嘘を付くつもりはありません
モツ煮食べたかったんです。
スーパーにモツ鍋の素は売ってました。
なのにモツは売ってないっていう。
(´・ω・`)
***
翌日。平日である。つまり職を持つ人間の大半は、職場に出勤するという義務に居心地の良い布団から引き摺り出されてしまう。
例え出勤時間までに何があったとしても、何をしていたとしても。家に何が居たとしても。
「そんな訳で今現在も、家にストーカーかメリーさんらしいナニカが居ます。」
「君達の馬鹿は学生時代からまるで変わらないな!? どうして家に上げた!?」
茜部志倉は頬を引き攣らせた。
「叫ぶと危ないですよ教授。梯子から落ちます。」
「いやっ君……君ねぇ!!」
「あと馬鹿とは聞き捨てならないんですが。馬鹿だったのはいつも、加子母と中津川の二人です。」
不破は梯子の足を抑え、雇い主が落ちない様に支える。
不破の旧職は図書館司書だ。騒がしい職場は嫌だと学生時代に零した当時の不破に、図書館という職場を薦めたのが、他でもない志倉だった。
死ぬ覚悟の為に弟のアパートに引越した不破。その為だけに職場を後にした彼だが、その情報は同じ大学に入学した愛しい義弟、輪之内下呂により志倉に筒抜けていた。志倉は不破が退職届を出した数日後にはどうした事かと心配で電話を寄越し、一週間以内に会う予定までしてみせた。
そして気付けば、あれよあれよと言う間に不破の再就職先は決まっていたのだ。
「しかし、メリーさんか。標的を狙い続けるモノが、標的の家に軟禁されるというのは存在意義が分からなくなるね。」
「良く信じるもんですよ、こんな奇妙奇天烈な話を。」
「妖怪だとか、都市伝説とかいった類の物が、もし実際に実在していたらと考えた方が楽しいじゃないか。」
志倉の腕の中には紐で綴じられた本。日に焼ける等して傷んだ紙に歴史を感じる事ができる。そんな本類が、所狭しと志倉の教授室には溢れかえっているのだ。因みに内容の大半が、茜部志倉の教える授業に関している。
「そのせいで、この部屋が散らかり放題になっている事は自覚していますか。」
「しているとも。だから、このテの物の扱いに理解がある君を雇った。」
どうせメリーさんはこれ如きで諦めてはくれない。つまり俺はもう長くない命。でも、もし生き延びる事があるのなら、その先の未来を生きる為の保険は要るだろう。
どんな理由かは知らないが、本の管理に長けているであろう教え子が無職だ。これは雇わなければならない。
不破が昨日まで生きる事を半ば諦めていた事により、志倉は元図書館司書をヘッドハンティングする事ができた。
こうして不破の現職は大学教授助手と相成ったのだ。
「俺としても、このテの馬鹿げた事案を理解を示して貰えるのは嬉しいですし、給料も貰えるなら万々歳なんで。」
「他の誰かに話した事は?」
「加子母の奴は信じてくれませんでした。」
「そういえば彼は元気かい? 彼も職場を辞めたと大分昔に聞いた覚えがあるんだけど……。」
「アイツは元気ですよ。」
不破の学生当時は30代にして教授になったという異例の若手であった志倉も、時が過ぎれば40代半ば。けれど心配性は治らないなと不破は思う。
「丁度良いですし、雑談がてら休憩しましょう。」
「雑談ったって……昨日の事は全部話しましたよ。」
「いいからいいから。」
二つの椅子を引き摺って、一つを不破の後ろに置いた志倉。そのまま食器棚からティーカップを取り出しながら、不破に聞いた。
「君はそうやって話すけれども、そもそも妖怪といった物をどう思っていますか?」
