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何を言っているか分かりません

いぇーい二話書けた書けた。大丈夫かなこれで。***で場面が変わるんで二話目は一話目とは別の場所からスタートです。

まぁすぐ切り替わるんですけど。

 ***



 飯田旭いいだあさひは自分の前の席の、とある女子生徒が気に食わなかった。

 旭の家はとても教育熱心で、幼少期より彼を様々な習い事に通わせた。そして本人の優秀さもあり、旭は今も学年トップの成績を誇っている。しかしそれとは対照的に、彼女は下の下といった成績の持ち主だった。


 授業中にやたら筆記具を落とす。指名されても問いに答えられない。教科書は読めないし、グラウンドを走らせても遅い。おっとりゆったりとしていて、ウスノロの亀を人の形にした様な人間というのが、旭にとっての彼女の印象だ。


 けれど彼女の周りには、自然と人が集まる様に出来ていた。人徳からの人望とやらが大きく作用していたのだ。


 ただの僻みだという事は、旭自身が一番理解していた。けれど旭はこれまでの人生で、そんな感情の対処方法を学習して来なかったのだ。国語で百点は取れる代わりに、点数評価の無い道徳が疎かなまま。


「野鳥に餌をやったらダメだって知らねーの? いや、有り得るかお前なら。

 なぁ、成績最底辺サンよぉ。」


 だから彼女がコソコソと公園で餌をやっていた、カラスを蹴り飛ばすなんてのは造作も無かった。


「ーーーーーーッ!」


 びくびくと痙攣するカラスを見て、彼女も動揺に震える。


「おーいお前ら、サッカーな! ほらよ高山たかやま、パス!」


 その翼には包帯が巻かれていて、羽毛もごわついて見える。血を流した跡なのだろう、怪我をしていたのだろう。

 知った事では無い。旭は仲間に向かって、既にか細い声しか上げられないカラスの頭部を爪先で跳ねた。


「ナイスパス! うっわ、気持ち悪りぃ目玉飛び出てやがる! 白川しらかわ、パス!」

「あ、あああ、あああ、」

「げぇ、グチャってする……。飯田、パス。」

「へいへい。ゴールはトイレの入口でどうだ!?」

「あああああああああ!!!」

「おっ、パスカット?」

「どっちかっつーと、シュート止めたキーパーの格好だよな。」


 今迄呆然と見ていた彼女は漸く、現状を脳が受け入れてしまったらしく。血と砂と良く分からない体液まみれになったカラスを泣きながら、地にひれ伏して抱え込んだ。今にも死んで逝くであろうカラスを庇う様に。実際庇おうとしているのだろう。


「あのさぁ。お前如きになんで俺らの遊びを邪魔されなきゃなんねーの?」

「っ、」


 旭はその横腹をシュートするが如く、容赦無く蹴り上げた。蹴り上げ続けた。

 息を呑む音が聴こえる。


「目障りなんだよ。なぁ? 授業内容は遅延させるし休み時間は人が群がって騒がしい。なんなのほんと。俺の邪魔する為に産まれてきたの?」

「ッ゛、ぅ、がはっ、」

「ヒヒヒ、やっば。」

「これでも手加減……足加減してやってんだから感謝しろよ。だってお前女だもんな。優しくしなきゃなぁ。」

「あ゛、ぐ、ヒュッ、」

「…………優しさって、哲学だよね。」

「だからさ、考えたんだよ。能無しのお前が、学校を休む方法。俺の視界から消える方法。」

「ォぐっ、ッふ、………………?、い゛ぃ!」


 突如止んだ暴力に、恐る恐る顔を上げた彼女。その髪を旭は掴み上げて下衆な笑みを浮かべる。顔は涙でぐちゃぐちゃ、そして何より怯えた瞳は、旭にとっての目障りな姿をあっという間に上書きしていった。


 ああ、この泣き顔なら、イケる。



「目障りだから……場所を変えてくれると、とても有難い。」



「…………は?」


 旭を狂喜の酩酊から引き剥がしたのは、通りの良いテノールの男の声。思わず声のした方を見るが時刻は午後9時を過ぎる。暗がりで良く見えないかと思いきや、ただ一つの特徴だけはハッキリと旭の眼にも捉えられた。


 度重なる脱色の賜物であろう銀髪に、現実に実在するのかと疑ってしまう程のロングヘア。それは眼を覆い隠す程の。


「場所を変えるのが無理なら、時間を変えてくれるのでも良いんだ。とにかく、今この時間この場所でおっぱじめるのは止めてくれないか。と言っても、もう始まっている様なものか?」

