大吾とちっぱい天使②
「おっ…、ぐずっ…、おまたせ…っ、しまっ、しましたっ…」
えええ。
マールちゃん泣いちゃってるんだけど。どうしたのよ。
まぁ原因は一目瞭然で、マールの頭の上にはソフトボールくらいのデカイたんこぶがあった。それも二段。
俺との話し合い(女神仮昇格)を終えたマールは『ちょっと創造神様に長期休暇頂いて来ます!』と意気揚々とどこかへ飛んでいき、そして今帰ってきたらこの有様だったのだ。
泣いているちっぱい女子を見ているのは忍びないので、俺はたんこぶをよしよししながら優しくマールに問いかけた。
「創造神様に何て言って来たんですか」
「うっ、うっ…。わ、わたしっ、わたしはっ…女神にっ、なった、のでっ、ちょっと異世界導いてくるって…」
「…」
この子は創造以上のお馬鹿さんだった。よく今まで天の使いやってこれたもんだ。
「そ、創造神様は何て?」
「軽々しく女神を名乗るとは何事ですかって…。そんな子は罰を与えますって…っ。その世界で本当に一人前の女神になるまで戻ってきちゃダメだって…」
えええ(二回目)。
何そのハードル。正直国教となるのは時間の問題(俺調べ)だけど、創造神様ただ単にマールという天使の厄介払いしたいだけとかじゃないよね? こんなに可愛くて健気でそれでいて儚くちっぱくアホな子が厄介なわけがない。俺なら喜んで引き取るぞ。てなわけで。
「よしよし。じゃあ頑張って立派な女神様にならないとな」
「も、もうっ…わたし、女神っ、ですから…」
…あかん。何この可愛い子。思わず抱きしめたくなる。もちろん正面から。
―――
「お見苦しい姿をお見せしました」
暫くよしよししてたら頭の上のたんこぶは消え、涙も止まったマールは俺から離れた。
ちょっと残念だけど、いつまでもちっぱい女子を泣かしておくわけにもいかなかったので良しとしよう。
「異世界へはすぐに行けますけど、どうしますか?」
「ちなみに転移して速攻モンスターと出会うって事もあるんですか?」
「もちろん」
マールは間髪入れずに頷く。『いきなり魔王城内なんてミラクルもあります』と。
「そもそも俺、いや俺たちの目標はあくまでもちっぱ…、マール教の布教であって魔王云々、国家戦争云々、貴族の問題云々などは二の次三の次、寧ろ完スルーまであります」
「それはもちろんそうですが、崇拝者に勇者や王子、騎士、貴族の方がいらっしゃいましたらそれに答えなくてはなりません! 女神として!」
完全にアホマールに戻って目を輝かせてやがる。
まぁこっちの方が元気があって可愛らしいからいいけどさ。
「私は人々から崇拝される。あなたは――」
「…なにか?」
「いつまでも『あなた』では失礼ですね。これから共に支えあう仲間です! 大吾さん、とお呼びします。大吾さんもわたしの事を女神様とお呼び下さい!」
「距離感遠ざかってるじゃないですか。まぁ大吾さんでいいですけど」
「冗談です。気楽にマールでいいですよ。口調もそんなにかしこまらないで大丈夫です」
「そうですか。あ、そう、か。じゃあ、その、よろしく。マール」
「はい。よろしく。…あ。わたしは敬語の方がいいですか?」
「もちろんです」
キリッと即答。
金髪天使(女神)ちっぱい敬語のアホっ子キャラの属性の一角を崩すなど。そんな事はあってはならない。趣味丸出しである。マールは『じゃあ敬語のままで呼び方だけ大吾さんにします』と言ってくれた。素直なちっぱい天使は天使だった。
「異世界転移ものあるあるなんです…なんだけど、今の自分のステータスとかって見れるの? それともギルドカードみたいなのしか見れない感じ?」
「あっ。今すぐ見れますよ。大吾さんのステータス、オープン!」
パカッと料理に蓋をするクロッシュを開けるようにマールがコールすると俺の目の前にモニターが出てきた。まるでVRゲームである。
――って。
「人のステータス画面も開けるのか」
「あ、すみません。配慮に欠けてました。自分の心の中を勝手に見られるって事ですもんね。無神経でした」
とペコリと頭を下げるマール。うーん。マールはなんて素直ないい子なのかしら。そしてちっぱい天使。略してマルチテン。
