大吾と異世界④
あ、ありのまま今起こった事を話すぜ?
『俺は風呂上がりでコーヒー牛乳を飲みながらマールを待っていたと思ったら、やってきたのは天使だった』
な…何を言ってるのかわからねーと思うが安心してくれ。俺もわけがわからねぇ。
目の前にいる天使はウェアを羽織ってはいるもの、天使服、白ワンピより一層体のラインがはっきりとしていた。そう、ちっぱいだとはっきりしていた。
服を買う時、パジャマも無きゃダメじゃね? って話になりマールが選んだパジャマなんだが、この子確実に俺を殺しに来てますわ。
『安い、かわいい、着心地いい』に飛びついたマールだったけど、そのパジャマね? ウェア一枚脱ぐとキャミソールとショートパンツなんですわ。何なんマジで。試練なの? 俺の理性を試してますのん?
てかマールが選んだパジャマをなぜこの天使が着てるのか疑問に思ったが、その天使がマールだった。納得である。マールはいつだってちっぱい天使マルチテン。
「お待たせしました。お風呂気持ちよかったですね~」
ちょっとのぼせちゃいました、とマールは俺の隣に座った。
確かに俺と比べて長風呂だったマールは顔が紅潮しており、気恥ずかしそうに笑っている。
ドライヤーなどが無い異世界、いつものサラサラ金髪も完全に乾いてはおらず湿り気を帯びていて、より一層色っぽさが増していた。正直たまらん(直球)。
タオルは俺もマールも公共風呂で貸し出し専用のやつを使ったので今また拭くことは出来ないけど風邪引かないでね? てか天使って風邪引くのだろうか。風邪引いて弱ったら余計に天使になったりしない? 大丈夫?
「ちょっと休んで行こうぜ。牛乳買ってきてやるよ」
普通のとコーヒーのどっちがいい? とマールに聞くと『いいんですか!?』と、うんうん悩みだした。
ちなみに俺はコーヒー牛乳派。牛乳だけを飲むと腹下すタイプなので牛乳飲むならシリアルにかけないとダメなんです。
それにしても悩んでるマールちゃん可愛い。もっと見ていたいけど湯冷めしちゃわない? のぼせてても体は冷やしちゃダメなのよん?
何をそんなに悩んで…あっ(察し)。
「ちなみに牛乳飲んでも胸が大きくなるわけじゃないからね」
「うそ」
「ホント」
「わたしのお胸が大きくならないように嘘ついてるんですよね?」
「大きくなってほしくないけどホント」
「わたしいつも牛乳を飲む習慣がないのでこれを機にって」
「牛乳は確かに栄養素高いけど、別に牛乳じゃなくたっていいし、そもそも胸の大きさは女性ホルモンや血流に関係してるから」
「やけに詳しいですね!?」
「ちっぱいを育てさせない為に以前色々調べたのが役にたったようだ」
「知りたくなかった事実ですよ! ちょっとは夢を見せてください!」
「今のままのマールがいい」
既に完璧なボディなのにこれ以上を望むとは。マールったら欲張りさんなんだから。
そんな欲張りさんは真実を知ったのかコーヒー牛乳がご所望のようだ。ほっぺたぷっくーっと膨れっ面(可愛い)していたが、コーヒー牛乳(瓶タイプ)を渡すと機嫌を直してくれた。
「明日はギルドに行くんですよね?」
コーヒー牛乳をクピクピ飲みながらマールが聞いて来た。
正直マールが飲んでる姿に見惚れて『瓶になりたい』と思ってたのですぐには答えられなかった。
「んぁ? …あぁ、うん。そうね。ギルドね」
違うんですか? と首を傾げるマール。
やめてくれ。
風呂に入って体力回復したばかりなのにゴリゴリ削られていってるんだ。このままじゃまたHP1になっちまう。
「いや、ギルドには行くぞ。金稼がなきゃだし、でもその前にまた武器屋だな」
「え?」
「武器っていうか、ナイフかな。サバイバルナイフみたいなやつ。採取クエストにしても人の力で取れればいいけど、切らないと取れないやつもあるかもしれないし」
下手に毟り取ったら価値が下がるかもしれないから、と。
バカでかい大剣とかなら持ち運びだけでも大変だが、ナイフなら小さいしあっても困らないだろう。
「ほぇ~。色々考えているんですね」
「まぁ全部ゲームとか漫画の知識だけどな」
「それでも凄いです! 正直小さいお胸にしか興味ない人だと思ってたのに見直しました!」
「正直なのはいいけど正直すぎるのもどうかと思うよマールちゃん」
俺の評価はどん底であった。
嘘でもいいから大好きって言ってほしい。
「それと採取クエストを受けるなら林の中とか森の中に入るから防具もしっかりしないとな。草とか枝で手足切るかもだし、この辺りの虫とか蛇とか全然分からないし」
「どんどんお金が減ってっちゃいますね…」
「最初はしょうがない。日本の冒険家だって結局はスポンサーがついてないと食っていけないし、装備一式も支給されないからな」
「今ここを通っている冒険者の皆さんも最初は苦労されたんですね」
そしてその冒険者たちに祈りを捧げるマール。なんて優しい子。
「大吾さんも」
「マールもな」
「わたしは大丈夫です」
なんて言ったって、女神ですから、っと天使った。
―――
地方都市の大きさであるミスニーハには数多くの飲食店が存在しているが、さすがに夕飯時にはどこも混みだしていた。
行列が出来る程の店もあれば、家族で気軽に入れそうなレストランのような店、立ち食いの店、屋台、実に様々。
俺たちは公共風呂を後にし、宿に帰る途中で夕飯を取ろうと絶賛選定中だ。
マールに何を食べたいかと聞いたら『なんでも食べます!』と目を輝かせていたが、もしかして神界ってイギリスレベルで料理がマズイのかもしれない。
しかしそうなってくると困るんだよね。
『ご飯何食べたい?』に対して『何でもいい』って答える奴に限って好き嫌いが激しかったり、ガッツリ食いたいのか軽く済ますのか分からなかったりする。
お前なんでもいいっつったじゃん。店で食うの面倒臭いからコンビニに入ったのに何その目。表出ろよ。何でもかんでも察してもらえると思ってんじゃねーぞマジで。
だがマールちゃんは違うはずだ。きっとどんなものでもほっぺたパンパンにして美味しそうに食べてくれるに違いない。
ここは気合を入れて(比較的安価な)店を探さなければ。
ごめんね、ちょっとお金に余裕がない時期なの。ボーナスも期待出来ない仕事になっちゃったからさ。
そしてついに見つけたそのお店!