政から冠婚葬祭に至るまで、あらゆる事に密接な関わりを持つ、有形か無形かのいずれかで。人々の営みの中で古くから伝承されてきたイロハについて紐解く学問。
茜部志倉は、そんな民俗学について教鞭を執る教授である。
「日本の民俗学は、妖怪とは切っても切り離せない関係にあります。」
「知ってますよ。だからこの部屋、妖怪屋敷なんでしょう?」
「あるのは資料ばかりですよ……いつか、本物にお目に掛かりたい物です。」
湯を沸くのを待ちながら、壁の額縁に手をやる志倉。その中では尻尾が二又に割れた猫が、二足立ちして踊っていた。
「本物かどうかはさておき、君の家に転がり込んでいる誰かは、都市伝説を名乗っている。そんな都市伝説も含め、君は妖怪をどう思っているんだい?」
「どうも何も……迷惑ですかね。」
「へぇ。迷惑、ですか。」
「良くも悪くも気になるじゃないですか。普段の生活に、取ってつけたみたいでも付属品があるってのは。」
「邪魔な物って事かい?」
「いや……別に、」
渡された紅茶のカップを受け取りながら、不破は先を続けた。
「邪魔って訳でも無く…………無くても変わりませんけど。でもそこに在るのなら、楽しもうという気力が出てしまうので。」
「楽しもうって……つまり、活用方法を探してしまうという事かい?」
「でもそれって、本来の予定とは別の事じゃないですか。昨日だって、メリーさんの騒動がもしも初めから無かったら、平和な一日だったんです。
だから……迷惑なんだと思います。
楽しむって、疲れますし。」
紅茶の香りが、少し埃臭かった部屋の空気を掻き消す。茶請けに出されたクッキーの芳ばしいバターも香れば、教授室は昼下がりの茶会の一室と成り果てた。
「ふむ……不破君、もしかしてそういう事は、君にとって日常的だったりするのかい? 霊感があったりとか。」
「そんな訳ないじゃないですか。どうしてそう思うんです?」
志倉が呆れて吐いた溜息が、立ち上る湯気を吹き飛ばした。
「君ねぇ…………いいかい、それは子供が新しい玩具を見付けた時の感想だよ? この玩具で遊びたいけど、ここに新しい玩具があるからどうしよう、なんて迷う子供のね。」
「あ、昔そんな事が確かにありましたよ。ブロックで遊んでたら親がプレゼントにってラジコンカーを持って来て、どうすればいいんだろうなって。」
つまり彼にとっての妖怪とは玩具という事になったがそんな所か、と志倉は不破を見る。不破の特にセットもされていない髪型からこだわりの無さを感じるし、平均的に整った顔からは表情が読めない。
結論から言えば、茜部志倉は垂井不破のメリーさんの話を微塵も信じていなかった。
何人にも言えない理由があるのか、それか気紛れによる退職や転居に、自分を楽しませる為のそれらしき話が付与された法螺話。
志倉はそのつもりで雑談していた。だから、不破の妖怪の扱いが玩具なんだろうと。自分達は、玩具を議題に会話しているのだと。
志倉は民俗学の教授で、一人旅をする度に資料を持ち帰って来る彼だからこそ、妖の実在を信じなかった。
実在すれば良いと思うのは。
実在しないと知っているからだった。
「まぁ……私としては出勤して、こうしてお話してくれるのなら構いませんよ。ただ、死ぬ準備をしていたという下りの冗談はもう聞きたくないですかね。」
「別に冗談じゃないですよ。」
「だったら尚の事! 以前にも言いましたが命を大事にしましょう。いいですね?」
「…………俺、もうアンタの生徒じゃねーんだけど。」
不破は言葉尻を崩し、学生時代の口調で口を尖らせる。その姿が似ている、と。血は繋がっていないと聞いてはいるが、不和の弟の事を志倉は思い出した。
「そういえば今日は下呂君の姿が見えませんが、お休みですか?」
