたくない。


 ……下呂は実は数十分、慕う義兄が寝室の前で包丁を持って、座り込んで居たのを見たあの時。来客の挨拶に対し軽い態度で声を返しながらも、心臓が飛び出そうになって喉元まで来ていたりした。何とも心臓に悪い親不孝ならぬ弟不幸な兄である。


「三人格、です。『ボク』、そして『わたし』と『オレ』……。

『わたし』は御存知の通り『メリーさん』です。メリーさんによる人格が、『わたし』。そしてこれが最初から存在する人格……主人格です。」

「ん? お前じゃないのか? 主人格は。」

「そうなんです不破さん。」


 今更ですけど人じゃないのに格とは、とか言い出すのは禁止ですよ。咎める様に■■■■■は前置きした。


「問題として上げている『オレ』は、『ひとりかくれんぼ』によって降りて来た(・・・・・)第二人格。

『ボク』は、この二人格のどちら共を保たせる為に発生した(・・・・)第三人格なんです。」

「1(たす)1が1を産んじゃったのかぁ。」

「妖怪同士、人格、二つ。何も起きないはずもなく?」

「妖怪じゃ、ない。」

「「「?」」」


 ネタ混じりの兄弟の談笑を遮ったのは妻籠馬籠。


「今は妖怪だと言えるけれど、少なくともその二つであった頃は妖怪じゃない。だから、妖怪同士(・・・・)ではない。間違えないで。」


「…………ンな事言ったってよ妖怪ハンター。じゃあなんて呼ぶってんだ。妖怪の人格だって、格って呼ぶしかねーんだぞ。」

「それでも大事な事なの。譲れない。」

「また言いたい事だけ言いやがるなぁお前! だーかーらー! なんて、呼べばいいか、訊いたんだよ!」

「Unidentified Mysterious Animal.略してUMAユーマ。」

「うわ急な英語。……UMA? 懐かしい響きの呼び名を……。」

「これなら妖怪は該当しないから。」


 Unidentified Mysterious Animal.

 UMA。


 未確認動物という英単語による構成文の略語。

 それは日本人の作った和製英語であり、海外ではまた違った呼び名を持つ。噂や目撃談により実在が主張されながらも、生物学的には発見に至っていない物の総称。

 妖怪がUMAに該当されないというのは確かで、妖怪の類は小説等の為に創作されたもの、という定義が成されている。


 今この場に居る者達にとっては、妖怪こそ実在するものという認識が成されているので、この呼び名ですら正しくは無かったのだが。


「で。具体的に何を求められてんの? 兄貴は。ボクっ娘ちゃんは兄貴に何をして欲しいんだ?」

「率直に言えば、殺して欲しいんです。『オレ』を。」

「…………それは『ひとりかくれんぼ』による人格だけ(・・)をって事で理解していいか?」

「はい。そういう事です。」


「は?」


「ひゃっ、」


 その言葉にあからさま表情を曇らせた者が一人。その呆れ声は僅かに怒気を含んでおり、■■■■■は悲鳴を上げて肩を竦めた。


「そもそも。どうしてUMAが一所(ひとところ)に集まるなんて事態になってるの。サラッと言ってるけどねぇ…………人間に取り憑くならまだしも、UMAがUMAに取り憑くなんて事は普通、有り得ないんだけど?」

「取り憑いたんじゃ、ないんですよぉ……。呪われたから、なんです。」

「?」

「取り憑いた(イコール)別人格が増えた? それで多重人格? 狐憑きと似た様な物として思ってればいい?」


 さらっとオカルト単語を出した下呂。大学で、茜部教授から教わった知識故か、その教え子である兄もその意味を理解している。


 狐憑きとは、精神が錯乱状態にある人の事を、狐の霊に憑依された、憑かれた人と表現した物。真人間が突然狂った事を始めた時に、それを周囲の人間は、真人間が狂人になったとは認識しなかった。

