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「う……んん……」
ぼやける視界の中で、目の前の景色が少しずつ輪郭を取り戻し、薄明るい部屋の中にいるのだと気づく。
そこでハッとなり起き上がる。
慌てて周りに目を向けて、立ち上がろうとしてフラフラとその場に尻餅をついた。
身体が、どうしようもなく重い。
それでも頭を回転させ、状況を理解しようとそのままの体勢で首を振り、辺りを見回す。
取りあえず今ここに魔族の姿はなさそうだ。
フィリアはそこでふうと安堵の息を吐いた。
混濁する頭の片隅に、意識を失っていた時の記憶が夢の中での出来事のように虚ろに残っている。
はっきりとは思い出せないが、おそらくうまく魔族を退けられたのではないかと思った。
単なる楽観ではなく、何故かそうなのだろうと思えるような強気な思いがフィリアの中にはあったのだ。
もう一度足に力を入れて立ち上がる。
ふらつきはするが何とか立てなくはない。
まだ視界はぼやけ、足取りは覚束なく、頭がぼうっとする。
フィリアは首を振り、頬を張ってとにかく意識を強く持った。
ふうと短く息を吐く。
その視線の先にメルが倒れている事に気づいた。
「メルちゃん!」
駆け寄って彼女の安否を確認する。
衣服ら薄汚れているが、息はしている。
どうやらただ気絶しているだけのようだ。
「我が身に宿りしマナ以て 彼の者の傷を癒したまえ ヒール」
フィリアは自身も本調子ではないながらも、回復魔法をメルへとかけた。
自分の中の魔力が消費されるが、それによる負荷は対して感じなかった。
青白い光がメルの身体を包み込んで癒す。
「う……ん」
それをきっかけにうっすらと目を開くメル。
「メルちゃん! 気づきましたか!?」
「あ……お姉ちゃん。ここ……は?」
「教会の中です」
フィリアに起こされながら辺りを見回すメル。
未だに記憶がはっきりとしないようだったがその様子から鑑みるに、体に異常はなさそうだ。
フィリアは胸を撫で下ろした。
「メルちゃん。他の人たちがどうなったかなんて、知りませんよね?」
フィリアの最後の記憶では美奈もアルテもサマエルにどこかへ消されてそれきりであった。
メルならば恐らく自分よりも後の状況を知っているだろうからと、念のための確認だ。
「……ううん。……わからない」
だがその辺りのことはメルにも分からないようであった。
フィリアはスッと立ち上がる。
「そうですか。では探しにいかなくては」
出来るだけここを離れない方がいい気もするが、もし他の場所で美奈やアルテが魔族と戦闘になっていれば、自分が力になりたいと思ったのだ。
「あたしも行く」
その言葉にフィリアは目を瞠る。
断ろうかと思ったのだが、すぐにそれは幅かれた。
メルが思いの外強い眼差しを向けてきたのだ。
「……分かりました」
少し考えてやがてフィリアは肯定を示す。
この辺りはまだ完全に安全と決まったわけではない。
ならぱ一緒に行動した方がいいだろうという結論に達したのだ。
前を向いた矢先、徐にフィリアの手がぎゅっと握られた。当然メルのものだ。
その小さな掌の温かさにフィリアはハッとなり、しばらくその手を見つめた後、強く握り返した。
「では、行きましょう」
黙って頷くメルを先導しながら教会の入り口を目指そうとした矢先、誰かが駆けてくる気配がする。
二人は一旦足を止め、入り口の扉をしばし睨みつけていた。
「フィリア!」
教会の扉を開けて入ってきたのは美奈だ。
息を切らし、蒸気した頬に彼女の必死さが伝わる。
「ミナ様っ!」
「お姉ちゃんっ!!」
駆け寄る三人。メルは目に涙を浮かべながら美奈に取りついた。
「……フィリア、メルちゃんも。無事?」
「はい、この通りです」
「よかった……」
実際美奈がいなくなった時間はとてもではないが無事とは言える状況ではなかった。
だが今となってはそんな事はもう些細な事である。
三人はしばらくそのまま無言で互いの温もりを確認し合ったのだった。
しかしそんな三人のしばしの平穏も長くは続かない。
『ミナよ、安堵するところ悪いが、まだ終わってはおらんようじゃ』
美奈の頭の中に精霊オリジンの声が響き渡る。
それと同時に周りの空気の中に異常な淀みを感じた。
教会内の空気が唐突に変化していっているのだ。
「……部屋の中が歪んでいく?」
フィリアの能力によってひんやりとしていた教会の空気が急に湿り気を帯び、空間がうねり、視界に不可思議な歪みが見えた。