「え? 本当ですか?」
「君も講義の助手をしてくれただろう? その時に居なかったじゃないか、あれ程目立つ見た目の君の弟は。どうしたんだい?」
「…………まさか。」
***
シャープペンシルが紙を滑る。
新しいページが本の上を滑る。
「今日、何でか久慈、来なかったよね。」
「……LINEの返事は帰ってくる。」
「あ、そうなん? 久慈は何て言うてるん?」
「正しくは、スタンプ打ったらそれに既読が付いて、スタンプを返してくるだけだから……詳細は聞いてない。」
「まーなんか用事やろ。親戚の法事とか。」
講義の内容を逐一纏めていた富加のノートを書き写すべく、女子グループが図書館に集まるのが彼女らの普段の流れだ。この日は一人欠けた三人での図書館。他の利用者に迷惑を掛けまいと、声量を低くして会話していた。
が、それをぶち壊す者がいる。
「おーい、坂祝!! 居るかーー!?」
「「「…………。」」」
周囲から聞こえたパキパキという音が、何人かのシャー芯を犠牲にした事を伝えた。
「~~~~ぅおいアホンダラッ此処図書館なんやで静かにしいや! 富加はこっちやこっち!」
「なんや、そこに一緒に居るんか。今行くわ!」
「あんなぁ…………。もうちょい場を弁えぇや。ウチが恥ずかしい。」
「おうおう、勝手に恥ずかしがっとき。可愛ええ顔見れるんならなんぼのモンじゃい。」
言い合う二人は、キャンパス内でも有名なケンカップルだ。初手は喧嘩口調にも関わらず、言っている事は甘々だという点についての被害報告が相次いでいる。曰く、リア充爆発しろ、と。
「坂祝、これ俺のノート。預かっといて、一緒に提出しといてくれや。」
「いや何故に富加に押し付けるの?」
「いやー、な? これが話せば長く、」
「ならへんやろ何言うてんのや。」
「その通りやこれからバイトやねんそれじゃーなッ!!」
「っておい置き逃げすなぁ!!」
「……私は、別にいいけど。」
颯爽と現れ颯爽と去って行った彼の背中を三人は呆れて見送った。損耗の激しい表紙のキャンパスノートには豪快に名前が書かれており、その性格が浮き出た様にも見える。
「……前にも預かったから、多分そのせいかな。預けられたのは。」
「アンタの彼氏どーにかしなさいよ。ガチな実害じゃない。」
「アイツ、富加が断らんって事に味占めとるわ……教授室まで距離あるからってぐーたらしよって。帰ったらウチが手ずから絞めとくでゴメンな?」
「ん?」
「へ?」
「え、何、遂に? 遂に!?」
「えっえっ、ウチ何か漏らした?」
「いや今サラッと同棲カミングアウトしましたけど!?」
「あ~~!!」
「……二人共、もう少し静かに。他の人の視線が刺さってるよ。」
「「!」」
俄に沸き立った二人を沈め、再び本を読む事を再開した富加。その視界の端、窓の外で見覚えのある男が走っていた。
「あ。」
「ん? どしたの富加……ってあれ、茜部教授の新しい助手じゃん。」
「この時期に転職って、なんや珍しい話やんな。何かあったんやろか。」
「……リストラの憂き目、とか。」
「あー有りうるなぁ。教授、お人好しやし。」
「じゃあ卒業生?」
「そうなんやない? 知らんけど。」
帰宅にも速い時間だ。サラリーマンと変わらないカッターシャツにネクタイという格好で、校門の外に出て行った彼を、富加は誰だか知っている。
「お兄さんだよ、輪之内君の。」
「「…………え?」」
「合格発表の時に、会った事あるから。」
「え? 輪之内ってあの、輪之内下呂? 今日は居なかったけど。」
「いや輪之内言うたら他に誰が居るねん。はー、アレの兄弟やのに、常識人な見た目やな!」