 別の誰かが乗り移ったのだと考えたのだ。


「それで間違ってはいないと思います。」

「……じゃ、その今回で言う狐役の『オレ』を殺す為に。俺は具体的に、何を求められてんの?」

「祓って下さい。又は、呪いを解いて下さい。『オレ』だけを、どうにか引き剥がして下さいお願いします!」

「……おぉ。」


 今迄の弱気な姿勢は何処へやら。■■■■■の眼には目標に対する断固たる意思があった。それは思わず不破が感嘆の声を漏らす程に。


「『オレ(・・)だけを(・・・)??」

「…………ッ、」


 けれどもやはり、眉間に皺を寄せた者が一人。それも、他二名とは違いとびきりの面倒事に関わってしまったと認識した上で。今度の声は先程とは比べ物にならない程の威圧を孕んでいたが、■■■■■はそれに耐えた。


「…………ねぇ。ホンットに意味が分からないんだけど。は? 冗談抜きなの?」

「冗談のつもりはありません! 真面目にお願いしているんです!」

「へぇ? 中途半端な除霊をしてくれってお願いの、どの辺りが真面目?」

「「?」」


 首を傾げた男二人。理解が及んでいるか居ないかに関わらず、構わず馬籠は続けた。


「体の一部をもいで下さいお願いします。仕上がりは、完璧完全な非欠損健康体でお願いします。

 たった今、そんな巫山戯た話を聞いた気がするんだけど?」



 ***



 神戸恵那。デリへルである。

 ただそれは、注文の電話が入らなければ意味を成さない職である。


「…………なーにがシャンパンタワーよ、しかも大崩壊させるとか頭ホント沸いてる。床掃除を誰かがしなきゃいけないって事を分かってるの? あのキャスト。」


 予測は出来ねど想定は出来る大トラブルに見舞われた某キャバクラ。デリへル営業も業務に入れるこの店の店長が、恵那への指名注文が無かった事を思い出し、急遽スタッフとして借り出したのだ。恵那だけでなく他の待機社員達も清掃スタッフに回されたので平等と言えば平等、鬱憤溜まれど理不尽は無し、それについての文句は言えない。客を取れない嬢が悪いのだ。


 ただ神戸恵那に関しては、客が取れない理由を言及するのであれば話が別だ。


「……あのガングロブロンドめ。」


 ガングロブロンドとは、金髪ポニテ褐色肌の赤眼19歳男児、輪之内下呂の事を指す。恵那はどうにも、下呂にやたら気に入られてしまっていた。それがどう客が取れない事に繋がるかと言えば、それは下呂による注文率が関わってくる。


 簡潔に言えば、ほぼ毎日。そういう事に至る至らない、気分が乗る乗らないに関わらず。下呂は恵那の事を家に呼ぶ日々を数ヶ月と繰り返していた。


「例の兄貴とやらのせいで忙しい、とか? 荷解きの手伝いぐらいなら呼んでくれればやってあげるのに。」


 新しいゲームを買ったから一緒にやろう、電話に応えて来てみればそんな事も多々あった。そして金は何処から出ているのか、けれどびた一文の間違いも無く払ってくれる。


 それが意味した事実とは、下呂は恵那にとっての良客だという事。恵那は拒む事無くその電話を取り続け。結果として、その数ヶ月で他の客からの知名度がゼロに等しい所まで落ちてしまっていた。


 つまり、固定客が居るので他の客が取れない。


 下呂からの電話が無い事は、恵那の休暇を意味するのと同義だった。それならそれで別に良いのが恵那だったが、この日は清掃に回されたので機嫌が悪い。大半の人間は、休日に仕事をぶち込まれたら嬉しく思わない。喜ぶ物は気を病んでいるか、仕事を生き甲斐にしている物だ。


「もう二時過ぎか……。」


 草木は眠ったらしい丑三つ時。けれども街は明るく、道に人気の少ない市街地であっても窓からの明かりや街頭で、一寸先は闇なんて単語は有り得ない。何百メートル先だって見えた。


 一寸は3.3センチ。今の世の中だと、何寸先なら闇になるかしら。


 疲れた頭というのは、下らない事を考える。無意味に空を眺めたり、不毛な事を考えたり。恵那はその境地に居た。そもそもの話、仕事といえど恵那の生活ルーチンは下呂を中心に回っていたのだ。それから外れた生活となると、自分の時間が沢山あると言う事になる。だというのに恵那は、自分の時間をどう浪費していいのか分からなくなっていた。


