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大吾とクエスト②

もっふもふマールちゃん



「マール、ちょっとここで休憩しよう」

「はい。大吾さん」

 俺たちは今、初クエストである『コーコー鳥の卵の殻納品』の為、エメラルドマウンテンに来ている。

 ギルド受付嬢のユリさんから山の木は青いのですぐに分かると言われた通り、街を出たら一目で分かった。本当に青い山だ。

 徒歩で一時間くらいと言われたので、街からもそれ程離れているわけでもなく新人冒険者の訓練所と言った所なのだろう。

 しかし、それはあくまでもこの異世界で生まれ育った人ではの話だ。

 天使のマールはともかく、日本から転移して来た一般サラリーマン(車勤務)の俺は徒歩で一時間歩くなんてのはそうそう無いし、増してやクエスト用に色々荷物を背負っての移動となるので体力が見る見る奪われて行く。

 これ、殻を探す前に体力無くなって倒れるんじゃねレベルで疲れ果てて、やっとエメラルドマウンテンの麓までやって来れたのが昼時くらい。

 時計なんてのはないので大体の予想なんだが、マールの可愛い体内時計がキュルキュル言ってたので山に入る前に昼飯兼休憩することにしたのだ。

 新人冒険者用のフィールドだけあって、エメラルドマウンテンの麓には椅子サイズに切った丸太が数個で円を作ってあるミニキャンプが設置してあり、ご自由にどうぞと言わんばかりの斧と薪まで転がっていた。

 多分だけど調査クエストを担当している冒険者が善意で置いてくれているのだろう。

 ミニキャンプの近くには小さい湧き水も出ているし、ここで体力を回復して山に挑めというメッセージなのだろう。

 正直すっごく助かった。

 もうヘロヘロだったし、とにかく何処かに座りたかったので俺とマールは荷物を置いて丸太椅子にドカッと座った。

 俺はリュックサック、マールはショルダーバッグを使っており、それを置いただけでも空を飛べるんじゃないかと思うほど楽になった。

「~~~~っかぁ! 来るだけでつっかれたぁ!」

 荷物の重さもそうだが、街中をマールがワンピースで歩き回れる程の陽気なので動いているとやはり体温も上がり余計に消耗する。

 それはマールも同じなようで、デニムキャップを団扇代わりにパタパタするその姿は控え目に言って天使だった。

 サラサラ金髪が汗で頬にくっついている。一度死んで生まれ変わってマールの金髪になりたい。

「っと、そうだ」

 俺はガックガクの足に鞭打って立ち上がると湧き水の前までやって来た。

 …これ飲めるんだよな? まさかの飲み水じゃない罠とかじゃないよね? 新人にそんな罠張ったら全員引っかかるよ?