「…………お前、何様だ。」

「ただ僕は、丁度これからそこのベンチに用事が有るんだ。何様だなんて、そんな大層な者じゃあないさ。」


 銀髪の男はそう言うと、スタスタと旭達を横切って公園のベンチに深く腰を掛ける。


「アマビエに言わせてみれば、今この時間この場所に居なきゃ、手掛かりが掴めないらしいんだよ。そしてそんな予言をしてからこうも続けた。

『でもアンタは、飛んで来た手掛かりよりも優先事が出来ちまうから、すぐには仕事を終えられないよ。』

 冗談じゃない。もう終わりだってのに、必要以上の残業なんて。誰が望んでするかって話だよ。」


 ベンチの上、街灯の下となるとその銀髪は輝かんばかりだった。そのくせに格好は喪服。黒いスーツに黒いネクタイ。残業等の話を聞く限りは何らかの会社員だろうと旭は推測する。表情は、髪に隠れて見えない。体格は酷く華奢だ。


「あまびえ? 何の話だ?」

「おっと、これは残念だ。お勉強ばかりしてきた君には分からないらしい。なぁ、成績青天井クン。」

「ーーーー。」


 なんだこの男、最初から見ていたんじゃないか。趣味の悪い。


 旭の手は、とっくに彼女の髪から離れていた。そして旭はこうも学習した。ああ、こういう変な奴をボコしたとしてもストレス解消になるよな、と。


「おやおやどうしたんだい。そんな風に三人皆して、にじり寄って。まさかのまさか、ストレスの捌け口を僕にしようって算段かい?」

「まぁ、そんなとこだな。それともアレかい、テメーも混ざりたいだけって話なら大歓迎だけどな。」

「別にそっちでも問題は無いよ。ただ、もう少し待ってくれ。最初から言ってるだろ?

 今この時間、この場所は止めて欲しいって。」


 ずっとおどけた口調の男が、生理的に気持ちが悪い。旭はイライラしていた。


 別にそっちでも問題ない? じゃあ最初っから水を指すんじゃねーよ。


 二人の仲間とアイコンタクトを取った彼は、ベンチに座るだけの無防備な男に今まさに襲い掛かろうと距離を図る。彼らにとって座られているというのは、弱い様で居てどう攻撃してやればいいのか分からない格好だった。


 と、その脚を掴む手がある。


「あ゛?」

「…………やめ、てよ。」


 何を隠そう、それは息は絶え絶えで満身創痍といった彼女だ。地面に這いつくばったまま、片手でカラスを庇ったまま、残る片手で赤の他人を助けようとしていた。


「チッ、また邪魔かよ! いい所だってのにテメー! 俺の足を汚すな!」

「い゛ッ、ぐ、ううぅぅぅぅう!!」


 旭はその手を引き剥がす為、掴まれて居ない方の足で彼女の頭を、勢い良く踏み躙る。そして何度でもその足を振り下ろす。

 けれどその手が旭の足から外れる事は無い。


「そのひと、かんけいない! アーちゃんも、なにもかんけいなかったのに!」

「アーちゃん? もしかしてカラスの名前か?」

「いたい、いたい! もうやめて、やめてよ!!」

「…………そんな事言われても、やってるのは旭だし。」


 下卑た嗤いを常々に。ただ一人、彼女は泣いていて、ただ一人、銀髪の男は残念そうに彼女を見ていた。


 この少女は何をやってるんだ。人が折角、上手い具合に彼らの矛先になったのに。なってやったのに。


 もうどうにもならないか、そう思っていた男は、彼女の目が合った、気がした。それに気付いてなのかそうでないのか、彼女は嗚咽を交えながら、確かに銀髪の男にこう言ってみせた。


「ッグ、にげ、て、ぇう゛ぅ!」

「!」


 その垣間見えた表情にあったのは、確かな安堵。諦念の中で、僅かに見付けた希望に近い何かを掴んだ様な。実際に彼女が掴んでいるのは、彼女を痛めつける事しか出来ない、汚すか汚れるかしか有り得ない旭の足であったが。