ただ目に付いたという、それだけの事。特に思う事は無く、やはり富加は読書を続けた。
「常識人なのは、見た目だけだよ。」
「「…………?」」
小さく小さく、事実を吐き捨てて。
***
下処理の済んだ豚モツを用意。
蒟蒻は千切る、ゴボウは笹掻き。大根と人参はいちょう切り。
薄切りにした大蒜と生姜、水と酒を一煮立ち。煮立ったら豚モツを入れる。
灰汁を取りながら煮込む。適当な頃合で残りの材料も入れる。竹串が通る固さになったら、味の決め手は砂糖と味噌。
蓋をして更に煮込んで、その間に葱を刻んで。
炊きたての白米の上に零れそうなぐらいに盛ったら、お好みで葱と七味唐辛子をまぶして完成。
「兄貴は別に変な奴じゃねーんだよ。」
運ばれて来た出来立てのモツ煮丼を真っ赤に染め上げるべく七味唐辛子をぶち撒けながら、下呂は天井を見上げた。
今は不在の家主を想って。
「いや、貴方の兄は変人よ。そして貴方の味覚も。」
「お、そんな事を返して来るのなら、兄貴の情報はやらねーぞメリーさん。」
「だから再三訂正させて貰うけど、私はメリーさんじゃないんだって。」
「ストーカー疑惑が完璧に晴れた訳じゃねーんだよ。俺に一宿の恩がある事を忘れんなよ? 何かあれば追い出してやる。」
「それに関しては、私がこうして一飯を振る舞う事でチャラになってないの?」
暫しの睨めっこの最中、下呂がパチンと手を合わせる。その仕草を見て首を傾げつつも、しかしその意味に気が付いた彼女は同様に手を合わせた。
「「いただきます。」」
金髪ポニテ褐色肌の赤眼19歳男児、輪之内下呂。
セーラーメガネ年齢不詳女、自称妖怪ハンター。
彼らがどうしてこんな事になっているのかと言えば、利害が一致したからだった。
メリーさんらしき不審者を監視する目的。
目的を果たす為に協力を募るという目的。
宿が欲しいという願望。
飯が欲しいという願望。
「ま、冗談。追い出すってのはしないし、許可無く脱出もさせない。そしてアンタの単独行動も許さない。」
「貴方、あの変人兄貴に言われてからずっと、私の事監視してるわよね……。さっきそこに学生証落ちてたんだけど、大学は?」
「サボりだ。」
「えぇ……。」
「兄貴に言われなくても監視はしたっての、アンタがメリーさんなら。」
「だから私はメリーさんじゃない。」
しゃくしゃくと、米粒と汁を掻き込む音が下呂の部屋に響く。
「兄貴はさ、ハメを外し過ぎるというか……スイッチが入ると全力過ぎるタチ、なのか? うん、多分そんな感じ。」
「スイッチ?」
「やる気スイッチ。オフの時は普通なんだけど、入ると凝り性になる。
例えば仲間内で、登山に行こうって計画するだろ? そしたら兄貴は最初は乗り気じゃなくても、行く事が決定したらガチになる。」
「すると?」
「登山具を誰よりも完璧に揃えて、しかも登山のイロハを当日を迎えるまでに頭に叩き込む。」
「いい事じゃない。」
「登山だけなら、な。」
下呂は麦茶を飲みながら遠い目をした。
「普通だったら良いんだよ。ただ、いつスイッチが入るかわかんねーから……。
普通じゃないやつにスイッチが入ると、クソ面倒。」
「……普通じゃないのって、例えば?」
「ツチノコ。」
「…………………………え?」
箸が止まったのもお構い無しに、下呂は次の言葉を発した。そしてその目は遠いというより、死んでいた。
「登山の最中にツチノコについての看板を見付けて、それでスイッチが入ったらしい。仲間には先に帰って貰って、それから二週間は山に居た。」
***
チャーラーヘッチャラーナーニーガオーキテーモーキブーンハー
『着メロ的には兄貴だが、今山登ってんじゃなかったっけ?
