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光の帯がメデューサのいる中空を貫いた。
メデューサはそれを黙って見ている事しか出来ない。
「くっそ……」
為す術はなく、美奈の放った光魔法にメデューサはその身を焼かれた。
光の帯は教会の床を貫き、そこを黒々と焼け焦げさせる。
木製の床は瞬く間に火の手を上げ始めた。
燃え盛ろうとする炎へ向けて、フィリアが氷を発現させ消火。
「やりましたね、ミナ様」
フィリアが炎を鎮火させながらそう溢す。
メデューサを焼きつくし、消滅せしめたと思ったのだ。
だが美奈はフィリアの予想に反する返答を見せた。
力なく首を二度横に振ったのだ。
「え? ミナ様……?」
「ふう……流石に胆を冷やしたよ」
「ヒッ!? ヒイイィィィィィィィィィッッ!?」
フィリアの問いに答えを返したのはメデューサ本人であった。
そしてその隣には今の今までこの戦いを我関せずと見守っていたもう一人の魔族、サマエル。
「もう一人の魔族の存在を無視し過ぎていたみたい」
「ヒッ!? ヒイィィィィィィィッッ!!!」
サマエルの声が教会内に木霊する。相変わらず周りの全てに恐怖したような振る舞い。
だが美奈の表情は硬い。
そして何もしてこないサマエルに対し、ほんの一時でも意識を逸らしてしまったことを悔いた。
できれば今の一撃で仕留めきりたかった。
だが無理だった。
結局戦況は何も変わっていない。
ただ戦いが進むにつれてこちらのマインドを大きく消費していっているだけなのだ。
「ミナ?」
アルテが美奈の顔を心配そうに覗き込む。
「……大丈夫、だよ?」
美奈はアルテの言葉に少しだけ笑顔を取り戻す。
これは仲間を不安にさせまいとする彼女の気づかいだ。
だが実際は笑んでいるような状況ではない。
このままだとじり貧なのは火を見るより明らかなのだ。
「ミナ様! 来ます!」
「うん! 分かってる!」
魔族からの再びの攻勢。
そう思ったがメデューサは動かなかった。
今度は隣に佇むサマエルが頭を抱え始めたのだ。
更に体を左右前後に振り乱し、半狂乱になったように不規則に震えだした。
「うあっ! うあっ! うああああああああああああっっ!! もうっ! いやだああああああああああっっ!!」
「ちょっ!? サマエル! しっかりしろってんだよ!」
隣にいるメデューサも頭を振り乱すサマエルから一旦距離を取り、怒鳴りつける。
舌打ちし、彼女も彼のそういう面には手を焼いているようだ。
だがサマエルはそんな事はお構い無しに両手で髪を掻きむしり、更に大きくガタガタと身体を震わせる。
「があああああああああああっ! どおうしてえっ!ボクがあああっ!! こおんな目にいいいぃぃぃぃ!あわなければああああああっ! いっ……きええええええええええええっっっっっっっっ!!!」
「……狂ってる」
サマエルの様子の異常さに、美奈は言葉を失う。
とは言え今までの魔族との邂逅から、魔族の心の内が理解出来るとは思ってなどいないのだが。
「っ………………………………」
突然がくりと首を項垂れて沈黙するサマエル。
その様子に三人は勿論、メデューサすらも行動を見守っていた。
サマエルは全く微動だにせず、動かない。
先程までの取り乱しようが嘘のようだ。
まるで、立ったまま気絶しているように見える。
「一体なんなのです……あの魔族」
半ば震える声でサマエルを見つめるフィリア。
彼女は無意識の内になのか、少し後退っていた。
そんなフィリアの様子を横目で見なが視線をサマエルの方へと戻した。
その瞬間変化は起きた。
「………………消えろ」
「え?」
こちらに手をかざすサマエルの姿が見え、美奈は呆けた声を上げた。
彼の微かな呟きが美奈の耳に届くか届かないか。
そんな刹那の間に、突如美奈の目の前の景色が反転したのだ。




