表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

例えば本の隙間にも。

作者: 佐々雪

 妻の浮気の相手は、ホストのような名前の男だった。


 それが本名かどうは分からない。

 私に分かるのは、彼のLINEの登録名がそうであること。彼が私の妻と一線を超えていること。そして彼が私の妻のことを、雌豚と呼んでいることだけだ。


 彼女が浮気をしていることは、薄々感づいていた。

 高い服を良く着るようになった。夜の外出が増えた。私はそれらをすべて、見てみぬふりをしていた。ここのところしばらく仕事が忙しくて、それどころではなかったのだ。


 だから昨夜だって、積極的に彼女のスマホを盗み見しようとしたわけではなかった。室生屑星の『蜜のあわれ』の続きを読もうと、ソファにある本を手に取ろうとして、そのときに彼女のスマホの画面の通知に着信メッセージが通知されただけだった。彼女は普段はメッセージの表示を切っているので、今日はたまたま切り忘れたのだろう。


 不思議と、怒りや悲しみは湧いてこなかった。ですよね、と思ったが、そのメッセージを眺めているところを、彼女に見つかってしまった。


 泣きながら謝罪する赤い服を着た女は、次第に私の過失を責めはじめた。仕事が忙しくて寂しかった、とのことだった。私はそんな雑な言い訳はどうでも良くて、彼の名前が本名でないとすれば、そのセンスは一体どういうことなんだろう、ということを考えていた。


 女の話はこれくらいにして、死の話をしてみよう。

 それは特別なデートのようであるべきではない気がする。朝飯のときに牛乳を飲もうと冷蔵庫を開けたときに、その中にいたことがある。スーツを着て会社に向かう途中にポケットの中にみつけたこともある。だらしない女の髪留めのゴムが、部屋中のいろんなところに散在しているのと同じようなものだ。


 私は女に気づかれないように、本を片手にこっそりと家を出る。

 まだ色づいていない明け方の空気を吸い込む。白みがかった空は、本を読むのに丁度よい。電車の見える公園のベンチで、先ほどの続きを読む。これはとても面白い小説だ。頭の中を作家さんのイマジネーションで蹂躙されていくのが心地よい。


 電車が通り過ぎる。始発電車はもう動き始めているのか。

 私は読みかけの小説を膝の上に置くと、スマホを取り出す。雌豚からメッセージが大量に届いているようだ。私はそれを開く代わりに、LINEの設定画面を開く。そして自分の名前をホスト名っぽい感じに変えてみる。いつもの自分のアイコンに、ホストっぽい名前がついている。何だか強そうだ。その違和感に一人でげらげらと笑う。いっそ名前に合わせて、アイコンの写真を光でとばして白くしてみる。それっぽくなったので、それを見てまたゲラゲラと笑う。


 そしてふとした思いつきで、スマホを一時間ほどポチポチといじくる。


 私はスマホをポケットにしまい、本の続きを少しだけ読む。本の読みかけのページに人差し指をはさむ。ベンチから立ち上がり電車のホームに向かうと、いつもと逆方向の急行電車が目の前を通り過ぎる。


 そういえば今日は自分はホストだった。

 会社にいかなくても良かったことを思いだした私は、ホームのベンチにすわり、次の電車を待つ。本の隙間から人差し指を抜きとると、隙間にいたものが、惨めったらしい私をささやかに殺したような気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 妻→彼女→女と変化するところ。 徐々に他人になりますね。 (そういう意図で良いですよね? 深読みすぎ?)
[一言] 浮気相手は主人公??
[良い点] いきなりのNTR展開と言うのは否が応でも期待でテンションMAXです。(何がとは言わない……) [気になる点] これは難しい。というのも、この短い文章でサスペンスとサイコホラーとコズミックホ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