食事処『テメー3分も待てねぇのか』。
ナンシー一族の人がやってるのかな?
それともこの国の人は皆ネーミングセンスが絶望的なのかな?
どっちでも構わない。だって隣を歩くマールがさっきから涎垂らしてキョロキョロしまくっているから。ちょ、マールちゃん涎飛んでるって。小瓶買ってくるからちょっと待っててって。きっとそれは家宝となる(確信)。
話を戻してこの店だが、店名通りなのか客周りがよく、ちょっとの行列も見る見る捌いていく。
店の外に置いてある看板にも『3分以上待たせません』と書かれている。夕時もそうだが、昼時もこれは繁盛しそうな謳い文句だな。
しかも安い! 今まで飲食店を見てきているが、その1/10くらいの値段で食えるらしい。
正直客の入れ替わりが激しくゆっくり食べてられなそうだがお金がない今、ここ以上の店は全て贅沢に見えてしまう。
「マール。悪いんだけど、ここでいいか? ゆっくり食べてられなそうだけど」
と、申し訳なさそうにマールに聞くが、当の本人は『待ってました!』とばかりにコクコクコクコクと高速で首を縦に振った。もはや言葉にならない可愛さだった。
そうと決まればさっさと入ろう。
俺も昼に串焼き一本とさっきコーヒー牛乳飲んだだけで腹ペコだしな。
さて、3分で出来る異世界飯。
そのお手並みを拝見と行きますかね。
ドン! ビッ! トットットットッ…。キュッ。
カップラーメンじゃねぇか。
確かにね? 3分以上は待たせないかもしれないし、もしかしたらって思ってはいたよ?
それにしても期待に応えすぎだろ。裏切ってほしかったよ。俺は期待を裏切ってほしかったよ。
ちなみにドン! はカップラーメンをテーブルに置かれた音。
ビッ! は蓋を開いた音。
トットットットッ…でお湯を注いでキュッと蓋を閉める。
あとは3分待つばかり。
カウンターには豚骨ラーメン(俺)と味噌ラーメン(マール)、そして砂時計(3分用)があるだけだった。
何このシュールな絵面。
他の客もただじっと砂時計を眺めている。本気の目だ。
あっ。さっきのムキムキのハンマーの人もいる。
礼儀正しく面接受けるみたいな姿勢で食い入るように砂時計見てる。
どうなのこれ。
いいのかな異世界こんなので。
「マール…、正直すまんかった。俺もまさかこんな―――、えっ」
ちらりと隣を向くと、既に我慢の限界に達していたマールはカップラーメンの蓋を取り去って、割り箸を突っ込んでいた。
「まっ…待てマールッ! まだだ! まだ『3分』経っていないッ! 『砂時計』を見ろッ! 砂はまだ『半分』しか落ちていないッ!」
俺も変なテンションになっていた。
俺は咄嗟にマールの右手を掴んだが、STRが低いはずのマールとは思えない程のパワーだった。
そんなやり取りを店主のおっちゃんが気付いたのかマールに向かって、
「テメー3分も待てねぇのか!」
と言ってきた。
うるせぇこの野郎。マールがこんなに涎垂らしてるんだぞ。おしぼり下さい。
その後、俺はマールを何とか止めて3分後にラーメンを美味しく頂いた。
店主のおっちゃんもマールの食いっぷりが気に入ったのか、オマケでゆで卵(別途80コーン)を奢ってくれた。マールは味噌1カップ、豚骨もちょっとだけ(マールの主観)食べて満足したらしい。
これでお値段たったの300コーン。
金が無い時はここに通い詰めちゃうレベル。
でもねマールちゃん。いくら美味しくて安くても乾麺の時に食べるのはダメよ? それだとただのお菓子だからね?
ちなみに店主のおっちゃんに奥さんの名前を聞いてみると『ナンシー』と答えていた。
二人はやっぱり似たもの夫婦だった。
なかなか話が進まないことに定評があります。
ただマルチテン。