「……………………、」


 銀髪の男は呆気に取られ、何も言えなかった。


 嗚呼、この娘、笑った方が綺麗だ。


 銀髪の男が、もう我慢ならずにベンチから席を立とうとした矢先。


 それは突然。


 ヒュンっと音を鳴らし空を斬って、とある予言通りに、手掛かりは文字通り飛んで来た。


 そしてそれは銀髪の男が腰を上げていたからなのか、はたまた必然なのかーーーー、


 ざくり。

 銀髪の男の喉元に深々と突き刺さった。


「カふっ?」


 目の前を高速で過ぎった何か、そして酸素を吐き出して上体を揺らし、どさっと地面に倒れた銀髪の男。その状況に、三人と一人は動揺の声を上げた。


「「「「…………え?」」」」


 突き刺さったソレには【生】【の神】【#4】という文字が見受けられる。所々欠けていて読み切る事は出来ない。

 どうやら、割れたブルーレイディスクの一部の様だった。



 ***



「ッちょ、嘘ぉ!?」


 垂井不破たるいふわに、特殊な身体能力は備わっていない。

 突然の恐怖の来訪、不可思議の連続、けれどその中で特殊能力に目覚めたりなんて事は有り得ない。


「ひ!?」


 咄嗟に身を守ろうと出された手。そして銀色の何かを振りかぶったセーラーの服の少女も、それが不破に当たらない様に身を捩った。結果迫る銀色はその手の中の青い破片に接触。


 そうしてかっ飛ばされたディスクの成れの果ては、ホームランを思わせる軌道を描き。心地の良い金属音を立てて夜闇の彼方へと消えた。


「……………………な、」


 後には幾つかの、衝撃の瞬間に砕けた欠片を残すのみ。


「何してくれてんだテメェェエエ工!!」

「いやっ、あの、誤解しないで! 事故!」

「事故も何も有るかぁ! そーかそーかお前がメリーさんだなこん畜生! 見るも無残な【生命の神秘 #4】ディスクを更に悲惨にご臨終させやがって!!」

「違うの、だから! メリーさんはアッチ!!」


 セーラー服の少女が必死になってドアの裏を指差す。突然の事に興奮状態の不破だったが、そういえば何かを押し退けた感覚があった事を思い出した。


「きゅー。」


 不破が扉を手前に引いて覗き込んで見れば確かに、小さな声を上げるも意識の無い誰かが。


「え、誰だよコイツ。」

「だから、メリーさん。貴方に付き纏っていた。」

「じゃあお前は?」

「……通りすがりの、妖怪ハンター……みたいなもの?」

「へー?」


 セーラー服の少女をまじまじと観察する不破の眼は、明らかに不審者を見る眼だった。

 セーラー服、眼鏡、ツインテ、そこそこの胸。そして片手には金属バット。


「で? 妖怪ハンターのアンタが、何の用で?」

「何って……悪い妖怪を退治に来た、訳ですが。」

「その金属バットで?」

「ええ。」

「退治出来てねーじゃん。」

「ッそれは! 貴方がメリーさんの立ち位置を変えたから! メリーさんがそのまま此処に立ってたら、退治出来てたの!」

「へー。」


 気絶するメリーさんらしき人物を観察する不破の眼は、ただ観察するだけの眼だった。

 上品かつお淑やかな服、頭にツノみたいなもの、ミディアムヘア、貧乳。


 …………ん? ツノ?