 そんな事を思いつつ手で茶碗を作りテイスティング。普通に冷たくて美味かった。それにちょっと体力というか気力? が回復したようなしてないような。

「マール、水筒持って来てくれ。ここで一回全部入れ替えてしまおう」

「えっ? まだお水入ってますよ?」

 ハテ? するマール。そんなマールの汗で水筒をいっぱいにしたい。

「いいんだよ。来る途中でもちょいちょい飲んでたし、こっちの方が冷えてるから。湧き水がある時はそこで水筒をマックスにしておいた方がいい」

「なるほどです」

 俺が言うとマールも納得してくれたようでパタパタ走って持って来てくれた。

 疲れてるんだから走らなくてもいいのよ? でもマールが傍に来てくれて嬉しかった。

「ほら、飲んでみ? 冷たくて美味いぞ」

 俺が先に手で茶碗を作るとマールも真似て小さい茶椀を作る。あら可愛いお茶碗ね。そんなマールの手で水を飲みたい。

「んくんく…、ぱぁ! ホントです! 冷たくて美味しいですね!」

 マールは湧き水をコクコク飲むと満面の笑みを浮かべた。その笑顔だけで体力が全快した。

「それにこのお水からは少しですけど魔力を感じますね」

「魔力?」

「はい。もしかしたらMP回復にいいのかもしれないです」

「ふーん?」

 正直全然分からないが魔法に長けているマールが言うのならそうなのかもしれない。

 水は透明だし、これでMP回復! と言われても正直ピンと来ないが、MP回復するなら得した気になるので良しとしよう。

「よし。じゃあ飯にするか。食い終わったらまた水筒いっぱいにして、それから殻探しだ」

「だ、大吾さん! 今日のお昼はなんですか!?」

 ふんふん興奮のマール。

 水筒やナイフ(マールのはちっぱいくらい小さい)などはマールに持たせているが、食べ物は俺が全て預かっている。

 食いしん坊マールちゃんに預けたが最後、さぁ飯だ! 残念何も残っていない! となるのが火を見るより明らかだったからである。

 正直マールが食べ物持たせてとウルウルの上目で見て来た時は口から心臓と膀胱吐き出しそうになったけど、心を鬼にして言い聞かせた。

「今日の昼は『串や』のだんだん焼きだ」

「ほあーっ♡」

 パァァと目を輝かせるマールちゃん。ちょっと待ってホントに可愛い。待って可愛い、可愛い。

 ちなみに串やは俺たちが昨日の昼食べた串焼きの屋台の名前で、工房から街のあちこちに屋台を出しているとおばちゃんが教えてくれた。

 クエストで昼は確実に跨ぐので串やで食料を買っておいたのだ。

 昨日は肉の串焼きだったから今日はまた別の味をと思い、このだんだん焼きを買ってみた。

 だんだん焼きは日本でもよく屋台などで見かける焼きまんじゅうの串焼きみたいなものだが、サイズがとにかくデカかった。

 コンビニで売ってる中華まんサイズ(大)の焼きまんじゅうが二個付いて200コーン。正に冒険者サイズ。

 材料は分からないが、見るからにモチモチしてて腹が膨れそうだったのでこれにした。そしてマールは安定の二本。

「ほら、ソース垂らして服汚すなよ」

「そんな子供じゃないです!」

 ぷっくーとほっぺたをだんだん焼きサイズに膨らませるマール。そのだんだん焼きと俺のだんだん焼きを交換しないか?

 膨れっ面をしていたマールだったが、だんだん焼きを受け取るとそれはもう笑顔になった。あら可愛い。食べ物には目がない子なのね。知ってたけど。

 そしていただきます、と言ってからハムっと噛り付いた。

 もふ! もふ! もふ! とほっぺたパンパンにして食べるマールちゃん。

 昨日も思ったけど、マールのこの食べ方が形容し難い程好きなんです。ごはんを美味しそうに食べる子って本当に可愛いですわ。

「んんん~~~っ!? ふま~~~~ぁ♡♡♡」

 マールちゃんだんだん焼きが気に入ったみたいで、目を見開いたと思ったら顔をふにゃつかせた。

 なんて幸せそうな顔なのでしょう。

 でもその顔は俺レベルのちっぱニストならともかく他の人の前でしちゃダメよ。致死量MAXの猛毒だからね。見ちゃったらアウトである。マールちゃんマジ外来種。

 そんな訳で俺も一口。…うん。美味い。マジで焼きまんじゅうだった。しかもそこそこのサイズだから食べ応えがあっていい。

 普段は結構騒がしいマールだが食事となると途端に静かになる。と言うかほっぺたパンパンで喋れない。って。

「あぁぁ…、マール。口の周りが…、ほら」

 鼻にも、とタオルでマールの鼻先と口回りに付いたソースを拭き取ってやる。

「んんっ。すみません、大吾さん」

 えへっと照れるマールであったが、次にはまた口いっぱいにだんだん焼きを頬張った。

 そうかわかったぞ(閃き)!

 マールは子供じゃない。赤ちゃんだ!

 その後も食べては拭き食べては拭きを繰り返し、今日の昼は終了した。

 うん。今度からは一口サイズの食べ物にしよう。

 正直マールの顔を拭けるのは有難みしかないのだが、毎回これでは……、あれ? いいか別に。マールは美味しそうに食べる。俺はマールの顔を拭くのが嬉しい。うん。いいなこれで。