「……明かり、付いてないわよね……。」


 ただの立地の話をすると、恵那の家と店までは地味に距離がある。そんな何とも言えない通勤路、恵那の家と店を挟んだ真ん中辺りの場所に、下呂とその義兄の住む八百津やおつアパートが建っていた。よって恵那には、大事なお客様の在宅状況を直ぐに把握出来てしまうのだ。


 のそり、アパート上階の廊下に、動く影。


 ダダンッ。


「………………、」


 恵那は思考放棄していた。よって目の前で起こっていた光景をぼんやりとしか見ておらず、敷地内に降り立った衝撃音の正体すら、なんとなくで見ていた。


「………………?」


 黒髪を揺らし、背筋をしゃんと整えた男。それが、アパートから降ってきたと認識する迄にたっぷり6秒の時間を要した。


「ンン~~~~ッ!」


 ソイツは全身の筋を伸ばす様に伸びをする。パキパキと関節の鳴る音が聞こえて来そうだった。


「…………!? はっ、今、何階から飛び降りた!?」

「ん? あ、見ちゃった?」


 全く悪びれもせず、寧ろ凄いだろうとでも言いそうに胸を張る。男は声量ただ一つで、八百津アパートの敷地内と敷地外というちょっとした距離を叩きのめした。


「当たり判定罵愚(バグ)ってる壬羅苦琉亡威(ミラクルボーイ)、その名もオレ様ッ!! 華麗に着地!!」

「決め台詞!? しかも名乗り口上の割にオレ様って、名乗る気無いやつ!? その上に何を訴えたいのかサッパリ分からない!!」

「わーおツッコミがキレッキレ。」


 恵那も思わず声を張り上げてしまう。そしてその瞬間に察した。この場に居合わせたのが恵那で無くても思っただろう。コイツ面倒臭い奴だ、と。


「どーもどーもおねーさん。元気してっか!? オレ様とお話しーましょっ!」

「えっ、何なの馴れ馴れしい。」

「別に挨拶しただけだって。社交辞令、魔那悪(マナー)だろ魔那悪(マナー)!」


 やたら英文系片仮名の発音がゴテゴテしている。覚えたての英語をそれっぽく発音しようとして格好付け過ぎている、そんな印象を恵那は受けた。


 兎に角ニコニコと、人の良い顔を街灯で照らす男に恵那は気圧され、狼狽した。


「とっ取り敢えず、不審者だし通報…………?」

「えー? 止めとけよそんな無粋な対処。」

「何この不審者…………通報に無粋も何も無いでしょうが。」

「でも意味はねーだろ? オレ様が彼処から飛び降りたって事実は証明出来ないし、オレ様はおねーさんに話し掛けてるだけじゃん?

 それに何の問題があるんだよ、オレ様はたかだか階段を獲棲刑腐(エスケープ)しただけだろ?」

「分かった。それじゃ変な言動と変な服装の変質者が話し掛けてくるって事で通報する事にしたわよ、それなら良いのよね?」


 恵那が変質者という属性を男に対して追加したのは、特に服装を見ての事である。男は、女物の服を来ていた。


「そこはそれ、表現の自由だろ!」

「少なくともその服は全く似合ってないからそれが自己表現のつもりなら止めるべきだと思うかなぁ、それも今すぐによ! 」

「あぁん酷い。ま、オレ様も好きで着てんじゃないんだけどねー。」

「……………? じゃあ脱げば?」

「露出狂でそれこそ通報案件お疲れ様でしたー!」


 男の着ている服を安直に言い表すなら上品、お淑やか、そんな服だった。ふわふわとしたスカートだ。


「おねーさん、こんな時間まで仕事? 倭悪禁愚ワーキング? 社畜極まってんなー!」

「……好きでやってたんじゃないわよ、今日の仕事は。」

「つまり今日の仕事は好きじゃないって? それじゃ普段はどんな仕事してんの?」

「…………アンタには関係無いわよ。」


 何だコイツ、無駄に耳聰ざとい。


 恵那はより一層目の前の男を鬱陶しく思う。そもそも恵那はそこまで明るい性格をしていない。陰気な者と陽気な者が初対面で仲良くお喋りしようというのが到底無理な話なのだ。


