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先程まで騒がしかった教会内にいつかしらと同じような静謐さが訪れている。
フィリアは一瞬事態を飲み込めないでいた。
突然目の前にいたはずの美奈とアルテが姿を消してしまったのだ。
この状況を引き起こした張本人はおそらくサマエル。
メデューサは彼を一度怒鳴りつけ詰め寄っていった。
だが一言二言発した後、無駄な労力だと思ったのか、舌打ちをして話し掛けるのを止めた。
サマエル本人はというと、あれ以来ピクリとも動かず固まっている。
美奈とアルテのいた方へと向けた右手はそのままで、それ以降全く言葉を発する事なく固まったように動かないでいたのだ。
「ちっ、しょうがないねえ。とりあえず残り物を片付けておくとするか……」
メデューサは諦めたようにフィリアの方へ歩いてきた。
最早興醒めしてしまったようにフィリアを見つめるメデューサ。
彼女の縦長の瞳孔が一層細くなり、それと同時に横に細められた切れ長の目が自身の内にこもっていた思考を引きずりだした。
「くっ……ミナ様とアルテ様をどこへやったのです!?」
苦し紛れに放った言葉だった。
自身に向けられる纏わりつくような殺意を振りほどくように、声音を高く。
フィリアは再び戦闘態勢を取った。
周りの大気を急速に冷やし、自身のフィールドを形成していく。
単発の攻撃では石化させられ迎撃されてしまうのがオチだ。
ならば周辺の空気を冷却する事によって全方位からの氷の攻撃ならばどうか。
そんな事を思考してみるも、フィリアも馬鹿ではない。その結末がどんなものかは容易に想像できた。
「まだわかってないのかい? 頭の悪い娘だねえ……」
呆れたように呟くメデューサ。
メデューサは凍りついていく体には、もう別段興味を示さなかった。
面倒くさそうにその場に立ち止まったかと思うと目を閉じたのだ。
「はあっ!!!」
目を見開くと同時にメデューサの身体から一陣の風が巻き起こった。
「くっ!」
列泊の気合いと共に放たれたそれは周囲に吹き荒び
突風となりフィリアの方へと向かってくる。
それを避けることは叶わず、両手を交差したその身に受けるしかなかったのだ。
体を薙いだ風が思ったよりは随分と優しい。そう感じたと同時に再びフィリアの体は石と化していく。
「ひっ!? またっ!?」
「ハーッハッハッハアッ!! いい声だねえ」
フィリアの口から漏れ出た声は、彼女が思っている以上に恐怖の色を含んでいた。
「あ……あ……」
それに憤りながらも心を蝕むその感情は間違いなく恐怖だった。
じわじわと灰色の部分が増していく中で心にもじんわりと灰色の絶望が広がって、浸食していく。
更に恐怖を煽るのは、今は石化を解除してくれる仲間がいないということだ。万事休す。
自覚したらもっと胸の鼓動が早くなった。
だがそれももうじきに石となり止まってしまうのだろうか。
体に力が入らない。諦めが心を黒く覆い尽くす。
最早身動きすらまともに取れないフィリアを眺めながら、特に面白くもなさそうにメデューサは語り始めた。
「ふん。冥土の土産に教えてやるよ。アタシの石化条件。それは恐怖さ。あんたはアタシの力の前に一度恐怖を感じたんだよ。だからいつでも石化出来るようになった。その時点でもうあんたは負けていたのさ。アタシの敵じゃない」
フィリアは朦朧とする意識の中でメデューサが雄弁に語る様を聞いていた。
まるで夢見心地のようにその声すらも遠ざかっていく。
「あんたは勇者じゃない。そこら辺のゴミクズと変わりゃしないから用済みってわけ。だから大人しく石になってアタシの糧になりな……て言ってももう聞こえないか? アーッハッハッハハッハッハァッ!!」
心底愉快そうに笑うメデューサ。
その瞳に映る少女は全てが灰色の彫像と化したように動かない。
最期は抗う暇すら与えてもらえずに。悔しいと思うほどの戦いすらもさせてもらえずに。完全にフィリアは石にされてしまったのだ。