 さて、それじゃあいよいよ山に入るか。

 麓に来た時はあれ程パンパンガクガクだった足もマールの顔見てたら全快したし、本当に女神だった。拝もう、拝んだ。

 おっと。水筒の補充も忘れずに。




  ―――




「おーい、マールー。何か見えるかー?」

「んー…特に何もないと思いますけどー…」

 はい。

 山に入っていざ殻回収! と意気込んだはいいものの、殻どころかコーコー鳥すら見当たらないです。

 俺はマールに天使の羽で飛んでもらって上空からそれっぽい影を探してもらっているのだが、別段変わった様子は無いようだ。

 どうしよう、いきなり詰んだ。

 初クエストで、しかもEランククエストで詰んだ。

 冒険者デビュー初日で引退かな? 名を残せるかもしれん。

「そもそもコーコー鳥ってどんなのでしたっけ?」

 パタパタと降りてくるマール。文字通り天使が降臨した。

「コイツだよコイツ。昼飯の時に散々見せただろ」

 そう言って見せるのは『冒険者入門~動物編~』。一般的な動物からモンスターと呼ばれる魔物まで記録されているポケットサイズの図鑑だ。残念だが喋らない。紙の図鑑だから。

 マールはそうでしたっけ? みたいな顔して首を傾げている。

 分かってたけどこの子食事中はまったく話を聞いてないようだ。でも許してしまう俺。だって可愛いのだから(ベタ惚れ)。

 そんな可愛いマールは図鑑をまじまじと見ると更に首を傾げた。

「え? この子ならさっき地面に巣作ってたじゃないですか」

「えっ」

「大吾さんが鎖骨近くまで生地があるオーバーオールは邪道だとか、ショルダーバッグの紐を斜めに掛けないのは製作者に失礼とか何とか言ってた時に」

「確かにそんな話もしてた気がする。だってマールが肩掛けするからさ。ショルダーバッグのいい所はその紐でちっぱいを強調出来る所なのに。それにそのちっぱいを覆い隠すようなオーバーオールは」

「今そういう話いいんで」

「あ、はい」

「わたし何回もこれじゃないんですか? って聞いたのに大吾さん全然聞いてくれないし」

「そっすね。さーせん」

 俺も全然話を聞かないタイプだった。

 つまりあれだな。マールとは似た者同士って事だな。ギルさんとナンシーさんみたいに似た者夫婦って事だな。やったぜ!

「よし。じゃあさっさと殻回収して帰るか!」

 ジト目してるマールちゃんを横目に俺は拳を握りしめる。

 コーコー鳥は見つかっていかなったが、運がいい事に薬草などはどんどん見つかった。全部マールが見つけてたけど。この子はやっぱり天使なんだな。

 ゲームみたいに10個までしか持てないなんて事はないから見つけ次第回収してたけど、どのくらいの値段になるのか。

 でもケイの店にあったポーションは薬草を原料にしてるらしいし、そのポーションもそこそこ安価だったから期待はしない方がいいな。

 本当に小銭稼ぎ程度だと思っておこう。あまり期待すると落差が激しいからね。

「ちなみにマール。そのコーコー鳥の巣には卵はあったのか?」

 道を引き返しながら俺はマールに聞いてみた。

 巣はあるけど殻がないんじゃ意味がないからな。見落とすくらいだからそんなに大きくないかもだし。

「巣には無かったと思いますが、巣の周りには結構空の卵が落ちてたと思いますよ」

 ほう。それはいい情報だ。マジマール様。マジマルチテン。俺今日何かやったっけかな。飯運んだだけな気がする。

「このくらいの」

 そしてマールは胸の前で丸を作った。

「マールのちっぱいサイズの卵か。これは100個単位で探さないと金にならないな」

「そんな小さくないです! …って何て事を言わせるんですか!? わたしのお胸が卵の殻みたいに薄いって事ですか!?」

 ガルルルルと怒り出すマールちゃん。

 またやっちまった。ここはすかさずフォローを入れておかねば。

「そんな事は言ってない。Aカップに限りなく近いBカップのマールのちっぱいはリンゴ半分くらいで可愛い」

「Aカップに限りなく近いは余計です! わたしだってBはあるんです! それにリンゴって! リンゴ半分って!」

「でも俺Bカップが一番好きだから」

「朝聞きましたよ!」

「それにリンゴも好き」

「わたしもリンゴは好きですけど!」

「美味しいもんな。じゃあ街に帰ったらリンゴ買うか。お金あまりないから半分こね」

「リンゴ半分でも嬉しいです! ありがとうございます!」

 うんうん。話は聞かないけど話の分かるちっぱい天使で助かった。

 リンゴ一個全部あげるから代わりにマールのリンゴ一個(両方)下さい。

「あっ。大吾さん、ありました。コーコー鳥の巣です」

 そんな事を考えているとマールから声がかけられた。

 危ねぇ。またちっぱいの事を考えて巣をスルーする所だったぜ。って。

「え?」

 そこには土俵くらいの大きさの巣があった。

 でっか。なにコレ。鳥の巣って言ったらこう、両手で持てるくらいじゃないの? こんなん巣だと思わんわ。こりゃ見落とすわ(正当化)。

「あの子いなくなってますね。食事にでも行ったのでしょうか?」

 キョロキョロ探すマール。

 いや、待て?

