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私のわがままな異世界転移   作者: とみQ
第7章 『想い』は誰にだってあるから
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ドリアード3

ライラが去り、ドリアードは再び一人きりの時を過ごす事となる。

それは結局昔に戻っただけ。ただそれだけの事なのであるが。

何をしていても空虚な時間が過ぎていった。

一人でいた時は一度たりともそう感じた事など無かったというのに、一度経験してしまうと不思議なものだ。

こうもやる気が起きなくなってしまうとは。

最早剣を振るう事も無く、剣を打つ事も無くなった。

魔族である自分が酔うという事は無いが、気がつけぱ毎日酒を飲むようになった。

口から何かを体に取り込む、という行為が何故か気を紛らわせてくれるのだ。

そうしてまた幾日もの日々が過ぎていった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


とある晩の事。

インソムニアでの生活もドリアードはすっかり慣れきっていた。

夜の時間というのは静寂と暗闇を連れてくる。

百年も前はそんな環境が当たり前で、それが居心地良かったように思う。

しかし今はどうだ。

この静寂の中にいると何故か色々と物思いに耽ってしまう。

今の自分自身の事。

ライラと剣を交えて過ごした時の事。

もっと前、人々に殺戮の限りを尽くしていた頃の事。

そのどれもが取り留めの無い事で、考えたからどうという事も無い事だ。

しかしこの夜の静寂というものがそんな考えても無意味な事を思い出させる。

そうして眠る事も無く(実際魔族は眠る事自体必要とはしないのだが)ぼうっと教会の天窓からインソムニアの空、地下の天井を眺めていた。

その時教会の外で人の気配を察知した。

ドリアードは性分とでも言おうか、この数百年ひっそりと身を潜めて暮らす事が多かったからか、自身の周りにいる様々な気配に敏感になったのだ。

初めは数百メートル離れた場所にいたその気配が、徐々に近づいて来るではないか。

一瞬自分を狙って何者かが襲撃に来たのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。

そこには敵意といったものを感じないのだ。

だが声はやがて教会の外、建物のすぐ側までやって来た。

しばらく気配を殺し、息を潜めていると、人の声がして何事かぶつぶつと呟いている。

少し泣いているようにも聴こえる声。

しばらく聞き耳を立てる。

別に教会に入ってくるような事があれば精神世界に逃げてしまえばいいのだ。

心配する事など何も無い。

ドリアードはじっと身を潜めていた。

やがてその気配は遠ざかっていった。


「……?」


一つの気配は完全に消えたものの、教会の扉の前にある気配が一つ、残り続けている。

他に気配が無いのを確認し、念のためもう少しだけその場に留まる。

すると急に人の泣き声が外から聴こえてきた。

かなり大きな泣き声にドリアードは肝を冷やし、直ぐ様声の方へと走っていった。

これは人間の子供の声だ。

教会の扉を開き表へ出ると、そこには獣人の赤子が置き去りにされているではないか。

こんな時間にこんな場所で騒がれては面倒だと思い、ドリアードは咄嗟にその赤子を殺してしまおうかと考えた。

しかし不思議な事にその赤子はドリアードの顔を見た途端に泣き止んで笑顔を浮かべたのだ。


「メル……」


赤子の傍らに羊皮紙が置き去りにされており、それだけが記されてあった。恐らくこの子の名前だろう。

おもむろに手を差し伸べるとその赤子はドリアードの人差し指をその小さな手でぎゅっと握った。


「……」


それは想像していたよりもずっと柔らかく、それでいて力強い感触だった。

その時ドリアードの中によく分からないものが生まれた。

しこりのような、いや、もしかしたら身体の中に一種の毒のようなものが産まれたのではないかと思わせる程の奇妙な感覚、とでも呼べばいいだろうか。

しかし気がつけばドリアードはその赤子を腕に抱き、何故かその顔から目が離せないでいたのだ。

ほんの出来心、と言ってしまえばそれまでかもしれない。

自身の中にやろうと思える事が何一つ見つからず、最早生きる事さえ流れゆく景色の中に風化してしまったような状況で、ドリアードはこの獣人の子供を育ててみようと思ってしまったのだ。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


