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私のわがままな異世界転移   作者: とみQ
ピスタの街編
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2-6

コトコトと荷馬車に揺られ、私達は街頭を行く。

普段からこの道を行く人の数は少ないのか、そこまで整備された道ではなかった。

時折大きな石を踏みつけては荷馬車はガタンと大きく上下し、その度に中で私達は小さく悲鳴を上げるのだ。

お世話にになったネムルさん達と別れ、もう小一時間ほどが経っていた。

異世界の初めての土地、初めての景色。

そう言えば聞こえはいいが、目に映る景色は特に目新しさを感じるようなものではなかった。

木や草花の種類に詳しいような人ならば、おそらく新種であるだろうそれらに歓喜するのではと思わなくはないが。

残念ながら私はそういった知識には疎いのだ。

それは他の三人も同じらしく、外の景色に大変興味がある、といった風な者はいなかった。

美奈が目を細めながら外からの風を涼しげに頬に受けている。

その表情はとても心地よさげで。月並みな感想かもしれないがとても可愛らしい。

彼女の愛らしさを想うだけで胸が幸せで満たされてご飯三杯はいけるのだ。

そんなしょうもないことを考えつつ、彼女の微笑みに癒されながら、先日のことを思う。

美奈がグレイウルフの毒にやられた時は本当にどうなることかと思った。

もしかしたらここにはもういなかったかもしれないのだ。

不遜なことを考えながらいかんいかんと首を振る。

不意に美奈と目が合った。

彼女は私と目が合うなり、小首を傾げたかと思うと思いきり破顔して笑顔を向けてくれる。

そんな仕草がまたとてつもなく愛らしく、可愛い。

何にせよ、この笑顔を守れたということが、今の私にとって、この異世界でかけがえのない、最高の成果だったと素直に思えるのだ。

私はこの先どんなことがあってもこの笑顔だけは守りたい。

キザなセリフかもしれないが、密かに私はそんな決意を確かに胸に刻みながら、美奈の微笑みにそっと頷きで返すのだった。


「ねえ、ちょっと待って」


突然向かいに座る椎名が声を上げた。

それと同時に馬車が止まる。


「みなさんっ、魔物です!」


御者台で馬車のたすきを握るフィリアが叫ぶ。

私は窓からそっと顔を出し、前を見た。

するとそこには今しがた思考の中にいたモンスター、グレイウルフが道を塞いでいた。

灰色の毛並み。獰猛な牙と魔力の宿る赤い瞳。

低いうなり声を上げながら、こちらに殺意の籠るまなざしを向けている。

その数七匹。


「迎え撃とう」


「待ってくれ」


「???」


剣を携え馬車の外へ出ようとしたアリーシャを私は手で制した。


「アリーシャ。ここは私達に任せてもらえないか?」


不思議そうな顔をするアリーシャにそう告げると私は馬車の外に躍り出た。


「椎名、工藤。行くのだ。美奈は能力的に戦闘タイプではないのだ。馬車の中にいてくれ」


「あ……うん」


ついて来ようとする美奈は制しておいた。

今の私達なら一人でも問題なく倒せる相手で、勿論それは美奈も例外ではないとは思う。

だが以前毒に苦しんだ経験を与えた相手を前に戦うことが、そう気分のいいものではないだろうとは思うのだ。

いわゆるトラウマというやつだ。

よってこれは美奈に対する私なりの配慮であった。

だがそんな私の配慮にため息混じりで馬車から降りてくる者がいる。

もちろん椎名だ。


「ほんと隼人くんて椎名づかいが荒いわよね。美奈には甘々なクセに」


彼女は大袈裟にため息を漏らし、自分が美奈と違って戦いに駆り出されたことに不満を漏らした。

そんな彼女を横目で見つつ、私はフッと笑う。


「すまないな、椎名。毎度のことながらまた頼りにさせてもらうのだ。それに、お前の風の能力は早めにアリーシャにも見てもらっておいた方がいいかと思ってな」


こんな時は彼女を必要以上に持ち上げるのがベストだと考える。

案の定彼女は満更でもないような表情で頬を赤らめる。


「べ……べつに……このくらいどうってことないけどさ」


椎名は頬は赤いまま、腕を組んでそっぽを向いた。


「うっし! んじゃいっちょ、やってやりますかっ!」


工藤はというと、やる気満々なご様子で、拳を胸の前でバシッと一つ打ちつけた。

ニヤリと笑んだその表情には自信が満ち溢れ、歴戦の戦士のような頼りがいを感じさせる。

グレイウルフに対して臆するようなことは全くもってないだろう。

こういう時は好戦的な彼の性格が地味に助かるのだ。


「うむ。ではリベンジマッチといこうではないか」


私は背に負ったツーハンデッドソードを引き抜き、正眼に構えてグレイウルフを見つめた。

いつの間にかやつらはジリジリとこちらににじり寄ってきていた。

もう彼我の距離は三メートルほどにまで迫っている。


「グルルル……」


先頭のグレイウルフが低く唸った。

強い殺気に当てられてか、無意識にゴクリと喉が鳴る。

アリーシャをちらと見ると、彼女は私に言われるままに馬車の窓からこちらを伺い見ていた。

それにより胸には多少なりとも緊張感が駆け抜ける。

修行中もそれなりに魔物とは戦ってはいたが、少し状況が違うのだ。

アリーシャは間違いなく剣の達人。

そんな彼女に戦いを見られるというのは、試験のような心待ちがして鼓動が速くなってしまうのだ。


「余裕余裕。こんなやつ、もう過去の遺物よ」


「いや……遺物ではないが」


私の心待ちを知ってか知らずか。不意に椎名がお気楽な声を上げた。

それにすかさずツッコミを入れつつも苦笑する私。

コイツはいつもそうやって、なんでもないような振りをして。

それでも心が少し軽くなったのを自覚して、私も随分単純だなと思う。

私はふうと短く息を吐き、そして吐き出した。

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