「ねぇマールちゃん」

「なんですか大吾さん」

「ちなみになんだけど、コーコー鳥ってどのくらいの大きさだったの?」

「えっと」

 マールは両手いっぱいを大きく広げて、

「こーんな真ん丸でボールみたいな体でした! コーコーと鳴いてました!」

 思ってたより低い鳴き声でした、とマールちゃん。

 いやいやいや。違うでしょ。そこじゃないでしょ。こーんな真ん丸って。

 マールの背はそこそこ高い方だ。

 この前会社の健康診断で測った時に俺は175だったし、今こうして目の前に立つマールの頭が俺の鼻下くらいだから160くらいはあるだろう。

 そのマールが両手を広げてこーんなって。しかも真ん丸って。いや、真ん丸ってのは知ってたよ? 図鑑に載ってたからね?

 でもこの図鑑不親切にも大きさとかは載ってねぇんだよ。名前と写真っつーか、絵みたいのしか載ってねぇんだよ。

 そりゃ勘違いもするでしょ。

 真ん丸の鳥なんて見たら可愛い小鳥サイズだと思いますやん。

 それにマールも卵の殻はちっぱいサイズって言ってましたやん(勘違い)。

「あ! 大吾さん! 卵! 空っぽです!」

「なに!? よしすぐ回収ってデッカ!」

 卵がバスケットボールくらいあった。しかも大量に。コレ普通にその辺の石に見えるレベル。

 ダチョウの卵より大きいんじゃねこれ。コーコー鳥はダチョウの仲間だな! 飛べない代わりに転がるんだ!

 でも確かダチョウの卵でさえ殻が厚くて割るのに専用の道具使うって聞いたことがあるんですがそれは…。

 それより大きい卵で、しかも雛ながらその殻を突き破るコーコー鳥って。さすが異世界。地球の常識では語れない。

 よし。

 さっさと回収してさっさと帰ろう。

 殻だけが目的だし、本物の卵もないようだが運悪くコーコー鳥に見つかりでもしたら色々面倒臭そうだ。

 そんな訳で回収開始。

 土のう袋にバスケットボール、もといコーコー鳥の卵の殻を入れる。

 …既に半分くらいの容量。ユリさんは踏んで砕いてって言ってたけど。これ踏んで砕けるレベルの硬さなの? 俺の足が砕けない? 大丈夫?

「大吾さん! もう入りません!」

 マールも土のう袋に殻を入れてるけど、二個でいっぱいいっぱいだ。つまり土のう袋三袋で6個。どうなのこれ。

 ユリさんは砕いて入れてって言ってた事を考えると全然一袋分にも足りてない気がしてならない。せめてこの三倍くらいは欲しいけど…。

「仕方ない。マール、離れていろ」

 いつになく真面目な顔でマールに言った。

 マールは『本気の大吾さん!』と言って木の陰に隠れた。

 いい加減いいところを見せないとマールとの距離が縮まらないからな。俺の本気を見せてやる。

 俺は土のう袋にコーコー鳥の卵の殻を一個だけ入れると袋の口を紐で縛りブンブン振り回した。間違っても手や足で割ろうとは思わなかった。痛いのは嫌だし。

 しかし何となく派手な感じになったので後ろから見てるマールからは『おぉぉ! おぉぉ!』とちっぱい(動詞)歓声が聞こえる。

 そして俺は、遠心力を最大までつけて土のう袋を木に叩きつけた。

「オラ! オラ! オラァ!」

 ゴッ! ゴッ! ゴッ! っと木と土のう袋が当たる音が森に広がる。

 何回、何十回と俺は土のう袋を木に叩き続け、そろそろいいだろうと袋の口を解き中身を確認した。

「ぜーんぜんダメ」

 ヒビ一つ入ってなかった。

 あぁぁ…、マールちゃんの目がさっきまでキラキラしてたのに一気にハイライトが無くなった。

 でも大丈夫だ。もう俺の好感度はこれ以上下がらないくらいどん底なはずだし、これ以上は嫌いになれない(前向き)!