 一瞬の困惑の後、不破は自分の成した所業について思い出した。あのひとりかくれんぼの生放送について。


「まさかこいつ本当に、俺の作ったメリーさんなのか? だから羊のツノ生えてんの?」

「そこが私も謎なんですけど……どういった経緯があれば、メリーさんに羊のツノが生えるの?」

「俺が知りたい、つーかそうじゃない。どうしてひとりかくれんぼのぬいぐるみが、メリーさんになったんだよ。」

「え? ひとりかくれんぼ?」


 垂井不破こと生主、ダルイの成した所業。そこから生まれた謎の人物、メリーさんは二人に困惑をもたらした。


「ちょっと何言ってるのか分からない。分からないから近寄らないで貰えます……?」

「それはコッチの台詞だ。良く分からないんでさっさと失せて貰える? つーか未成年が何やってんの? 9時だぞ? 良い子はもう寝る時間。」

「ガキ扱いは止めて。そもそも私、ガキじゃないんですけど。」

「じゃあなんでセーラー服来てんの。」

「ウッ!!」


 不破は言ってやりたかった。それも趣味じゃん、とただ一言。しかし遮る様に、階段を駆け上がるがアパートの廊下に響いた。


「おい兄貴ッ、大丈夫か!?」

「「!」」


 日サロで焼いた黒い肌に赤いカラコン。そして金髪のロン毛をポニーテールにしているのが常という、奇抜な格好を好む不破の義弟、輪之内下呂わのうちげろ

 しかしこの時は急いでやって来た為か、その髪は乱れている。


「なんかスゲェ足音が上から聞こえたから、遂にとんでもない事になっちまったのかと!」

「あー……煩かったか、すまん。」

「スマンの一言で済むならそんな事になってねぇだろ!……いや、寧ろどうしたらそうなった!?」

「「?」」


 どうしたらそうなった、とは。


 その一言で不破とセーラー服の自称妖怪ハンターは、自分達の様子を初めて客観的に捉えた。


 男1。

 現在はスマホのみ片手で持っている。

 女1。

 男1の目の前に居て、セーラー服で金属バットを持っている。

 女2。

 二人の傍で転がり気絶していて、頭にツノが生えている。


「うん、分からん。」

「えぇ。マジで言ってる?」

「取り敢えず分かる事は、俺が用事有るのはコッチの女って事。気絶しちまったみたいだから、まぁ……目覚めるまでは介抱しようか。」


 そう言って不破は、気絶するメリーさんを指差す。それに自称妖怪ハンターが野次を飛ばしたのは言うまでもない。


「いやっ、いやいや、分かってるの!? もしかして日本語通じないの貴方!?」

「いや通じてるし、純日本人だし。弟の服装で外人かもって判断すんなよバット女。」

「サラッと俺をdisったろ兄貴。」

「この際バット女でも何でもいいけど! あれ可笑しいなぁ、さっきまで私達あの子の事、メリーさんだって前提で会話してたよね!? なのになんで!? 用事とか何をしようっての!?」

「ん? メリーさん?? 兄貴兄貴、まさか厄介な特定犯って、メリーさんの事か!? あの都市伝説の!?」


 間違い無く彼らの共通認識として、気絶している彼女の事はメリーさんだという事にはなっている。そこに齟齬は無い。

 けれど、メリーさんに対して何をするか、その目標に関して二人には大きな違いが有り過ぎた。

 捕縛か討伐、生かすか殺すか。


「信憑性はまだ曖昧でも、メリーさんなんだろ? じゃあコイツは俺の獲物だ。」

「嘘でしょ!? 自分が何を言ってるか分かってる!?」

「分かってるって。だから、コイツがメリーさんなんだろ? 危険かもしれないな、ハンターとやらが動くんだから。」

「だったら!」

「だとしても俺、もう失う物とか特に無いし。」


 言い切る不破のその顔は妙に悟っていた。不破は唖然とする彼女らを放置し、メリーさんを肩担ぎにすると家に運び込みながら言う。


「弟よ。面倒そうだしその不審者の事、宜しく。」

「おっ、おう?」


 バタン。がちゃがちゃり。


「……………………ッ。」

「あー。なんか任されたけど。訳分かんねーから説明お願い出来る?」

「私も説明をお願いしたいんだけど!? アイツ、何がしたいの!?」

「自分のしたい事だろ、そりゃ。」

「それで納得する訳無いんですけどぉ!?

 あーもう、これだから!!」



 ***



「これだから人間は嫌いなんだ。」


 安八牧あんぱちまきは目撃した。


「あ!? 起きた!?」

「マジで!? 死んでなかった!?」

「…………救急車、要らない?」


 殺人にしか見えない偶発的事故現場で狼狽えていたクラスメイト三人の後ろで、何事も無かったかのように立ち上がった銀髪の男を。しかし彼の負傷箇所は赤く見える。


「人間は面倒だ……。何か刺さったぐらいで喚くし、死ぬ。パーツが足りなくなったぐらいで、死ぬ。中身が零れても死ぬし……、外見が萎んでも死ぬ。」

「いや、救急車は呼べって! あんなもんが首に刺さってんだからーー、」

「え? いや、待て?」

「あ!? 何だよ!?」

「…………あの人、変だよ……!」


 あの人は変。それは牧も同意見だった。首を負傷したままで平気そうな姿は確かに変と言えるが、それだけではなく。牧を襲った言い知れぬ恐怖は、静かに盛っていた悲憤を鎮めるばかりか身震いする程の畏怖を感じさせた。


 長い銀髪の下から覗いたのは、藻を湛えた底無し沼の様な、深碧の瞳。


 そこには僅かに光を宿している風にすら見える。


「ヒイッ…………!」

「もう漏れてる(・・・・)んなら、問題無いし……そうか、これが手掛かりか。確かにこの状況じゃ、僕はすぐには動けない。先に、君達をどうにかしなくちゃいけないな。だって、気付いてしまったようだからね。」


