ドリアード1
ドリアードという魔族は三級魔族である。
五百年前の人類と魔族の大戦の時にも彼はいた。
三級魔族と言えば魔族の中でも少数派の部類に入る。そして並の人間では到底敵わない程に強い。
彼は人を舐めていた。
そして自身の強さに自惚れてもいた。
だがそれが過信であったと気づかされたのは、同じ種族である魔族ではなく、一人の人間と合間見えた時であった。
彼と対峙した時、直感的に他の人間とは違うと思った。
しかしドリアードにとって人間とは虐げるもの。ゴミ屑のように捻り潰すもの。
そんなゴミに等しい人が、一人の人間ごときが、他のゴミと何かが違っていようがそんな事は些細な事。どうでもいい事だ。
結果に何ら変わりは無いと。
そう思っていた。
だが実際は違った。
彼は強かった。
一振りの光り輝く剣が煌めく度に背筋に嫌な感覚が走った。
どこから繰り出してくるのか全く分からないまま自分の全ての攻撃はいなされ、弾かれ、そして身体は幾度となく斬り刻まれた。
今まで人の攻撃が自身を傷つけるという経験が無かった為、そんな事は不可能であるとさえ思っていたドリアード。
そんな価値観をこの戦いで嫌という程覆される事になる。そして自身の驕り昂った考えを粉々に打ち砕かれたのだ。
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気がつけばドリアードは走っていた。
誰もいない森の中を。
草原を。海の底を。
山を越え谷を越え、そして幾つもの大陸を渡った時に自分が初めてその剣士から逃げ出したのだと気づいた。
誰もいない洞窟を見つけ、そこに一目散に飛び込んだ。
そしてその最奥で何日も、いや何年もじっとして過ごした。
どういう理由か身体が小刻みに震えて一向に止まってくれない。
両腕で動かないよう包み込んでも震えは止まるどころか、まるで身体を蝕む病のように、身体の中を何か寄生虫が蠢いているのではないこと感じる程にその勢いを増していく。
ガチガチと歯が鳴り、脳裏にいつまでも焼き付いているのはあの剣士の姿。
その刃の切っ先が何度も自分に迫りくる影。
その映像が何度もリフレインする。
いや、実際には何も見えていなかったのだからその切っ先は単なるドリアードの想像でしか無いのだが。
だが考えれば考える程に、いつしかその剣の事を、剣の道というものをもっと知りたいと思うようになった。
たかだか人間が考えた剣を扱う戦い方は、自身の肉体のみで戦う魔族である自分にとっては、何だかとても魅力的なものに見えてしまったのかもしれない。
そして自分もあの剣士のように剣を携え、たった一本の剣でどんな相手をも斬り裂いてしまえるようになりたいと、そんな願望が自分の中に芽生えている事に気づいた。
それに気づいてしまえば、急にいてもたっても居られなくなった。少しでも早く、少しでも長く、剣を握っていたいと思うようになった。
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そこからは止まらなかった。
何年も何年もドリアードは剣を振り続け、何度も何度も試行錯誤し、自分の中にあるあの剣士が振るった剣というものを思い起こしながら研鑽を続けた。
数百年の時が過ぎ、多くの者と剣を交えた。
剣士という者の中にも様々な者がいる。
中でも騎士と呼ばれる者は強かった。
しかもそれは技術的な強さだけではない。
向かってくる時の何と言えばいいか、考えている事や勢いのようなものが他の剣士とは明らかに違うのだ。
昔の自分ならば倒されていたのかもしれないと思う程に。
自分は過去、人の中でも弱い者としか出会った事が無かったのだとその時ようやく気づいた。
だがそれでも、この時のドリアードはあの時とは比べものにならない程に強くなっていた。
それにあの剣士のように光の剣を扱う者もおらず、誰一人として自分に太刀を入れられる相手に出会わなかった。
もっと強い者はいないのか。
自分の存在を脅かすような強い剣士は。
それは魔族としての最上の滅びの本能とでも言おうか。
だが、そこから物足りなさを感じ始めるまでに最早多くの時間は要さなかった。
結局ドリアードは剣の道に於いていつの間にか強くなりすぎてしまったのだ。
最早自分を打ち負かす剣士などこの世に存在しなくなってしまったのではないか。
もしそんな事が出来る剣士がいるとすれば、きっとあの時の剣士だけ。
だが人という生き物はどんなに長く生きても百年程度。
既にあれから数百年の月日が経っている。
あの剣士が今も生きている筈はない。
ドリアードの脳裏に諦めが過った。
そしていつしか騎士を倒す事にもあまり乗り気では無くなってしまっている自分もいた。
そう思ってしまうと早かった。
それから程無くしていつしか剣に対する情熱もすっかりと無くなってしまっていた。
そんな頃、ドリアードはたまたま辿り着いた街、インソムニアに身を寄せるようになる。
それが今から百年程前の出来事であった。