「そもそもこれ武器使って割るんじゃないんですか?」

「いや…、だってユリさん踏んで割ってって…」

「ユリさん結構強い武闘家らしいですよ。酔って絡んでくる冒険者くらいならワンパンだとか」

「ユリさん基準の話かよ! この国の武闘家はろくなのがいねぇ!」

 ユリさん然り、俺をボコボコにした赤毛の子然り。いや、赤毛の子の時は俺が悪いのかも。10:0くらいで。

「でもどうするか。武器なんかサバイバルナイフくらいだしっ!」

 ガンッ! と俺はナイフケースからサバイバルナイフを抜いて強めに一刀するがちょっとした線が入る程度だった。

 武器が軽すぎる上に俺のSTRじゃまだまだ低いんだ。

 でも他に武器ないし、マールに持たせてるナイフは本当に果物の皮剥くくらいのナイフだし、これダメじゃね?

「あ、そうだマール。お前魔法使えたよな」

「はい。覚えたばかりで使った事はないですが」

「ちょっとやってみてくれ。もしかしたらパンッと破裂するかもしれん」

「なるほど! やってみます!」

 マールはザッと土のう袋の前に立ち、両手をそれに向ける。

 これはワンチャンあるぞ。全冒険者が受ける可能性があるクエストに脳筋冒険者のみしかクリア出来ない条件のクエストがあるとは思えない。

 きっと魔法使い系やSTRが低い冒険者たちでも何とかなる筈だ。

 そしてマールは大きく息を吸い、両目をカッと見開いて魔法を打ち放った。

「セイント・ショック!」

 マールの両手から放たれた(と思われる)光はどういう軌道をしたのかは分からなかったが、確実に土のう袋に命中した。

 セイント・ショックの光は土のう袋に当たるとバチバチバチ! と発光し、中に入れていた空の卵もバチバチバチ! と発光した。…だけだった。

「光りました!」

「そうね。光ったね」

 綺麗だったね、と。

 これはあれだわ。アンデッドとか闇属性モンスターとかにしかあまり効果ないやつだわ。

 魔法でも氷の塊を落とすとか、岩で挟み込むとかなら割れたかもしれないけど、生憎うちの天使は光属性魔法しか覚えてないんです。かく言う俺も卵の殻に対して有効な魔法は覚えてないんですけどね。

 でも一応唯一の魔法スキルである看破の神眼ちっぱいスカウター発動。反応なし。ついでに横目でマールのちっぱい再測定。ちっぱいレベル98。たまらん。

 さて、いよいよ終わったわ。

 まだちっぱいレベル98のマールの体内時計から察して三時のおやつには早い時間だが、これ以上ここにいてもやる事がないので6個だけ土のう袋に入れて、後は持てるだけ持って帰ろう。

 5パルフェにはならないかもしれないけど無いよりはマシだろう。

 ちくしょう。こんな事ならケイの店でマールが使うって嘘言って弩デカいハンマー貰っとくんだった。

 せめて何か武器があればこんな事には……、あっ。




  ―――




「凄いです大吾さん! もう土のう袋二袋いっぱいになりました!」

「フハハハハハ! そうだろうそうだろう! もっとだマール! この際三袋いっぱいまで詰め込んで帰るぞ!」

「はい! 大吾さん! どうぞ! 新しい殻です! せーのっ!」

「オラァ!」

「せーのっ!」

「よいしょーっ!」

「せーのっ!」

「ハイーーーーーッ!」

 俺たちはコーコー鳥の卵の殻を割る事に成功した。

 理由は簡単で武器を使ったからだ。

 そう。エメラルドマウンテンの麓にあった薪割りに使うであろう斧だ。

 それをちょっと拝借し、俺は卵の殻をぶっ叩いている。

 それ程大きさはない斧だったが、流石にサバイバルナイフよりは重い上に遠心力も付くのでパッカーンっといかなくとも割るくらいは出来た。

 割れてしまっては回収が大変なのだが、そこはこの土のう袋の凄いところで、斧の刃ではない背の部分でぶっ叩いてる事もあって全く破ける心配もなさそうなくらい頑丈であった。