 そう言って銀髪の男は、おもむろに首に刺さったディスクの破片に手をやる。止めろと飯田旭を含む三人衆が止めようとしたがーーーー、


 プシューと軽い音を立てて噴き出したのは、赤い血ではなく赤い空気・・。銀髪の男は痛そうな顔一つしない。ディスクの破片をズボンのポケットに突っ込んだその手が、少しずつ皺塗しわまみれになる。


 中身が零れ、外見が萎む。


「ーーーーーーーー。」


 漏れた空気が、公園の景色を歪めていく。それは彼らの頭上へと、滑らかに湾曲した白い柱を組み上げていった。銀髪の男の方は赤い空気を漏らすだけで、皮だけを残して痩せ細っていく。それは最早、人の形をした袋としか言えない代物だ。


「あ、あ、」


 何処からともなくガチガチと接触音が聞こえる。それは誰かの口の中から発せられる物だけでなく、大きな音も混ざっている。銀髪の男は中身を零し切り、ぱさりと皮だけが地面に落ちた。


 そして彼らの前に組み上がった、ジャングルジムの二倍の高さは有る、腰から上だけの巨大しゃれこうべ。


 ガシャドクロはおどけた口調で笑った。


「さて、丁度お腹も空いていたっけ。」

「「「「うあァあああ゛あアああッッ!!」」」」


 牧は逃げようと地面から立とうとした。しかし蹴られた影響なのか腰が引けているのか、立ち上がれない。そして腕の中のカラス。

 見捨てる事も逃げる事も出来ず、牧は変わらずカラスを庇う姿勢でうずくまった。


 そんな牧とは違い健全な三人衆は、前によろめきながらの必死の全力疾走を見せる。けれどもガシャドクロに対して大きな距離を取るには至らず、白骨の手が伸ばされただけで彼らは行く手を遮られてしまった。


「ほらほら、大人しくしろよ全く。逃げるだなんて、まるで追いかけてくれと言わんばかりじゃないか。」

「や、止めてくださいお願いします、もうアイツに何もしませんから!!」

「本当に? 約束する?」


 ギョロリ。骸骨の中から、あの深碧の眼が彼らを伺う。旭達は公園の砂地に額を擦り付けると、喉を枯らさんばかりに叫んだ。


「約束します!! やくそくっ、しますから!!」

「そっ、そもそも! 俺は誘われただけで! 悪いのはコイツなんです!」

「高山の、言う通り、です!……ぼく、は! 反対、してたんです!!」

「は!? 白川お前、何言って!!」



「別に、無理して約束してくれなくても良いんだよ。どうせ変わらないからさ。」

「え。」


 ガシャドクロは飯田旭を掬い上げ、そのままゴツゴツとした掌に乗せてボヤく。


「え、え?」

「僕で良かったねぇ、君達。カラスの神様に見付かったら、即死じゃ済まなかったよ。」

「…………あ。」


 自分の未来を察した旭が、その掌から落ちようと動いた。けれどガシャドクロの掌は広く、上半身の一部がギリギリ手の上を逃れた所で、


 グシャ。


 牧の目の前で、頭部、胸部、左腕だけを残し、後は握り潰されて引きちぎれた。


「ぎ、ぁ…………あ、ぅあ゛あ゛、だれ、だれかああ、たすけっ、あれ、おれ、あし、あしが、うでが、あああ、ああああ、

 あァあ゛あアあああッ!! 嫌だァぁあぁ゛あ!」

「あ、そうそう。叫び声を聞き付けて助けとか、来ないからね。だから喚いても意味無いよ。」

「しにたっ、しにたくないぃぃい!!」


 数メートル先に残った身体が転がる。生きようと足掻いた末に心臓を残す事は出来た旭ではあったが、その姿ではもう数分と生きられない。残り僅かな命で血の泡を噴きながら阿鼻叫喚するその様を、牧は何処か非現実的な想いで見ていた。


