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「がっ……はっ……!!」
そこからの戦いは半ば一方的であった。
アリーシャはドリアードの剣を受けるので精一杯で、まともな反撃を返せないでいた。
奥義を放った直後なのだ。満身創痍でそんな力は残っていやしない。
それでもドリアードの剣閃は何とか凌いでいた。
合間に放たれる徒手空拳や蹴りだけを受けて、何とか命を繋いでいるようなそんな感覚だ。
「ゴホッ、ゴホッ……!」
熱い液体が胃からせり上がり、灰色の鮮血が地に降り注ぐ。
意識が飛ばないのが不思議な程であるが、それでもアリーシャは再び立ち上がった。
「そんなものか……貴様の歩んできた剣の道はそんなものなのか。軽い。軽すぎる」
ドリアードは失望の眼差しでアリーシャを見下ろす。
アリーシャは唇を強く噛みしめ、その痛みに耐えながら意識を保った。
意識が保たれると身につけた鎧や手にした剣がより一層その重さを主張してくる。
悔しい。
自分自身に対する激しい疑念と哀願の感情が胸に押し寄せる。
私はこんなものなのか?
私の剣の道はこんな所で閉ざされてしまうのか?
なぜこれ程までに自分は弱いのか。
騎士として、王女としてこの先も守りたいものは強くこの胸にあるというのに。どうして私は力に屈してしまうのか。
いや、そうじゃない。
屈しはしない。屈する事など決してありはしない。
だが足りないのだ。
圧倒的に、知識が、経験が、技量が、身体能力が、剣の腕が、力が、足りな過ぎるのだ。
それをどう補えばいい?
どうすればやつに勝てるのだ。
教えてくれ。
誰か。
幾度とない剣檄に晒され、アリーシャの体はとうに限界を越えていた。
血を流しすぎているせいもあり、感覚は麻痺し、身体は熱を帯び頭もぼうっとする。
そんな中にあっても、不思議とアリーシャの中に敗北するという意識は無かった。
あるのはドリアードという一人の剣士に対する対抗心。
何としてでもこの者の上をいきたいというとてつもない向上心だ。
だがそんな気持ちでいたところで、日々の研鑽に勝るものなどない。そうも思ってはいるのだが。
何かを理解しようと本能がざわめきたてる。
その先へ行けともう一人の自分が訴えかけてくる。
想うだけで剣が強くなるのならば日々の努力など必要ない。そんな葛藤が胸を占める。
だが強くなりたいと強烈な意思も、強くなるためにはまた必要な事なのだ。
日々の努力なくして土壇場の覚醒などあり得ないとも思う。
だが人は自身が窮地に立たされた時、強く思う事で火事場の馬鹿力のような、本来出し得ない筈の力を出せてしまったりするのかもしれない。
ライラと戦った時に、自分の限界を越えてその先に行けたように。
アリーシャは本能的に今がその時だと悟っているのだ。
そしてその可能性を模索しているのだと、自身で何となく気づいているのだ。
あの時とはまた違うけれど、何か切っ掛けがあれば変われる。そんな予感が自身の頭の中を駆け巡るのだ。
『ライラ、君ならどうする? こんな時君がいてくれたら、どんなにか心強いだろうな』
ふと未だに自身が師と仰ぐ者の名前を思い浮かべる。
アリーシャは今でもライラの事を想っていた。
ライラはアリーシャ自身がこの手に掛けた相手だ。
だが最期の瞬間、アリーシャはライラの事を敵としてではなく、同じ騎士団の自分に剣の教授をしてくれた師として、そして本当に心を許せた家族よりも近しい存在として受け入れたのだ。
ライラの存在はアリーシャにとって、こんな窮地に立たされた状況ですら想いを馳せてしまう程に大きい。
『ライラ……』
もう一度頭の中で彼女の名を呼ぶ。
「何?」
目の前の男、ドリアードが突然眉根を寄せた。
その声にアリーシャも現状の変化に気づく。
自身の右手に携えた剣。そこから灰色の光が放たれていたのだ。
気づけばその剣はまるで持っている事が分からないくらいに重さを感じさせなくなっていた。
軽い。
不意にアリーシャは右手を剣を握ったままに二度三度と薙ぎ、払う。
そのあまりにも自分のものではないような剣捌きに目を見開いた。
「まさか……剣が呼応したというのか……!? こんなことが……本当に?」
初めてドリアードが驚愕の表情を見せた。
目の前の出来事が心底意外とでも言うように、大きく目を見開いては視線を剣へと向け続けている。
「まさか……」
随分と狼狽するドリアードにアリーシャ自身も驚く。
だがそれ故に気づけた。
剣がアリーシャの心の変化を感じとり、剣自身も変化を遂げたのだと。
アリーシャは直感的にそう思った。
剣の覚醒。
そんな事象がこの世に存在するのか。分からないが目の前のこれはそう呼ぶに相応しい現象だった。
アリーシャは手にした剣に視線を這わせながら、ドリアードが先程言っていた言葉が脳裏に過っていた。
『剣に名前をつけろ』
確かに全ての物事、行為には名前がある。それは時にはっきりとした輪郭を伴わせ、大いなる結果を生みだす奇跡の言葉となり得るのだ。
アリーシャは一呼吸おいて改めて剣を構える。
そうするだけで胸の中に浮かんだ呼称が自然と口をついて出た。
「ライラの剣!」
「くっ!?」
アリーシャは友の名を呼びながら剣を振るった。
誰かが自身の背中を押した気がした。
不思議だ。自身の体は満身創痍だというのに、今日最速の鈍色の剣閃が繰り出されたのだ。
そのスピードに、ドリアードは今日初めて勢いを殺しきれず仰け反った。