まーいいや。はいはいもしもし、どーした兄貴。』
『ああ下呂。あのな、これからツチノコを探す為に山に籠る事にした。』
『は?』
『音信不通になるが、便りが無いのは元気な証拠だ。安心してろ。』
『えっ、ちょっ、』
『ブツッ、ツーツーツー……………。』
***
「……それ、例え話よね?」
「さぁ。どう思うよ。」
「……………………えぇ。」
彼女は箸を置いた。机から落ちない様に丁寧に。
「………………ええー……?」
そして頭を抱えた。何だそれは。面倒極まりない。そう困惑するしかない。
「誰にでもあるだろ、人と違う所ってのが。アンタが兄貴を変だと言うのは、ただの個性だ。」
「ただ、組み合わせが劇的に悪かった、って?」
引き攣り笑う彼女に、下呂は頷いて肯定を一つ。
「普通じゃないやつ、つまりカルトが絡むと急に面倒になる。それが兄貴。
…………それさえなければ、ちゃんとしてんだよ。」
***
アイタークテーアーイータークテフールーエルー
『着メロ変えたの忘れてたぁあああ兄貴ぃ! 今日で十二日経ったぞ!? いつ帰ってくるんだ!?』
『PC関連は粗大ゴミ、ラックの裏は可燃ごみ。』
『…………はい? 何の話? つか今何処?』
『通帳は箪笥にある。カード類の暗証番号は本棚の二段目の単行本、左から一冊ごとに一枚挟まってる。』
『いや兄貴、待って? 俺の話聞いて?』
『聞く余裕が無い。正直死を覚悟してる。』
『兄貴、まず状況を説明してくれ。便りをして来たって事は、元気じゃないんだよな? 何があった?』
『その通りだ。多分誰かの私有地なんだろうな此処は。
俺は今、野獣用のトラバサミが右脚に喰い込んで一歩も動けない。』
『……………………。』
***
「そっから捜索隊頼んで……二日掛かって……病院に担ぎ込まれ……。」
「……良く生きてたわね。」
「こんなのがしょっちゅう起こる訳じゃねーよ。そこんとこ勘違いするなよ、なんならアレが最初で最後だ。」
「と、思ってたのに私みたいなのが現れた。」
「二度とあの二の轍は踏めないし、俺が兄貴に踏ませない。
そんな訳だから、俺がずっとお前を監視してるのは仕方ねーんだ。」
アンタの言ってる事が、たとえ本当の事だったとしてもな。下呂は行儀悪く箸で彼女を差した。
「妖怪ハンター? つーか、妖怪? 実在したら困るんすけど、さっさとご退去願えません?」
***
「こんなのってないよ……あんまりだよ……。」
■■■■■は泣いていた。
「ボクが何をしたの…………こんな、こんな惨めな姿にしなくたって……。」
その部屋は未開封のダンボールが所狭しと占拠していた。しかし生活必需品と見受けられる物やパソコン等は置かれており、一先ずの引越作業を完了させたといった所。
「や、やっぱり動けない……。」
ベッドに縛り付けられた■■■■■には、それだけしか確認出来ない。
「どうして……どうしてこんな事されなきゃいけないの……。」
足掻いてみてもギシギシと、シングルベッドのパイプとビニル紐が軋む音がするだけだ。服はそのまま、しかし当て布のされた両手足首には幾重にも巻かれたビニル紐。ベッドの脚に巻き付けられているらしく、■■■■■はまな板の上の鯉の如く身動きが取れないでいた。
「ふむ、肌蹴かけのスカートから覗く脚。非常にアブナイ。」
「ひょああ!?」
折角の獲物を、合鍵持ちの弟に逃がされてはいやしないかーーーーそんな危惧から帰宅した不破。しかし杞憂に終わったのでと、寝室の扉を指三本程度だけ開けて獲物を観察していた。
「や、やぁ……! あの! これ外して下さい!!」
「そう言われて外す訳無ぇだろ。」