 更には湧き水によって喉も潤し、そして何より――

「大吾さんホントに凄いです! カッコいいです!」

 マールちゃんがめっちゃ褒めてくれる。こんなに嬉しい事はない。力が溢れてくる。

 限界の一つや二つはとうの昔に突破した。今の俺は誰にも負ける気がしない。これも俺を応援してくれるマールがいるからだ。

 視界が滲んでくるぜ。こ、これは涙じゃなくて汗なんだからね! マジ泣きする24歳なのであった。

「大吾さん! これで最後です!」

 そう天使に言われて俺は最後の一刀を土のう袋に叩き込んだ。

 土のう袋三袋に満タンの殻を詰め込んだ俺の脳内では、某海の無い関東圏にあるスーパーアリーナ満員のスタンディングオベーションが鳴り響いていた。

 しかし、とうとう限界みてぇだ。腕がもう上がらねぇ。

「すまん、マール。ちょっと休憩」

 そう言って俺はヘロヘロとその場に座り込んだ。

 いやマジで体力の限界だった。

 正直、土のう袋一袋目で腕がパンパンだったけど、マールが凄く励ましてくれるし期待に応えたかったんだ。それが男なのである。

「お疲れ様でした、大吾さん」

 はいどうぞ、と水筒の水を出してくれた。マールの水筒だった。疲れが一瞬で全快した(単純)。

「ありがとうマール。いや~疲れたわ、さすがに。明日は筋肉痛かもしれないな」

「ごめんなさい大吾さん。わたしが煽るような事言ったせいですよね」

 しゅんとするマール。

 何てこった。俺のやる事言う事は全部裏目だ。

「違うよ。マールがいなかったらここまでの成果にならなかった。マールに元気を貰ったのは本当だ。嘘じゃない」

「…ありがとうございます。大吾さんが嘘を言わないのは、知ってますから」

 嬉しいです、と今度は笑ってくれた。可愛さが染みる。

「今日はちょっと夕飯贅沢出来そうだな。初クエストで最高の成績だし、お祝いでマールの食べたいもの食べに行くか」

「いいんですか!?」

 ピカァァァと目を輝かせるマール。そうだ。マールは笑顔が一番似合う。

 しかし。

「でも、いいです。今日は大吾さん大活躍でしたし、大吾さんが行きたい所に行きましょう?」

 なん…だと…?

 あれ程までに食に関しては他の追随を許さないレベルでフルモッフするマールが…!

「マ、マールちゃん? 何か変な物拾って食べたりしてないよね? その辺に生えてるキノコとか怪しい木の実とか」

「そんなの食べてないですよ! 大吾さんはわたしを何だと思ってるんですか!」

「ちっぱい可愛い大食い可愛い笑顔が可愛い大天使」

「……こ、この怒るに怒れない感情はどうしたら」

 あとわたし、女神です、というマールは顔真っ赤でプルプルした。照れてるマールちゃん頂きました! ありがとうございます。

「それじゃ帰りながら夕飯は決めるか」

 よっと立ち上がる。

 結構な時間卵の殻を割ってたのか夕陽で空は赤く染まっていた。

「もう大丈夫なんですか?」

「あぁ、それに暗くなる前に帰らないと危ないしな」

 荷物もあるし、斧も元あった場所に戻さなければ。

 これからまた片道徒歩で一時間。

 昼間は暑かったと言えども日が落ちれば当然気温も下がるので、完全に沈み切る前に街に帰りたい。

 またミノタウロスと会ったりしたらたまったもんじゃないからな。今ならまだ冒険者の人たちが街の外を見てくれてるかもしれないし。

「じゃあ土のう袋はわたしが持ちます!」

 せめてこのくらいはやらせて下さい、と三袋全部持つマール。

 結構な卵の殻砕いたからそこそこの重さになってるはずだけど、マールは全然顔には出さない。

 もう腕の握力が無くなってたので助かるけど、ちっぱい女子に荷物持ちされてると思うと心に100㎏の重りがのしかかるのと同義だ。むしろ多く重く体に負荷がかかる。

「わぁ…! 大吾さん、見てください!」

 そんな事は知る由もないマールは何かを見上げて目を輝かせていた。

 その視線の先には、夕日を受けて文字通り『エメラルド』に染まったエメラルドマウンテンがあった。

 ネーミングセンスが絶望的な異世界で、こんな粋な名前を付ける人もいるんだなと感心すると共に、そのエメラルドマウンテンを見てウットリしてるマールちゃん可愛いと思う俺はやっぱりどうしようもないなと思ったのだった。



マールちゃんに応援されたい人生だった

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