それからのドリアードは今までの時間の星霜が嘘だったかのように緩やかな毎日を過ごした。

一日一日がまるで新しい創生の日であるように。

毎日が新鮮で、刺激的だ。

メルが何かをする度に胸がざわつき、かと思えば時に凪いだ水面のように澄んだ安らかな時間を与えてくれる。

メルの笑顔はドリアードの中にある得体の知れない何かを強く揺さぶった。

人と共に暮らすようになった事でドリアード自身も人の生活というものを手にする事になった。

メルを育てるために自身が鍛えた剣を売りに出し、その資金で生計を立てるようになった。

一人で暮らしていた頃は別に食事など取らなくても困る事は無かったが、人はそうでは無かった。

一日というごく短い時間の中で三度は何か食べないといけないし、夜になれば眠らなければならない。

何か食事を用意するためには金がいるのだ。

更に産まれて間もない人というものはとにかく単体では何も出来ない。

ほんの数分放置しただけで泣き喚くし、煩いので精神世界に放置してみたら一日もすればヒクヒクと痙攣し、力果てるような感じがあったために慌てて抱き上げミルクを飲ませた。

とにかく自分が全ての事を賄ってやらなけれぱ容易に命を落とす事になるようだった。

産まれた瞬間から単体で動き回れる魔族とは全く異なる存在である。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


悪戦苦闘の日々。

そんな時間を過ごしていく過程の中で、街の人々と少しではあるが会話をする事も増えた。

まあ武具屋の店主や飲食店の店員などと話すうちに顔見知りになった程度ではあるのだが、今まで全く人と接触を持たなかったドリアードからすれぱ劇的な変化と言えよう。

それに加えて武器屋の店主とは新しい武器を作れないかなどの他愛もない会話や商い的なやり取りもするようになった。

名をオルドと言い、お互いを認識するようにもなった。

ドリアードにとって他者とこういう間柄になるという事は同種の魔族も含めて今まで生きてきて初めての経験であった。

近しい間柄と言えばライラも確かにそうであったかもしれないが、剣を通じての意志疎通以外では殆ど交流を持たなかったのだ。

魔族である自分が人の生活に溶け込んでいく。

滑稽なようではあるが案外溶け込んでみればそれほど大した事でも無いように感じた。

このように人は緩やかに他者と交わりながら年を取り、やがて終わっていくのだろうか。

ドリアードの中に、そんな答えの無い問い掛けが生まれていた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


メルもそれなりに大きくなり、自我が芽生え始めていた。

普段の生活の中で会話も出来るようになり、どういう理由か最近は色々と生活の手伝いなどもするようになった。

体も最初は自分の膝位の大きさしかなかったのに今では腰程もある。

ドリアードの感覚からすると、つい先日まで乳飲み子だったと思っていた存在が、こんなにまで成長したのだ。

こうして改めて生活を共にすると人の成長とは目覚ましいものだ。

そう思うと同時にドリアードの胸は、何かしこりが引っ掛かりを作っているかのようにむず痒くなった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


その日の晩、盛大に吐血した。

思わず精神世界に飛び込んだので教会に緑色の血を撒き散らすという事は無かったが、流石に目の前に大量の流血が広がるといよいよ自分の死期が迫っている事は最早免れようの無い事実だと受け入れざるを得ないと感じる。

ドリアードはしばらくその場で考え込んでしまう。

何を?

そんな事は分かっている。メルの事だ。

このまま自分がいなくなってしまえばまだ幼いメルをどうするのか。この期に及んでそんな馬鹿げた事ばかりが脳裏にちらついて動けないでいた。

自分は一体何を下らない事を考えている?

ふと我に返り、冷静になる。そしてそんな考えに行き着いた。

身体の状態はいつの間にか良好に戻っていた。

無駄に時間を費やし馬鹿げた事に思考を割いたと思った。

そして現実世界へと戻ってくる。

精神世界では数時間その場に留まろうが、メルが寝ている教会はほんの数分しか経っていない。

だから自分が精神世界に数時間留まった事は大した問題にはならない。

メルも自分がいなくなっている事は気づいてもいない。

ドリアードはそのまま眠りにつくメルの側に腰掛け、その寝顔を眺める。

夜とは本当に静かなものなのだなと思った。

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