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大吾と勇者①

●前回のあらすじ●

大吾さんは泣くとマールの胸に抱き着く癖があった。




 勇者、とは。

 一般的に知られている勇者は伝説の聖剣を持ち、人類の脅威となる魔族やモンスターを討伐し人々を救う存在である。

 もちろんその勇者像は全ての世界線で十人十色であり必ずしも善人だというわけではない。

 勇者という地位を利用し平民に外道を尽くしたり、パーティーメンバーを自分の意思だけでリストラを繰り返す者も過去にいたほどだ。

 そして善悪に限らず勇者には共通点がある。

 それは『自分が正義』であるという心。

 在来の勇者も、異世界より召喚された勇者も、全ての勇者は悪を倒し人々を守るという使命を背負っている。

 その使命の道半ば外道に足を踏み外す事はあっても悪を討つという使命を忘れてはいない。それが勇者が勇者たる所以。

 しかしそれは『悪』がいるという大前提での話である。

 悪の存在しない世界での勇者は、何をもって勇者と言えるのだろうか。

 答えは簡単である。そう。



「悪を作ってしまえばいい」



 青木大吾とその一行が王都に来る数時間前、王都内のとある協会にて過激派組織のメンバーは床に描かれた魔法陣を囲み祈りを捧げていた。

 勇者召喚の儀。

 古来より勇者を召喚出来た国や組織は、その絶大な力により繁栄を約束される。

 今あるフェリエの力ではこの大陸は支配出来ても海の外、即ち魔族との戦いとなった時には力不足で滅んでしまうかもしれない。

 その為の力が必要である。

 全てを蹂躙し屈服させるだけのパワーをもった存在が。

 現国王は静視を貫いているがいつ魔族が攻めてくるか分からないと考える過激派は、人族の王と魔族の王の会談でこの均衡を崩そうとしていた。もちろん人族が優位に立てるように。

