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私のわがままな異世界転移   作者: とみQ
第7章 『想い』は誰にだってあるから
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「か……はっ……」


その膂力に声にならない呻きを上げるメル。

サマエルはニヤリと笑む。


「ま、まずは……こっち」


自分の身に起こった事を理解する間も無く血流を阻まれ息を強制的に止められる。


「メル……ちゃん」


彼女の名前を呼ぶも美奈の体は一向に動いてはくれなかった。

四肢が震え、血の気が失せ、身体のあちこちに痺れが走り、思うように動かせないままだ。

流石の美奈もその表情に絶望の色を滲ませていく。

魔族というのはいつもそうだ。

いつも幾重にも罠や戦力を張り巡らせては徐々に、だが確実に自分達を追い込んでいく。

アダマンタートルを倒し、メデューサを倒し、一度退散したかと思いきや自分達の様子を観察し、心を折りに掛かろうとする。

だがそれでも美奈は諦めるなどという事はしない。

勿論希望も捨ててはいない。

何故なら彼女は決して一人では無いのだから。


「……ん?」


突然サマエルの吐く息が白くなり、身体がパキパキと無機質な音を立てて結晶化していくような感覚が走った。

フィリアはこの戦いの中で少しずつではあるが自分の、魔族であるポセイドンから得た力を本当の意味で使いこなし始めていた。

しかしそれでもサマエルは動じる事は無かった。


「き、君か……。う、煩いよ」


サマエルの右手がゆっくりとフィリアに向けられた。


「え?」


その直後、フィリアの視界は反転した。そして身動きも取れなくなってしまったのだ。見れば自身の体は教会の天井に埋め込まれていた。


「ご……ふっ」


「フィリア……っ!?」


「じゅ、順番が逆になっちゃったじゃないか……ヒヒッ」


フィリアの身体は無理矢理建物の中に埋め込まれたのだ。

それにより相当な重量の負荷が掛かり、五臓六腑は軋みを上げる。

内臓が圧迫され、口から血を吐いた。

彼女の意識はその痛みと圧力によりあっさりと飛ばされてしまったのだ。

それを確認したサマエルは最早フィリアには興味を無くした玩具のように目を逸らし、再びメルの方へ向き直った。


「ひっ!?」


「き、汚いなあ……」


サマエルの獲物を狩るような視線に!メルは恐怖で涙を流し、ガクガクと震えながら失禁した。

歯がガチガチとぶつかる音だけがやけに教会内に響いた。


「やめ……て。その子は関係ない」


絞り出すように懸命に声を発する美奈。

その申し出にサマエルは意外にもピタリと動きを止めた。


「か、関係……無い?」


サマエルがおもむろに美奈に掌を向ける。そうしただけで美奈の体は中空へ移動し足場を失った身体はそのまま自由落下して床に叩きつけられる。


「……っ!」


五体満足な状態ならば大したダメージになるような事でも無いが、如何せん今の美奈は腕に重傷を負い、マインドの枯渇により意識も朦朧としている。

これくらいの事ですら十分な攻撃となってしまうのだ。

そもそも先程から立ち上がる事すら出来ていない。

こんな状態では戦いにすらならない。

五体満足だったフィリアですら一瞬で戦闘不能にされてしまったのだ。

美奈などいつでも料理出来るという事だ。


「ご、ごちゃごちゃ口を挟まないでく、くれるかなあ……。ま、魔族にとっては人間は等しく家畜なんだから、お前たち人間のエゴをお、俺たち魔族に向けるなよ」


「……メルちゃん、逃げて……」


「は? に、逃がすわけないよね……!?」


サマエルの指先から爪が急激に伸びて、その先端がメルの肩口を貫いた。そのまま伸びた爪は床に刺さり、メルは簡単に磔にされてしまう。


「いっ……痛いっ! 痛い!」


美奈は戦慄していた。

正直このサマエルという魔族を侮っていた。

メデューサという派手な魔族の脇に隠れて見落としていた、と言ってもいい。

この魔族、一見おどおどとしていて弱そうではあるが、それは決して弱いからじゃない。

その強さに溺れる事無く過度に慎重にその時を待つのだ。

十回戦えば六、七回勝てる、そういった勝負はしないタイプ。

どう考えても自分が勝ちを確信した時だけ、自らが前に出て相手を徹底的に蝕むのだ。


「ヒヒッ、つ、次はどこにしようかなっ?」


更にもう一本の爪が伸びて今度はメルの左足、その太腿を貫いた。


「ああっ……! ひいっ……いっ痛い !痛いよぅっ!!」


「ヒヒヒッ、い、痛いか? いい声だねっ。ヒヒッ」


「く……もうやめてっ……!」


悲痛な叫びを上げるがそんな話が通じるような相手ではない。美奈にもそれは分かっている。

だが、だからと言って叫ばずにはいられなかった。


「ヒヒヒッ、ああっ……愉快だ !本当にゆ、愉快だっ! な、何も出来ない勇者を尻目に弱者をいたぶる。……ヒイィィィィ……さ、最高だっ!」


そうしてもう一本、今度は脇腹にその爪を突き立てる。

メルは終始、その痛みに耐えきれず、嗚咽と共に叫び続ける。

教会の中に木霊する血飛沫の音とメルの泣き叫ぶ声。

それを愉快に笑うサマエルの声。

その三つの和音が美奈の心を抉る。

苦しみで吐き気がして胃液がせり上がってくる。

もう随分食事をしていないのに美奈はその凄惨な光景に嗚咽と共に吐いてしまう。

そんな彼女を汚物を見るような目で一瞥した後サマエルはニヤリと笑った。


「そ、そろそろ終わりかな……ヒヒッ」


こんな時の魔族はいつも心底愉しそうだ。

ピスタの街でもそうだった。

あの時の状況と今の状況が似ていて、美奈の頭の中でリフレインする。

あの時も自分はただ見ている事しか出来なかった。

目の前で大切な人が傷ついていくのを泣きながら見ていただけ。

あの時も魔族に強い嫌悪と侮蔑の念を抱かせられた。

あの時も美奈は震えて、失望して、恐れる事しか出来なかったのだ。

そんなのは絶対に嫌だ。


「く……動いて……私……」


だが美奈はそんな状況にありながら、諦める気持ちにはなれない。

言葉と共に、加速度的に美奈の心が変化を遂げていく。

胸の中に大きな光が生まれつつあった。

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