「ーーーーーーーーーー!! ーー!! ーー!!」


 耳をつんざく悲鳴は、牧には届いていない。

 時間と共に、次第に悲鳴は断続的に、そして小さくなっていく。


「自業自得だよ。何で暴れたのさ。折角痛みを感じさせずに殺そうとしてるのに。」

「ぁあ……ァ……………あ゛、がふっ、カヒュ、ヒュー……ヒュー……。」


 遂に血の塊を吐き、喘息に近い呼気を吐くしか出来なくなった人間だったモノを、ガシャドクロは再び拾い上げて口の中に放り込んだ。見えない喉からごくりと呑み込む音がする。向こう側の景色の透ける肋骨に、無残な姿は落ちて来ない。握り潰された下半身と上半身の一部は白骨の掌の中でドロドロの液体となっており、それもガシャドクロは口に運ぶ。掌を受け皿にして、水を呑む動作で液体は口の中に消えていった。後には地面に、這いずり藻掻き苦しんだ血痕を残すだけ。


 こうして飯田旭は此の世から消え去った。

 享年17歳。この日から行方不明となる。

 死亡届が発行されるのは七年後。


「あ、はは、ははは……は……。」

「ごめん、なさい、ごめんなさい、ごめんなさい、もうしません、ごめんなさいーーーー。」


 ガシャドクロは茫然自失となった残る二人を、スナック感覚で摘むと同じ様に口の中に収めてしまった。そしてもう一度、呑み込む音。


 高山桐生たかやまきりう享年16歳。

 白川水戸野しらかわみどの享年17歳。

 特に成した事は無く、長い物に巻かれる人生はこうして幕が降ろされた。

 こんなものか、とガシャドクロは思う。久々の食事、そこそこの満腹。


 昔であれば幾千万と食べられたのに。僕も衰えたなぁ。


 目を見開いたまま固まる牧には手を付けず、ガシャドクロは身体を霧散させ、先程の赤い空気に戻る。煙草の煙の様にか細く流れる赤色は、萎んだ皮の上まで来ると穴という穴から入っていく。


「ごちそうさまでした。君は、大丈夫かい? 僕は君の敵では無いよ、気軽にガシャさん呼んでほしい。説明はするけど、それより先に病院に行くのが先かな? それとも動物病院?」

「!!」


 むくりと起き上がった銀髪の男、改めガシャドクロのガシャは牧に手を差し伸べた。


「や、やめて、」

「嗚呼うん、怖いよね。ごめん。でも、悪いのは僕じゃないと自負出来る。確かに僕は人を握り潰して喰らえるモノだけれど、君は食べない。」

「ちかづか、ないで!」

「もう慣れた物だけどやっぱり、拒絶は悲しいかな……。」


 怖がらせているのを分かっているガシャは、牧に近付こうとはせずに少し遠い距離を保っている。寂しげに笑うガシャを前に、しかし牧は怯えるばかり。自分でも何が言っているかすらも分からず、叫びに叫んだ。


「さっきから、何、何言ってるか分かんない! 私も殺すの!? 食べるの!?」

「いや、だから食べないよ。」

「聞こえない! あなたのせいなの!? 宇宙人なの!? 近付かないで、近付かないで!!」

「ーーーーーーあれ?」

「!!」


 それまでの静かな笑みが急に引き攣ったのを見て、牧は癇癪かんしゃくを止めて死を覚悟した。何か気に障ってしまったんだろうと。けれど何が障ったのかやはり牧には何も分かっていない。


「ねぇ、ちょっと。」

「ッ! や、こないで!」


 血相を変えて近付いてきたガシャに、牧もまた青褪める。


 どうにも様子が可笑しい。


 嫌がる牧の両手を少しばかり乱暴に引っ掴んだガシャは牧を引き寄せ、左手を治したばかりの喉に。もう右手を自分の唇に当てて、そのまま話した。


 おどけた様な口調ではなく。

 大きく、ハッキリした口調で。


「みみ、きこえますか?」


「……………………!?」


 彼女の手はしっかりと、感じ取った。

 ガシャの喉は確かに震えている。声を発しているのだろうと。

 そして唇も確かに動いている。息も吐き出されていて生暖かい。

 だから、言葉を紡いでいるのだろうと。


「…………???」

「……遅れてでも、この手掛かりを使って、追えば良いと思ってたんだけど……責任問題? 僕の仕事ミス? ストレスが原因だよね……。

 難聴というか。通り越して失聴してる。

 なんにせよ、仕事よりアフターケアが先になりそうだなぁ。」


 やはり何を言っているのか分からないーーーーいや、そうじゃなくて。

 何も分からなくなっているのは、私?


 牧は庇い続けたカラスの心音も、聞き取る事が出来なかった。

ぎぶみーレスポンス。

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