なので俺はそんな頭をよしよしした。
「気にすんなよ。俺が聞いたんだし、どうせ見ようとしてたからな。でも気にする奴もいるだろうから他の奴は使うなよ?」
「はい。すみません」
「でも他の人に簡単にステータス見られるのはちょっと危ないな」
「あっ。その事なんですが、心配はご無用です」
「どゆこと?」
「普通は他人のステータスなんか開けないんです。本人が出してそのモニターを見る事は出来ますけど。でもわたしはスキル『天使の目』があるので他人のステータスを開け――」
ピタァとマールの動きが止まった。
「天使…」
「え?」
「わたし女神なのに天使のスキル使える…」
「あー…」
アカン。マールの目のハイライトが見る見るなくなっていく。早く何とかしないと。
「それは、あれだ。ほら。よくゲームとかでも進化とかクラスチェンジしても前覚えた技は覚えてたりするだろ? それと同じだよ。マールが天使だからじゃないよ」
我ながらナイスな返しだった。
「そうですよね! ちょっとビックリしちゃいました!」
マールは笑顔で目に光を取り戻した。何という純粋無垢。マルチテン。しかし胃がキリキリする。これは、恋? それても罪悪感?
「…っと、そうそう。俺のステータス確認しねぇと。異世界転移後即死じゃ話にならないからな。ここで今後の対策を練らないと」
なのでスムーズに話題を変えることにした。
青木 大吾 (24)【ちっぱいの神】
レベル:1
HP(体力)…150
MP(魔力)…35
STR(攻撃力)…30
DEF(防御力)…60
INT(魔攻力)…10
MND(魔防力)…60
DEX(命中力)…5
AGI(敏捷性)…50
LUK(幸運度)…2
えええええ。
何このそこそこ素早いけど防御特化なパラメーター。どういう戦術すんだよこれで、毒みがかよ。害悪キャラ待ったなしじゃねーか。てか幸運度2って。2て。
「そのモニター触れますので、下にスクロールすれば自分が今持ってるスキルが見れますよ。気になるスキルがあったらその文字をタップすれば詳細が見れます」
へー。
異世界転移も近代化の波に飲まれているのか。まぁ便利な方がいいもんね。時代に取り残されないようにしないとね。
そんなわけでスクロール。
スキル/なし
二度見した。
いないいな~い、ばぁ! たのしくなっちゃうな~あっ↑
ぐるぐるぐるぐる……はっ。つい現実逃避して教育テレビ見ちまったぜ。あ、すみません違います見てませんテレビ無いです持ってないですごめんなさいごめんなさい。
うん。もう一度ステータスを見よう。そうしよう。今度また頭にマラカスみたいなの付けた人形が出てきたら思いっきり引っこ抜く。
スキル/なし
うん。見間違いじゃないね。スキル持ってないね。
いや、確かにちっぱい女子がいればそれでいいみたいな事は言ったよ? でもさ? ちょっとはほら、期待? するじゃん? 男だしさ。異世界だしさ。チートでハーレムとかさ。
折角さっきマールに詳細の見方教わったのに全然生かせねーじゃねーか。終わったよ、父さん。ピアノソナタ月光弾いちゃうぞ。
「どうしました? 大吾さん?」
うん。マジで大誤算だよ。いつかは言うと思ってたけど思いの外早かったよ。
「いやね、俺スキルないって」
「えっ」
「この太い括弧は役職っていうか職業みたいなもんだろ? しっかり『ちっぱいの神』なのにスキルなしって。なして」
「ま、まぁスキルはレベルアップや日常の鍛錬、生活などで開花するので最初に持ってなくても気にすることないですよ」
だから、ね? と俺をよしよしするマール。マルチテン。心の傷が一瞬で全快した。
「職業もタップすれば職ボーナスみたいな詳細が見れますよ」
「マジで!? 見る見る!」
俺はマルチテンの言葉にインパルス0.1で反応し【ちっぱいの神】をタップした。
【ちっぱいの神】
ちっぱいを愛し、ちっぱいに愛される(可能性がある)神。
信者の数だけステータスがアップする。現在の信者は0。
