大吾と異世界②
昼食後、俺たちは宿屋の代金の相場と調べる為あちこちを見て回った。
この時代にはインターネットなんていう便利ツールは無いので、自分の足で探し回らなければいけない。
昔の人の苦労が分かるのと同時にネットや電話の有難みと自分の体力の無さを痛感した。
車を乗るようになってからは本当に体力が減る一方だったし、今日のミノタウロス逃走劇で活躍した足も既に筋肉痛ですらある。
「大吾さん、やっぱり宿屋の条件をもうちょっと下げましょうよ。このまま宿屋が見つからないと、わたしたち野宿ですよ」
「くっ…。まさか異世界の宿屋事情がこんなにも悪いとは思ってもいなかったな」
まさに大誤算である。
モンスターが蔓延るファンタジー世界。当然それを狩って生計を立てる冒険者なども数多くいるのだが、その冒険者のほとんどは『個人』なのだ。
クエストに行く為にパーティーを組むことはあっても、街に帰ってきて、そして宿屋でまで一緒にいることはない。
故に一人部屋が殆どで、遠方から来た商人や護衛用に四人部屋がある程度で、丁度よく二人部屋を見つける事はなかなかに難しかった。
一人部屋を二部屋取るいう選択肢もあったのだが、一人部屋の利用者は大抵が冒険者で、ちょっと割り増ししても泊まるだろうという宿屋側の判断なのだろうか結構高めに設定されている。
しかし――、それはあくまで一般論であれば、だ。
「一人部屋でベッドがセミダブル以上の大きさで朝夕食事込みの宿屋ってなかなか無いもんだな」
「だから条件厳しすぎなんですってば! 大体なんでベッドが大きくないといけないんですか! シングルで十分じゃないですか!」
「シングルベッドじゃお互い重なって寝ないといけないから疲れも取れないかなって」
「何で一緒に寝る事前提で話が進んでるんですか! わたしお金ないので贅沢は言えませんが、一部屋借りて大吾さんがベッド、わたしが床でも全然いいって言ってるじゃないですか!」
「いや、俺なにか抱いてないと寝れないタイプだから」
「意外な一面! 正直わたしの財政難に付け込んで色々邪なことを考えてるのかと思ってましたが、そうじゃなくて安心しました!」
「俺ってばお互いの同意がなければ手を出さないタイプでもあるからな」
「大吾さんが鬼畜じゃないのは分かりましたが、それにしてもセミダブル以上のベッドで一人部屋なんて日本でもあまり見かけないと思いますよ」
「冒険者つったら筋肉モリモリの大男もいるしワンチャンあると思ったんだけどなぁ」
床に布団を敷いて寝るという風習がない国ではベッドの大きさで選ぶ冒険者も多いと思うのだが、そもそも寝れればいいと思って割り切っているのかもしれない。
「しょうがない。これから野営をしないといけなくなる可能性も考えて寝袋を一つ買って一人はそれで寝よう」
寝袋も正直あるとは思わなかったが、宿を探しているうちに武器屋などに置いてあったし、恐らくは転移者が商品化したのだろう。比較的安価で買えそうだった。
「そうですね。でも大吾さん、抱き枕無いと寝れないのに大丈夫なんですか?」
「寝袋に入ったマールを抱いて寝るから大丈夫だ」
「シュールすぎる上にわたし抱き枕扱いですか! 大体の予想はついてましたけど!」
「命の危機を感じたらジッパーを全部閉めて寝てくれ」
「既に危機を感じてますよ! むしろ寝袋に入って身動き取れない方が危険な気さえしてきました!」
そんなこんなでギャーギャー騒いでるマールを宥めつつ、俺は寝袋(3パルフェ5コーン)を買って宿探しを再開させた。今度は宿屋の条件下げたし大丈夫だろう。
そのついでにマールの服も買うことにした。
最早ファンタジー感が0に近い異世界でも天使っぽい布切れ一枚姿のマールは若干浮いてるので、何やら面倒事にならないうちに周りに溶け込んでおこうというわけだ。
マールは別にこの格好でいいと言うのだが、『何を着ても女神には変わりない』と言うと呆気なく折れた。扱いやすいちっぱい天使で助かったぜ。
