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美奈は内心焦っていた。
このままではマインドが切れて時を操れなくなってしまう。
続く戦いのお陰でもう自身のマインドは半分も残っていないのだ。
このままでは後三十分ももたない。
それに引き換えメデューサの攻撃には特に回数制限などは無いだろう。
やっていることといえば自身の髪を蛇に変え、それでこちらに噛みつくというものなのだ。
大したマインドの消費は無いと思える。
それに魔族のマインドは人のそれに比べて規格外に多いと思われる。
ポセイドンの戦いを経て、それは実感していた。
少なくとも三十分以上能力を行使出来ないなんていう事は可能性としてまず無いと思われる。
状況は思ったよりも良くないかもしれない。
そんな美奈の考えを悟ってか、メデューサの顔が愉悦へと歪んでいく。
獲物を捕らえた蛇のように残忍で冷酷な表情だ。
美奈は自身を奮い起たせるように首を振った。
考えろ。考えるんだ。まだ時間はある。
このまま黙って倒されるなんてさせてやるもんか。
美奈の心は現状とは裏腹に強く、大きく輝いていた。
自分にこれ程の強い意思の力があろうなどとは思ってもみなかった。
美奈は自分がどちらかというと控えめで引っ込み思案なところがある性格だと認識している。
それが今は目の前の敵に立ち向かう闘志に満ち溢れているのだ。
心当たりは、ある。
それは精霊の存在だ。
オリジンと契約を結んでから自分は変わったと思う。
強くなったというか。何事にも動じなくなったというか。
焦ったり、動揺したりすることがほとんどなくなった。
心の有り様が変化を起こしたのだ。
『うむ。ミナ、お主のその考えは概ね正しいと言える』
「やっぱり?」
『精霊は宿主とある種の融合を起こすことによって、自身の能力を宿主に与える。そしてある程度の経験を宿主に上乗せするんじゃ。更にマインドも共有し、人一人では到底扱いきれないような大きな事象を発生させる力を得る』
「だからこんなにも力が溢れて、どんな時も冷静でいられるんだね?」
『うむ。今のお主はただの一人の少女ではない。上位精霊オリジンの知識と経験も上乗せされた熟練の魔法使いじゃよ』
「うん。きっとこのくらいの困難は乗り気ってみせるよ」
オリジンにそう告げられ、美奈は心が自信に満ち溢れた。
今ならなんだってやり遂げられそうな気がしてしまうのだ。
「……?」
その時、美奈は少しの違和感を感じた。
ほんの少しの、意識的に見ていなければ分からない程の変化。
たまたま自身の体に起こる石化に目を向けていたから気づけた。
ただの偶然による産物。
「ミナ様……! このままではじり貧です! ……私に構わずミナ様だけでもこのルーティーンから逃れて下さい……!」
フィリアが悲痛な叫びを上げる。
フィリアは先程からメデューサの攻撃を凌げず、常に石化状態に晒されていた。
美奈の援護がなければとっくに石像と成り果て、戦線を離脱しているだろう。
そんな状況だからつい弱気な言葉が口をついて出てしまうのだ。
だがそんなフィリアに美奈は優しく微笑んだ。
戦いの最中だというのにその笑みは慈悲深く、温かい優しさを含んでいた。
「……フィリア。大丈夫だから。私、分かったの」
「?? ……何がですか?」
フィリアはそんな美奈の表情に気圧されながら首を傾げる。
「この攻撃は、私たちの心の持ちようで多少は防げるみたいだよ?」
「は? ……心の……持ちようですか?」
「うん。おそらくメデューサは私たちの心に存在する恐怖をトリガーにして石化を発現してる。フィリア、メデューサに恐れを抱かなかった?」
美奈の言葉にフィリアはハッと何かに気づいたような表情を見せた。
思い当たる節があるようだ。
「彼女の力に屈しないで? それだけでもメデューサに対抗しうる武器になるから」
互いの体を見比べると、明らかに今の美奈とフィリアの石化速度に差が生じているのが分かる。
それどころか美奈の石化の進行はほぼ止まっていると言っていいだろう。
それを見たメデューサが表情を歪ませる。
「ちっ! 面倒な娘だね! これならどうだい!」
メデューサの髪が数百の蛇と化し、その全てが美奈に降り注ぐ。
だが美奈はそんな事ではまるで慌てる様子もなかった。
「タイムトラベラー・リバース!」
美奈は改めて強くマインドを込めてフィリアや自身の体、メデューサの攻撃その全ての時間を巻き戻したのだ。
それに歪むメデューサの顔。
「だからその技は厄介なんだよおぉぉぉぉっ!」
メデューサは吼えた。
そして再びの蛇の強襲。
時間を戻されるとしても、そこにはマインドの消耗が発生する。
根比べとばかりに何度も同じ攻撃を繰り出してくる。
確かにこのままこんなことを続けていればいつか倒されるのはこちらの方だ。
だが美奈は既に次の一手を用意していたのだ。
「ライトニング・ギャロップ!」
無詠唱から放たれた魔法。それが自身の体を光の膜で包み込んだ。
この魔法は身体の電気信号を活性化させ、通常の何倍もの移動速度を身につけさせる。
美奈は自身の体を高速で移動させ、あっさりと蛇の毒牙を掻い潜った。
「サーペントブリーズ!」
攻撃を繰り出した隙を突き、石化の呪縛から回復したフィリアがまたも絶妙のタイミングで技を放ってみせた。
「小賢しいっ!」
メデューサは明らかに苛立った声を上げた。
彼女の瞳が輝き、二条の赤い光の粒子が射出される。
それに直撃したサーペントブリーズはやはり呆気なく石と化した。
「まだだよ!」
そうこうしている内に素早くメデューサの背後に回り込んでいた美奈。
手にはマジックボウガン。
インソムニアの城の武具庫でメンデス王子からいただいた代物だ。
そこから放たれた一条の魔力の光の矢。
メデューサは逡巡した。
これが弓使いの男の攻撃ならば避ける必要すら無い。
だがエレメンタラーである美奈のこの光の矢を身に受けて大丈夫だろうかと。
避けることは容易い。だがその際に隙を作ってしまう。
決して大きな隙ではなくとも今この少女に少なからず隙を見せて本当に大丈夫だろうかと。
「ちっ!」
メデューサは躊躇った後に、大きくジャンプしてかわす選択を取った。
浚巡したことで避ける動作が大振りなものになってしまったのだ。
美奈はこの時を待っていた。
空中に逃れるその時を。
美奈はこの時更に自身の魔力を練り上げていたのだ。
そしてその魔力に精霊オリジンが色づけし、性質を変化させる。
光の魔法を対魔族用に塗り替えるのだ。
「ライトニング・ジャッジメント!」
「うあっ……!?」
不可避の雷光がメデューサの頭上に唸りを上げて降り注いだ。