「しかし司祭様。勇者召喚に成功したとして、果たして勇者は我々に手を貸してくれるでしょうか?」

 勇者召喚の儀に参加している一員の疑問に司祭と呼ばれる男は不適な笑みを浮かべて答えた。

「心配いりません。これからお呼びする勇者は既に敵対する相手は全て悪だと幼少の頃より教え込まれている異世界からの子供の転移者です」

「子供……ですか?」

「そう。子供です。寧ろ勇者は子供の方がいい」

「それは何故ですか?」

「子供は純粋無垢だからです。疑う事を知らない。そして勇者には力がある。我々のような救いを求める者がいる。そして、悪もいる」

「なるほど。魔族を悪だと騙し、討つわけですね」

「騙すとは人聞きが悪いですね。悪は悪。人族の繁栄には魔族は滅んでもらわないと」

「はっ! 司祭様! 魔法陣が!」

「どうやらおいでなさったようですね」

 こうして異世界の日本より『指宿(いぶすき)あかり』は勇者として転移召喚させられたのだった。

「お待ちしておりました勇者様。今、この国は魔族によって危機に瀕しております。どうか勇者様のお力を我々にお貸しください」




  ―――




「言いたい事はそれだけか?」

「ぶえええええええええ、ぶえええええええええ」

「あぁぁ…よしよし。大丈夫ですか? えぇっと…あかりちゃん?」

 はい。

 今現在フェリエ城敷地内の中庭では頭にたんこぶが出来て大泣きしているロリとそれを宥めるマールちゃん、そしてそのあかりと呼ばれる少女に拳骨をした俺がいます。

 シオンもこの生意気な小学生が心配なのかよしよしに参加してる優しい子。バニラは安定の俺の裾齧り。

 ちなみに何故マールがこのロリの名前を知っているのかと言うとランドセルに可愛らしい字で『あかり』と書いてあったからである。

 最近の小学生は事件性がある事から胸に付ける名札は廃止になったって聞いたけど持ち物にはまだ書いてる小学校はあるのね。

「大吾さんいきなり拳骨なんて酷いじゃないですか! この子が何したって言うんですか!」

「まず目上の人に対しての口の利き方がなってない。これはどのガキにでも言えることだがフレンドリーと無礼をはき違えてはいけない」

「相手は小学生のしかも女の子ですよ! そんな子にいきなり拳骨って!」

「俺は別に口の利き方がなってないからってだけで拳骨したわけじゃない。このロリがさっき言った事に俺は怒ってるの」

「『一緒に魔族をやっつけに行きましょう』ですか?」

「そうだ。さっきの話しぶりからこのロリも日本からの転移者だろうけど、何も知らないのにいきなり魔族をやっつけるなんて言うもんじゃない」

「それはそうですけど暴力はいけません! 拳骨したのは大吾さんが悪いです! その事はちゃんとごめんなさいしてください!」

 ……まぁ確かにちょっと頭に血が上って手を出してしまった感はある。

 ここは素直に謝ろう。このロリ…えっと、あかりって子にもちゃんとした教育になるはず。

「いきなり拳骨したりして悪かった。ごめんな」

「えぐっ…ひぐっ…、いきなり何すんの馬鹿! アホ! アホ!」

「…ふふっ」

「わーーーっ!!! 大吾さん待って大吾さん待って!!! 追い拳骨はとっても痛いんです! 許してあげて下さい!!!」

 さすが過去に二度頭に多段たんこぶを付けた事があるマールちゃん。その言葉は重みが違う。

 天界から帰ってくるといつも大泣きだったものねマールちゃんね。

 まぁさっきもついカッとなって手を出して反省したから今回は大目に見

「アンタもさっさと止めなさいよ! 大人なのに私くらいのぺたんこなおっぱいのくせに!」

「あ? お前今何つった?」

「あわわわ…大吾さんあわわわ…」

 俺の事だけならまだしも俺のマールちゃんに向かって『ぺたんこなおっぱいのくせに』だと?

 ゆ゛る゛さ゛ん゛!

 ちっぱい女子が卑下される。

 今この瞬間にだけは俺は動かなければならない。

 価値観の相違だが、他人を卑下するような態度をとったこのロリには説教(物理)が必要である。

「ふ、ふーんだ! アンタなんか怖くないもんね! 私にはこれがあるんだからっ!」

 あかりはマールの手からパタパタと逃げたし俺との距離を取った。

 そして手には防犯ブザー。

 あっ。




 ピロピロピロピロピロピロピロピロピロッ!!!!!




 これってもしかしてと思う刹那、あかりはブザーの紐を引っこ抜き防犯ベルを作動させた。

 めちゃくちゃうるせぇ。

 こんな音出たら小学生はぁはぁしてる人たちも裸足で逃げ出すレベル。

 しかしそれはあくまで地球であれば日本であれば、だ。

 ここは異世界。防犯ブザーの知識なんてない。ただ単にうるさいだけだった。

「このガキいい加減に…、ぶっ!?」

 マールちゃんお墨付きの追い拳骨で再教育しようとした瞬間何かにぶつかって前に進めない。

 なんだこれ! 何もないのに前に進めない! 傍から見たら俺は超一流のパントマイマーみたいになっていた。

「ふふんっ。これが私の能力よ! 思い知ったか!」

「こ、このヤロ…こんなバリアくらいでいい気になりやがって…」

「ぶー! ハズレ! 残念でしたー! 私の能力はそんなんじゃありませーん!」

「は? だって現にお前」

「私の能力はね」

「…はっ!? こ、この壁の感じ…まさか!」

 そして思い知らされる。

 勇者とは、他の人物より圧倒的な能力を有する存在だという事を。

「このブザーを聞いたもの全てを洗脳出来る事なの!」

 そう。そうだ。

 この見えない壁。

 まだ異世界に来て間もない頃、ナンシーさんの宿屋で寝る時にマールが張っていた聖域の結界そのものだった。

 つ、つまり今この見えない壁を張っているのは…!


聖域(サンクチュアリ)。『日本人男性』の侵入を拒絶します」


 俺のちっぱい天使マールちゃんであった。





大吾さんの天敵はちっぱいではない人物やモンスターだと思われがちだが、実はちっぱい女子が一番の天敵だったのかもしれない説

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