ドリアードの想い2
「違う……私は決してそんな事は望んでいない!」
私は思わず立ち上がっていた。
そこで気づいた。
私の体は全て元通りになっているではないか。
荒い息をつきながらこの人間の女は私の次の言葉を待っているかのようにこちらを見つめている。
その全てを達観したような瞳が私の胸を一層ざわつかせた。
そして私の頭のスイッチがパチンと弾け、ここまで押さえつけていた激情が津波のように押し寄せた。
「こんな事はっ……私は全く望んでなどいないっ! 私はこのまま滅びゆく運命だったのだ! 人間ごときが私の運命をねじ曲げようとするなっ!」
無意識に身体が震える。
興奮が抑えきれないのだ。
私は自分の中にこんな激情がある事に驚きながらも叫ばずにはいられなかった。
このままいっそいなくなってしまえばいいと、そう思う気持ちは私の本心だと。自分自身にも強く言い聞かせるように。
身体は猛り、熱を帯びている。周りには強い圧を撒き散らし、獣のようだ。
だが目の前の女は、そんな私の激情に何ら怯える事もない。
辛そうではあるが、瞳には強い光を讃え、その全てを見事に受け流して見せた。
まるで私の全身全霊の一太刀を華麗に捌ききる剣聖であるかのように。
そこには深淵の如く底の見えない、私などには計り知れない程の強さがあったのだ。
「あなたは自分に嘘をついてる。あなたは本当は凄く優しい人。戦いで自分の本心をごまかしているだけなんじゃないかな? もう、気づいてるんでしょう?」
「ぐぬっ……」
完全に私は翻弄されていた。
言葉にはこれ程の力があるのかと。
どうしても、どうやっても自分の道を引き戻されるような感覚がし、懸命にそれに抗おうとするも、私が違えていると諭すように彼女から放たれるその煌々とした輝きの前で、初めて自身の無力というものを感じたのだ。
だが、だからと言ってそれを易々と受け入れる心持ちになどならない。
今まで積み重ねた圧倒的な量の時間が、その質量を伴って私を彼女の意図するそれとは違う方向へと導いていく。
「うっ……があああああああああああああああっっっっっっっっっっ!!!!! ……っ煩い煩い煩い! 貴様ぁっ!!! これ以上っ! これ以上喋るなあぁっ! これ以上喋るとっ……!」
雄叫びのごとく叫び声を上げた瞬間、自分の胸の中を衝撃的な震動が突き抜けた。
「がっはあああああああっっっっっっっ!!!」
「ドリアード!!」
私は盛大に口から大量の血液を撒き散らした。
今まで後方で事の成り行きを見守っていたメル。
見れば体中を私の血液で濡らし緑色になりながら、いつにも増して心配そうな面持ちで私の体を受け止めた。
私は体の力が入らず前のめりに倒れそうになるのを既の所でメルに抱き止められる。
不思議なものだ。
私はこんな時においても、自分の身体がこんな状態になった事よりも、メルがいつの間にか私の体を支えられるようになった事に対する驚きの方が勝っていたのだから。
あんなにか弱く小さかった子が、こんなに力強く成長していたのかと。
「ドリアード! ドリアード!」
「……」
必死に何度も私の名前を呼ぶ声がする。
答えてあげたくとも、もう私は口を動かし声を発するという事さえ億劫になっていた。
唐突に訪れる最期の時。
結局私はどのみちここで終わる運命だったのだ。
余計な横槍を入れられなくともここで滅んでしまう。
ただあの女に一度体を再生してもらわねば、こうしてメルの胸の中で終わっていく事は出来なかっただろう。
そういった意味では感謝せねばならないのかもしれない。
「ドリアードォ! ドリアードォ!!」
力の限り叫んでいるが耳元で響くその声すらも最早遠くで聞こえる。
血が流れすぎて視界の殆どが緑色だ。メルの顔が目の前にあるがそれすらもぼやけて霧掛かったように見えなくなっていく。
身体の感覚が薄れ、四肢の存在も感じられず、意識だけがここに在る。
死とは果たしてこういうものなのか。
これでいい。
私はもう、終わるのだ。
そうだ、最期に一度、この子の名前を読んでやろう。
喩え耳が聴こえなくとも、瞳に何も映らなくとも、声を発する感覚を喪おうとも、この手に残る彼女の温もりが消え失せようとも。
何千何万回と呼んだ、繰り返し発したこの言葉くらいはきっと言えるだろう。
それは私にとって、どんな些細な行動よりも簡単で、息をするよりも自然な事なのだから。
「メ……ル」




