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瞬時に形成された氷のアート。
それは生ある蛇の如く、うねりながらメデューサへと突き進んだ。
放たれた氷の蛇はその勢いのままにメデューサを丸呑みにし、凍り漬けにしてしまうかに思われた。
「ハッ! ハァァッッ!」
メデューサは気合いと共に自身の身体から不可視の波動を発射。
その見えない壁に阻まれて、氷の大蛇は虚空で不自然な角度に曲がり、ひしゃげ、中空に留められた。
「……!?」
そして数瞬の後。中空に留まった氷の大蛇は、頭からパキパキと枯れ葉を踏み鳴らすような音を立てながら、姿形はそのままに、石像へと姿を変えてしまう。
そのまま勢いを失った大蛇はズシンと床に落ち沈黙した。
「石化の能力!? ……っ!?」
その能力に目を見張った一瞬の隙をついて、石と化した氷塊の合間から、鞭のようにしなる物体が数本飛び出した。
「くっ……!」
慌てて身を捻って避けるフィリア。
だがその内の一本がスカートの裾をかすめた。
その場所からピキピキと石化を始める衣服。
「いやっ!?」
フィリアは慌てて服の裾を破り捨てた。
布だったものは地面に落ちる頃に石片と化し、カランと小気味よい音を響かせて転がった。
フィリアの頬に一筋の汗が流れ落ちる。
見ればメデューサはニヤついた笑みを浮かべてこちらの様子を伺っていた。
「ククク……。次はあんた自身がそうなる番だよ」
「……それはどうでしょうか」
余裕を見せるメデューサの態度に敢えて強気な発言で牽制するフィリア。
「ククク……」
そんな彼女の心境を見抜いてか、メデューサは顔に笑みを張り付けたまま次の攻撃に出た。
フィリアは肩を強ばらせた。
メデューサは今度はユラリと上半身を動かしたかと思うと、その姿が陽炎のように消える。
厳密には超速で動いただけだ。
だが格闘戦に於いてほぼ素人のフィリアから見ればそう見える程の洗練された動き。
「くっ! ブリーズプリズン!」
とにかく自身に接近戦で攻撃を仕掛けるつもりだと思ったフィリアは、周り一メートル四方に円形の氷の囲いを作った。
その檻の完成とほぼ同時。メデューサの手刀が氷壁に突き刺さる。
間一髪でメデューサの攻撃を止めることに成功。
だがその側から先程と同じように氷の檻がパキパキと音を立てて石と化していく。
フィリアは慌てて術を解除しその場を離れた。
メデューサは余裕の表情でこちらを見つめつつ、約半分が石と化した檻を膝蹴りで砕き、突き刺した腕を引き抜いた。
「弱い……弱いねえ……。こんなんじゃ一瞬で決まっちまいそうじゃないか。もっと楽しませておくれよ」
メデューサは二股に割れた舌を出したり引っ込めたりしながら、フィリアを値踏みするようにねめまわした。
フィリアはその眼光に思わず身がすくみそうになる。
だが彼女とて今や一人の戦士。
怯えそうになる気持ちを奮い起たせ、メデューサに一杯食わせるための準備をしきりに進めていたのだった。
「……? 何だい? 息が……白い?」
空気が張りつめていく。
これはその場の緊張感とかそういったものではない。
物理的にその空間が冷えているのだ。
「……あなたの能力は触れた物を石に変える能力。確かに私の氷は全て石にされてしまい、あなたに攻撃は届かないかもしれません」
「むう……」
みるみるうちにメデューサの身体は冷えていっていた。
辺りは白み、霧がかかったように視界は悪くなる。
「ですがあなた自身を氷に変えてはどうでしょうか?」
メデューサの肌には霜が降り、徐々に白んでいっていた。
だがそれでもメデューサの顔から笑みが消えることはなかった。
「ハハハッ、やるじゃないか! だけどあんたも大丈夫かい?」
「何を言って……っ!?」
メデューサの問いに逡巡したが、その意味がすぐに理解出来てフィリアは言葉を詰まらせる。
そして自分の身に起こっている変化に驚愕する。
「く……これは……」
気づけばフィリアの体の自由は奪われていた。
徐々に高質化して石になっていっているのだ。
「く……どうして?」
フィリアは特に攻撃を受けてはいない。
直接的な攻撃は体に触れてはいないはずだ。
何か、憶測を見誤ったのか。
「ハハハハハハハッ!! どうだい? 徐々に体が石になっていくのは!? 恐ろしいだろう? あたしはそんな人の恐怖が大好物なのさっ! クックックック……」
フィリアの能力はまだ展開されている。
メデューサの体は徐々に氷りつき、果てには氷像と化すのかもしれない。
けれどこのままではそれを完遂する前に自分が石にされてしまうのは火を見るより明らかであった。
「くっ……!!」
こんなに簡単に敗北しそうになる自分が情けなかった。
しかし徐々に体が石となり、もう半分以上が灰色に高質化し、自由も利かなくなってしまっている。
メデューサに止めを刺す事も叶わず、最早最後の瞬間を待つだけだ。
せめて最後はメデューサに愉快な思いを少しでもさせないようにと、彼女を思い切り睨み付けてやることくらいしかもう抵抗できる術がない。
「ククク……中々活きは良かったんだけどねえ。……さっさとくたばっちまいなよ。そうすればこの後予言の勇者に絶望を与えやすくなる」
二人を助けたくてついてきたのに、結局最後は足手まとい。
「……アリーシャ様、ミナ様……申し訳ありません」
そんな呟きが口をついて出てしまう。
申し訳なさと悔しさに胸が苦しくてフィリアは目を瞑った。
「ククク……いいねえ……ククククク……」
その時、完全に石と化す直前。
体が光に包まれてフィリアは急に身体の自由を感じた。
目を開くと先程まで動かなかった体の全ての部位がその活力を取り戻していたのだ。
「これは……まさか?」
「……なんだってんだいっ! 一体!?」
メデューサの慌てふためく顔。
フィリアは気づいていた。
こんな事が出来るのは自分が知る限り一人しかいない。
教会の入り口、自身が展開した冷気により白んだ視界が晴れていくその向こう側。
そこに彼女が見知った人物が立っているのが見えた。
「フィリア、あきらめるのはまだ早いよ?」
「……諦めてなどいません。ミナ様の……バカ」
どうやら自分はまだまだ助けられてばかりのようだ。
それでも仲間がいることにフィリアは安堵する。
そして心に希望の光が灯るのだ。
戦いはまだ始まったばかりなのだから。