「じゃあせめて! スカート直して!」
「嫌だ。何でだよ折角の眼福を。」
「目に毒ですからぁ!」
「確かに、目も当てられないな。」
不破はそのまま扉も開け切らず入る気も無く、寝室に眼だけを覗かせて床に座り込んだ。頭の高さが兼ね合って、■■■■■の脚しか不破には見えていない。
「そのアングルで眺めるの止めて下さいよぉ……。」
「確かに、脚しか見えないな。」
「だからそれを止めて下さい……。」
「じゃあ他に、どう見ろってんだよ。」
「え?」
「言えよ。俺に、どう見て欲しいのか。」
「えっ、え?」
扉の隙間から覗く眼。■■■■■は初めての事にどう返したらいいか分からない。
「ぼ、ボクの事を、」
どう見て欲しい、と言われても。
「も、もっとちゃんと、見て、下さ……い?」
「………………。」
困惑と恥じらいからの涙声に、滑らかな脚。
そして一人称は『ボク』であると来た。
見るな見ないで、見てくれるなと、言えばいいのにこの有様。
「…………………………マジかぁ。」
不破は何かを察した。
「……あのぉ、今のじゃダメですか?」
「いや、イイ。イイんだけど、イイからこそ罪悪感が凄い。」
「?」
「取り敢えず、安心しろ。拘束済みのお前はありとあらゆるアングルから既に、フォトデータとなっている。」
「…………え?」
「知り合いのツテに頼めば、もっと色んな人が君の事を見てくれるが。どうする?」
「どうもしませんけど……へ? どういう意味です??」
「お前がオカズになるんだよ。」
「………………???」
あっダメだこの娘(?)何にも分かってない。
見なくても分かる具合に不破の頭には、涙目で首を傾げる■■■■■の姿が浮かんでいた。しかし自制心が、ボヤけた虚像を虚空に還す。
不破には、それよりもやる事があるのだ。
「さて、本題に移ろうか。」
「えっ、結局このままなんですか!? 縛られたまま!?」
「おう。そして俺は、こうして扉から覗くだけだ。」
「ひえぇ……嘘でしょ……?」
「嘘な訳あるか。
……俺は今でも、正直ブルってんだからな。」
「…………いやいや、まさかぁ。」
「ホントだって。嘘じゃねぇよ。」
乾いた笑い声が二人分、閑散とした部屋に響く。■■■■■は冗談だと受け取っていた。けれど不破は一切、冗談を吐いたつもりはない。
冗談であるのなら。
これ程までに強固に、彼の右手の指は包丁の柄に吸い付いていやしないーーーー。
「気を楽にしてくれてていい。ただの質問だ、答えられる奴を答えてくれ。」
「は、はぁ。分かりました……。」
「元々兼ねてより質問内容は考えてたんだが……まず答えて貰う質問は、これだよな、うん。」
「?」
不破の目の前に居るナニカは間違い無く人外だ。それを不破は確信している。人間と殆ど変わりない身体を持っている■■■■■。そんな生き物を人外と定義出来る証拠なんて、頭の両サイドに生えた羊のツノぐらいしか不破は知らないけれど。
不破にはそれで充分だった。
「妖怪とか、都市伝説って……なんだよ。前に痛い目に合った事とかもあるから、尚の事聞きてぇんだ。
妖怪とかってさ、お前みたいに実在するモンなのか?」
「ーーーーーー。」
■■■■■は逡巡した。それを自分が答えてしまっていいのかと。ソレらとして産まれたばかりの自分が語ってしまっていいのかと。
■■■■■は対話に慣れていなかった。だから、質問に答えるか答えないか、なんて選択肢が存在する事を知らなかった。
「……妖怪ってもう現代じゃオワコンなんですよねぇ。あ、もしかしてオワコンって単語自体、もうオワコンですかね?」
ぎぶみーれすぽんす。