ちなみにこの世界に来てからマールには天使の輪と羽は隠してもらっている。
いくらファンタジー世界でも天使はさすがにそうそういないだろうし、噂にでもなって貴族や国絡みになったら布教効果は抜群かもしれないが自由に動けなくなるからな。
面倒は避けて自由気ままにちっぱい女子と生きていたい、をモットーに異世界を生きていく。
その為の第一歩である拠点の宿探し。
ここでマールには一芝居打ってもらわなければならない。
俺がその事をマールに話すと『えぇっ!?』と顔を真っ赤にしていたが、俺たちが生きて行く為には仕方のないことなんだ、わかってくれ。
―――
宿屋『おやすみぐっすりネンネしな』。
街の中心部から少し外れている事もあって、街全体で高めに設定されている一人部屋でも一泊5パルフェと比較的定価で泊まれる宿だ。
更に一週間以上の長期滞在を前払いで支払うと朝食(お握り二個)が付いてくる穴場の優良宿。
正直この宿のネーミングセンスはないわーと思っていたが部屋も綺麗だし、大通りなどからも外れている事から静かでいいのでここにすることにした。
そんなネーミングセンスだけは残念な宿の主人ナンシーさん。
茶髪で巨乳、超絶美人で料理上手といった男受けしやすい女主人! などではなく、白髪団子頭にボンボンボンな体型のザ・おかんな女主人。
「それじゃホントに一部屋だけでいいのかい? 一か月も前払い出来るんじゃもう一部屋取った方がゆっくり休めるよ? こう言っちゃなんだけど、あんた達二人で寝れる程うちのベッドは大きくないし」
「いえ。一部屋だけで大丈夫です。まだ収入がどれくらいあるのか分からないですし、二人で節約していかないと」
なぁ? と俺の隣にぴったりくっついてるマールに話を振る。
マールは顔を真っ赤にしてカッチカチになってたが、俺が振ると髪を乱すような勢いで頷いた。
「そ、そそそそうですね。わたわたわたしも大吾さんと一緒の部屋の方が安心しますし、何よりその、彼女ですし!」
嘘下手くそかよ。
瞳がナックルボールみたいにブレブレじゃねーか。
宿代浮かす為に一人部屋を二人で使う計画で考案した俺の完璧な作戦がパァだよ。
ほら見ろ。ナンシーさんが超疑いの眼差しで、え?
「あら~。初々しい彼女さんで羨ましいわぁ。そういう事じゃしょうがないね! そだ、一か月も契約してくれるんだから大サービスで二人とも朝食つけちゃうよ」
おにぎりだけで悪いけどね、とガハハと豪快に笑うナンシーさん。
ネーミングセンスだけじゃなくて見る目も無かった。
正直あれこれ聞かれるのが面倒だったので助かったけど。しかも二人分の朝食まで! これは契約延長かしら。この後どうなるかはまだ分からないけど。
「それじゃ、えっと…一か月分だから、150パルフェだ」
「はい」
皮袋から金貨一枚銀貨五枚取り出してナンシーさんに渡した。
「はい確かに。じゃあこれ鍵ね。部屋は二階だから」
「ありがとうございます。じゃあ行くぞ。マール」
ナンシーさんから部屋の鍵を受け取ると、未だカチカチのマールの手を引いて受付を後にする。
マールは小声で『おにぎりが一個おにぎりが二個おにぎりが三個…』とおにぎりを数えていたが、とりあえず気にしないでおこう。
「あ、そうだ。お兄さん」
階段を上がろうとした時、後ろからナンシーさんに呼び止められる。
何か契約漏れがあったのだろうか。
「うち結構ボロで壁とか床とか薄いからね。夜はあんまり激しくしないでおくれよ」
何かとんでもない事言ってきた。
確かに俺とマールはそういう関係だって言ったからね。だから俺も正直に答えた。
「約束は出来ません」
その瞬間、マールの頭から湯気がボン! と上がった。
―――
「あぁ…、わたしは天の使いでありながらなんという嘘を…」
部屋に入るとヘロヘロとその場に倒れ込んでスンスン泣きだした。
このモードになると自分は天使であると認めてしまってるんですがそれは。