「ひぇー俄悪怒(ガード)が固い!」

「ん? もしかしてナンパのつもりだった? それなら話が変わるんだけど、三万から相手したげるわよ?」

「アッご職業はそーゆーのなの? いやそんなつもりは無かったんだけど。オレ様はただおねーさんとお話してたいだけ。」

「…………どいつもこいつも湿気てるったらありゃしない。じゃあ一万五千、半額でいいから買いなさい。」

「さっきまで引き気味だった癖にめっちゃグイグイ来る~~!」


 恵那はこの男が財布らしきを身に付けて居ない事まで視野に入れていたので、自分を買うか買わないかという交渉を敢えて持ち掛けた。答えがイエスでもノーでも自分が損をしない交渉。イエスなら金が手に入り、ノーであればこの場から離脱出来る。恵那は、この男にノーと言わせてさっさと家に帰りたいばかりだった。


「おねーさんさ、もしかして逃げるの得意?」

「は?」

「今だってさ、オレ様から逃げる為にうずうずしてるじゃん?」

「……分かってるならさっさと家に帰させて。」

「連れねーお人だなー。相談なんだけどさ、オレ様此処から逃げ出したいんだけど、どーしたらいいと思う?」


 男は恵那の交渉の意図を理解して尚、それを汲む気が無いらしい。

 恵那は漸く距離を詰めながら声量を落としていく男に適当な相槌を返した。


「……さぁ? 随分突然だけど何の質問? 逃げたいならさっさと逃げればいいじゃない。」

「それが簡単に出来たら苦労しないんだよなー。」


 男は敷地内で足を止めた。

 恵那に近付く男は、素足だった。

 幾ら舗装された地面と言えど、それは見ていて痛々しい。男はただ笑っていた。僅かに影が差している様にしか、もう恵那には見えなかった。


「束縛系彼女にでも捕まってるの? だとしたら尚の事、此処で別の女を捕まえてる暇なんて無いと思うわよ?」

「あながち間違ってねーのがなー!」

「へぇ…………。」


 痛々しいと言えば更にその足、男の両の足首には、ごく僅かながら鬱血の跡が見られる。それに気付いてしまうと、両手首にも似た様な青痣が見えてしまった。


『ま、オレ様も好きで着てんじゃないんだけどねー。』

『相談なんだけどさ、オレ様此処から逃げ出したいんだけど、どーしたらいいと思う?』


 逃げたいという男。逃げられないらしい。

 女物の服を着た男。趣味じゃないらしい。


 妙な鬱血を負う男。両手足首、共に青痣。


 訳アリか、コイツ。


 恵那は面白いと思った。救う気も無ければ拾う気もないが、観察するにはいい暇つぶしになりそうだと判断する。恵那は自分よりも惨めな何かが好きだった。。テレビによくある不幸話は最初だけを見て、そこからのサクセスストーリーを見る気は無い。哀れんで、至福を肥やすのが好きだった


 そんな彼女にとって、過ごし方が分からなくなった自分の時間を人間観察に充てる事。しかも憐れな者を見ている事に費やすのはそれなりに有意義な事である。


「…………他人の事情に頭を突っ込む気なんて更々無いけど。そっちが望んでこっちの気が向いてる時なら、またお話したげるわよ。」

「え?」

「束縛系ご主人様にバレない内は、相手にならない事は無いって言ってんのよ。おおかた夜中だから抜け出してるって所? 難儀ねぇバぁっかじゃないの? 面白いから今度笑ってあげる。」


 だから今日はもう帰して、恵那がそう言うと嬉しさに不安を交ぜた顔がそこにはあった。それは笑うだけだったさっきまでの顔が能面じみて見えてしまう程に、ぐちゃぐちゃとした内面が見られる表情だった。


「また会ってくれるって、そういう意味だよな?」

「その通りよ、何か文句ある?」

「いや……ダメ元の気晴らしで話し掛けたら、まさかこんな物好きに逢えるとか思ってなかったんで。」

「アンタがこのアパートの関係者じゃなければ、時間潰しに使おうとも思わなかった。せいぜい幸運に思いなさいよ?」

「……本当に、つくづく羅鬼威(ラッキー)だ。」


 男は息を付いて、はにかんだ。


「名前は?」

「ん?」

「名前は名前よ。アンタの名前。」

「ん~~……名前は垂井(・・)垂井不破(・・・・)。」

「へぇ、そう。」


 恵那は名前を覚えた。

 見た事も、聞いた事の無い名前だった。

ぎぶみーれすぽんす。

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