自分の能力を一時的に相手に分け与える事が出来る。しかし分け与える相手は自分の信者に限る。
職ボーナス『ちっぱい特攻』…ちっぱい女子に対した時、STR、INT、DEX、AGIが元気100倍になる。ちっぱい大好き! 口より先に手が動く。
職ボーナス『ちっぱい慈愛』…ちっぱい女子に対し、攻撃を行う事は出来ない。ちっぱい女子は儚く尊い存在だから。優しく触れる事は出来る。
職ボーナス『ちっぱい弱点』…ちっぱい女子に対した時、DEF、MNDが0に、DEX、AGIが50%ダウンする。ちっぱい女子の仕草はいつだって一撃必殺。
職ボーナス『ちっぱい魂』…ちっぱい女子からHPが0になる攻撃を受けても必ず1だけは残る。ちっぱい女子の攻撃が起因としている二次以上の攻撃でも全て例外なく耐える。ちっぱいの神は倒れない。
「…」
「だ、大吾さん? え、ええっと…なんて言ったらいいか…」
オロオロするマール。一緒に俺のステータス画面見てたからね。そりゃあそういう反応にもならーにゃ。
大体なんだ、この職ボーナス。ボーナスじゃねーじゃん。減ってんじゃん。プラスボーナスの特攻も慈愛のせいで完全に亡きものになってんじゃん。唯一の救いはちっぱい女子にはやられないって事だけじゃん。
「決めた」
「え?」
そんな散々なステータスたちだったが、俺は奮い立った。
そう。全てはちっぱいを愛する信者がいればいいのだ。今までの感じからすると信者ボーナスも期待できないが、今から更に弱くなることはないだろう。
だとすれば話は早い。
俺はマールと向き合い、ガッと肩を掴んだ。
いきなりの事でマールはビクッとして目を見開いたが、俺はそんなマールに向かって、
「マール。俺はこれからどんどん信者たちを集めて強くなる。そして必ずお前を立派な女神にしてみせる」
と、力強く宣言した。
確かに俺は生前故24歳までこれと行ってスポーツもやってなかったし、勉強も出来たわけじゃないし、仕事だって可もなく不可もなくと平々凡々だった。
だが、事ちっぱい愛に関してだけは誰にも負ける気がしないと自負している。そんな俺が出来る事はちっぱいの良さを皆に知ってもらう事。それで皆がちっぱいを好きになってくれれば俺もパワーアップ出来るなんておまけ付きだ。こんなに俺に合った職業はない。やる気を目に宿られる。
俺の宣言と目の炎を受けたマールの花のように笑った姿は―――
「ならわたしは、いつだって大吾さんを導きます」
もう完全に女神であった。
そんなマールの笑顔を見て俺も笑う。
「そうだ。ちなみになんだけどマールのステータスも教えてもらえるか?」
「いいですよー。どうぞ」
マール (20/人間換算)【自称女神】
レベル:1
HP…80
MP…80
STR…15
DEF…20
INT…70
MND…110
DEX…55
AGI…35
LUK…200
スキル/
天使の目…相手のステータスを見る事が出来る。モンスター相手ならドロップアイテムを見る事も出来る。
天使の羽…毎秒1のMPを消費して飛ぶことが出来る。飛ぶスピードはAGIに比例する。
天使の輪…暗い場所でも光る。その為、虫モンスターからのヘイトが高くなる。
自称女神って。
俺はドキッとして横目でマールを見るが本人は『女神』がついてるだけで満足してるのは特に気にしている様子はない。いいのかそれで。お前がいいならいいけどよ。
「つか普通に強いな。俺なんか三桁のステータスが体力くらいしかないのに」
「まぁこれでも一応“元”天使ですからね。力は無い分、魔法力に優れている感じです」
「スキルも既に三つもあるし」
「元天使のスキルですよ。女神のスキルはこれから覚えないと」
「突っ込まないでおこうと思ってたんだけど、マール二十歳なんだな」
「人間としてならですけどね」
二十歳。
日本では成人であるが、マールはその童顔から全然二十歳には見えない。若さの秘密はちっぱいにある。
「……なんですか、その目は。わたしが二十歳には見えないって目ですね」
ムッとジト目をするマ―ル。マジマルチテン。
「まぁ、そうな。もっと若いんだと思ってた。上に見られるよりいいだろ?」