しかしそんな事よりちっぱい女子を泣かせてしまった。何という罪悪感。胸が張り裂けそう。
「悪かったって。金節約の為に同じ部屋でも怪しまれないようにしたかったんだ。でもあの人なら気にすることなかったな」
ごめんな、とよしよしする。
「じゃあもう恋人のふりはいいんですか?」
「まぁ街中じゃそんなに気にする事もないし、宿屋でだけそれっぽくしててほしいってのが正直なところだけど」
「夜も激しくしないんですよね?」
「いや、それは約束出来ない」
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!!!」
ビエーっと泣き出した。
ちょっとマールちゃん、声大きいって。周りに聞こえるってマジで。なので俺は正直に言う事にした。
「マールが俺の好みなのが悪い」
「今時珍しいくらいグイグイ来る人ですけど、今この状況で言う必要あります!?」
「いや、友達だと思ってたのに夜になったら雰囲気で一線越えちゃったって話よく聞くし、前もって言っておいた方がいいかなって」
「そんな話大吾さんのパソコンの怪しい隠しファイルの中だけですからね!?」
「おい。何でお前がそれを知っている」
「ひっ」
いかん。ちょっとどすが利いた声になってしまった。
預金残高見れるくらいだし、人のパソコンの中身見るのなんか朝飯前なのかもしれない。
しかし一人暮らしの男の厳重に保管された隠しファイルの中身を覗くとは天使としていただけない。お仕置きが必要である。
「大吾さんのお父様がパソコンを引き取る際に中身確認されてたので、見られちゃマズイと思って消しておいたんですが」
「ありがとうございますマール様。一生ついていきます」
一気に手のひらを返した。マジ天元突破するドリルレベルでの手のひら返しだ。
「さて」
改めて部屋の中を見てみよう。
この宿は全五室。全て一人部屋で俺たちは角部屋が取れた。他の利用客もいるかもしれないが、クエストにでも行ってるのか寝てるのか二階は静かだった。
そして内装。
木製シングルベッドと窓際にテーブルと椅子、壁から出ているフックは上着掛けだろうかシンプルな造りだった。広さも六畳くらい。
まぁ俺が前住んでた部屋も似たような感じだったし、無駄な家具がない分広く感じられた。
俺は宿探しのついでに買った寝袋とマールの服をベッドに置くと、テーブルの上に今の全財産を出した。
チャリリリン…っと一瞬で出た金額は約170パルフェ(17万円)。
一か月間家賃と朝食の心配をしないでいいと言っても結構ギリギリだ。クエストを受注するにも色々物入りになるだろうし、二人分の昼夜の飯代、風呂だって有料だろう。
「クエストも討伐は怖いし、採集だけじゃたかが知れてるかもしれないしなぁ」
ステータス・オープン、と言ってモニター表示する。が、再度見るまでも無くぱっとしない上にまだレベル1。
てかこの街の周りミノタウロスみたいなやつばかりじゃないだろうな。もしそうなら完全に詰みなんだが。
「…ん?」
そこで俺はある変化に気づいた。
現在の信者数:2
あれ。
信者が二人になってる。なんで? 今日異世界に来たばかりでこれといって何も――、あっ。
昼飯食ってた時にいたあの子供かもしれない。妹もいるって言ってたしそれなら辻褄が合う。
マールも女神がどうこう言ってたし、この二人はあの子供たちで間違いないだろう。
そうなると気になるのはステータスの増加量だ。確か信者の数だけ強くなるはずだが…。
青木 大吾 (24)【ちっぱいの神】
レベル:1
HP…150→152
MP…35→37
STR…30→32
DEF…60→62
INT…10→12
MND…60→62
DEX…5→7
AGI…50→52
LUK…2→4
スキル/なし
2増えてた(真顔)。
この増加量を多いと見るか少ないと見るか微妙なところだな。いや、多いのか?