「そうですけど大吾さん? 大人のレディに向かって失礼です」
「俺は自分を偽らない」
「自分に正直ですもんね。もう大吾さんがどういう人なのか分かってしまった自分が恐ろしいですが」
「まぁな。うし。じゃあステータス確認も出来た事だし、…あ。そういえばこれも異世界転移あるあるなんだけど、向こうの金とか言葉とかってどうなってるんだ?」
これも重要だよな。
いざ異世界へ。しかし金がない。運よく後輩女神の信者から金を借りれるとは思えないし、言葉にしたって脳に負荷をかけられる。
「言語は問題ありません。普通に会話出来るようにしておきます」
出来る女マルチテン。
「お金に関しては、生前の貯金を異世界換算してお渡し出来ます。現代のお金はご家族が相続されるでしょうし、減りはしないのでご安心を」
助かります。まあ二十代会社員で一人暮らしの貯金なんてたかが知れてるけどな。
「その他いるものってあるのか?」
「んー。多分大丈夫だと思いますけど、転移先によっては身分証がないと入れない街とかがあるらしいので、何か身分を証明できるものがあればいいかと」
「日本の身分証でも大丈夫なのか?」
ファンタジー世界の住人がいきなり運転免許証見せられても困っちゃうと思うんだけど。街の門番が『車何乗ってるんだ? 俺プリウス』とか言ってくるの?
「大丈夫です。向こうの世界でもちゃんと分かるようにしておきます。転移者に安心安全をお届けするのがわたし達天使…、女神の役目です」
「今自分で天使って」
「言ってません」
「でも確かに」
「気のせいです」
うん。まあ何にせよ身分が証明出来るものがあれば後が楽なんだな。
マールの話によれば、ギルドに行ってギルドカードを発行出来れば身分も証明できるしクエストも受けられるのでそっちの方がいいに越した事はないのだが、ギルドがあるのはそこそこ人口が多い街に限るので転移先が辺境の村だったりするとギルドに登録できないし、やっとの思いでたどり着いた街も身分証が無ければ入れない街だったというケースも少なからずあったらしい。
正直面倒な所には転移したくないのだが、俺の運(2)じゃフラグにしか聞こえなかったが、マールは200あるので二で割れば101だ。ワンちゃんある。
「あ。でも俺今何も持ってない」
「大吾さんは家にいる時に亡くなりましたからね」
基本装備の携帯と財布、時計も外出用だし服も部屋着だし。
「でも安心して下さい。場所さえ分かればわたしが取り寄せできます!」
フンヌとちっぱいを張るマール。尊い…尊い…。拝もう。拝んだ。
「じゃあお願いしようかな。俺の部屋にテーブルがあって、たしかその上に置いた記憶があったりなかったり。ちなみにカード入れの一番上に入ってる」
と言うとマールはふんふんと言って服(?)の胸元をもぞもぞし出した。さっきも創造神様から貰ったカードを出してたけど、そこがポケットなのだろうか。最高かよ。俺は目を逸らさないでじっと見つめた。
暫くすると目当ての物が見つかったらしく未来のロボットのようにポケットから取り出した。ありがとうございます。ありがとうございます。
「…」
「…」
「…えっと」
「ん?」
「身分証、これにするんですか?」
「え?」
そういうマールの手元には光り輝くゴールドカードがあった。
あれおかしいな。運転免許証ってあんなキラキラだったっけ。ゴールド免許はあるけど期限の所だけだしな。と、思ってマールの手元を覗いてみると。
【 ちっぱい専門店スレンダー ゴールド会員 DAIGO AOKI 】
そこには確かに身分証があった。夜の店限定のだが。
その後お互い無言になったが、マールは何も言わずにちっぱい胸元から取り出したその会員証をそっと俺に渡してくれた。大切にします。
「で、では! 準備も出来ましたしそろそろ行きましょうか! わたしの女神としての偉業を果たすべく!」
「そ、そうだな! 世界の国教を変えるべく!」
夢と冒険とちっぱい女子の待つ世界へ! レッツゴー! パソコンから傷薬引き出さないと。
てな感じのノリで続きます。次回は完成次第投稿します。