つまり信者が一人増えればステータスが1増えるわけだ。
どういうシステムなのか正直まだ分からないが、あの子供たちはマールを崇拝したのに俺もステータスが上がっている。
マール=ちっぱいの女神=俺。つまり俺はマール(大混乱)。
「マール。お前もステータス上がってるのか?」
「…ふぇ?」
マールは部屋の隅で体育座りをしていた。忍ちゃんかよ。ドーナツあげちゃうぞ。
「いや、さっきの子供いただろ? 妹に串焼き持って行くって言ってたやつ。その二人が信者になってくれたっぽいんだけど」
「ホントですか!?」
ピッカァァァと今までの落ち込み具合が嘘のように目を輝かせて迫って来た。
おぉう。ちっぱい天使が目の前だ。可愛い。チューしたい。
「ほら。俺のステータス全部2ずつ上がってるだろ? だからマールも上がってるんじゃないかと思って」
「なるほど」
マールはふむふむ、と頷くとステータスをオープンした。
マール (20)【自称女神】
レベル:3
HP…80→90
MP…80→90
STR…15→17
DEF…20→22
INT…70→78
MND…110→118
DEX…55→59
AGI…35→39
LUK…200→210
スキル/天使の目、天使の羽、天使の輪、セイント・ショック
レベル上がってやがる。
しかもなにこの上がり幅の差。マールちゃん600族? 600族なの? 伝説級なの?
「ホントだ! キャー! やりましたよ大吾さん! わたし強くなっちゃいました!」
「ハハハ、そうね。よかったね」
やったーと抱き着いてくるマール。慎ましいお胸様が当たります。それだけで心の傷が全快した。
「この『セイント・ショック』ってのは?」
「あれ何でしょう? レベルアップしたので新しいスキル覚えたんですかね」
ポチッとな。
『セイント・ショック』
光属性の初級魔法攻撃。消費MP5。
ダメージ値は自INT、敵MNDによって変化する。
アンデッドモンスター特攻。
「魔法でした!」
「そうね。魔法ね」
別に羨ましくなんかないもんねー。だって俺今マールに抱き着かれてるし、ちっとも羨ましくなんか羨ましいいいいいいいいい!!!!!
なんで! なんでマールだけレベルが上がってスキルを覚えるんだ! 俺は何で1ずつしか上がらないんだ!
いや、待て。まだだ。まだ終わらんよ。
信者が増えれば俺も強くなれるんだ。マールが超絶なチートキャラってだけで俺もそこそこ強くなれるかもなんだ。
考えてみれば信者一人につき全ステータス1上がるんだから、もし国教レベルで信者が増えれば…って、この国はどれだけ人がいるのか分からないけど、例えば日本人口は、
約1億2400万人―――
勝った!
それだけで上がればさすがに天使であるマールには勝てなくても他の冒険者、モンスター、魔王には余裕だろう!
フハハハハハハッ! 一気にヌルゲー! 一気にチートキャラ! 一気にちっぱい(興奮)!
「よっしゃ! これで信者が増えればステータスが上がることが証明されたな! まだ夕飯には時間あるし、風呂のついでに布教しに行くぞ!」
「はい! 大吾さん! わたしたちの伝説はこれからですね!」
こうして俺たちはルンルンと腕を組んで街へと繰り出して行った。
おっと、マールには目立たないように着替えてもらわないとな。こんなチートな俺たちが王の目にでも止まったら大変だもんな。
打ち切りではありません。




