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「それが僕が見てきた一部始終さ……」
それまでの話に聞く戦いが嘘だったかのように静謐な王室に、アルテの自嘲気味な声が響き渡る。
「アルテ……ありがとう。話してくれて」
美奈はアルテの話を聞きながら、気づけば彼の手を握っていた。
彼は項垂れたまま美奈の手に握りしめられていた。
二人の距離は妙に近くて、でもお互いに悪い気はしてはいなかった。
ふと二人の視線が絡まり合い、見つめ合う形となる。
美奈はアルテの憔悴しきった表情を目の当たりにし、今の話も思い出され、ひどく胸を痛めた。
ズキリと胸を刺すような痛みを伴い、それと同時に少しでもアルテの心を癒したいという衝動に駆られる。
美奈は母性愛のとても強い女の子だ。
そんな彼女がそっとアルテの頬に手を当てて、優しく微笑みを浮かべるということはごくごく自然な成り行きだったのかもしれない。
「辛かったね」
「っ……!!」
そう告げられたことは自然な流れであっても、言われたアルテ自身は、大きく目を見開き、心底意外そうな顔をした。
冒険者という常に戦いの中に身を置く職業柄か。
辛いという現実に、今さらになってようやく彼女の言葉によって気づかされたのだ。
「……う……ぐっ……!」
自覚したら早かった。
雪崩のように感情の波が押し寄せて。
アルテは最早頬に涙が伝うのを止められず、その涙は美奈の手を濡らしたのだ。
不意に引き寄せられるアルテ。
同時に訪れる柔らかな温もりと甘い香り。
アルテは美奈の胸に頬を埋めながら、心地好い安心感に包まれた。
「うっ……うう……僕はっ! 僕はっ……!!」
そう言葉を絞り出すのとほぼ同時に美奈の腕の力が強められて、涙は更にアルテの瞳から零れた。
まるで涙を搾り取られでもするように、後から後から涙は溢れて、止めどなく零れ落ちるのだ。
美奈はそんなアルテの背をあやすようにとんとんと叩きながら自身の胸に埋め続けていた。
アルテの涙でずぶ濡れの様子を目の当たりにしながら、彼女は言葉もなく、しばらくじっと彼を包み込んでいたのだ。
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どれくらいそうしていただろうか。
いつしかアルテは泣くのを止めて、二人は抱き合いながら王室で互いの温もりを感じ合っていた。
段々と脳の中がクリアになってきて、アルテも少しずつ冷静な気持ちを取り戻しつつあった。
「ミナ……」
「??」
不意に名前を呼ばれ、そのアルテの声音がようやく自分の知っている彼のものであると思い、彼女の胸には少しの安堵の気持ちが去来した。
ようやく落ち着いてくれたのかと、未だ胸の中にいる彼の方へと意識を向けた。
「あの……痛いよミナ。そろそろ離してくれないか?」
「え!? あっ……ごめんなさいっ!」
告げられた言葉に美奈は自分がしていることの重大さに今さら気づく。
慌ててアルテを自身の包囲から解き放ち、距離を置いて離れた。
何故か二人とも正座して、畏まったような振る舞いで自身の装いを正しつつ、目を泳がせている。
互いの温もりから解放されて、心も身体も急に冷ややかな状況と置かれた。
それにより美奈は、途端に自身が悶絶してしまいそうになるほどの羞恥に満ちた行為に手を染めていたことに理解が追いつく。
そうしたらどんどんと顔が熱を帯びていき、先程までの慈愛に満ちた彼女は何だったのかと思えるほどにはたと鳴りを潜めて固まってしまうのであった。
「ふふ……」
「え?」
アルテがそんな美奈を見て笑った。
美奈はそんな笑い声が解せなくて、首を振り向かせアルテの顔を仰ぎ見た。
そして必然的に互いの顔を見つめ合った結果、美奈はそこでアルテの表情が晴れやかであることに気づけた。
それを見て美奈は心底安堵できたのだ。
やり方はどうであれ、自身の行いはある程度功を奏したのだと、アルテの顔を見て、そう思えた瞬間であった。
「君は不思議な娘だね、ミナ」
「え? ……そ、そうかな?」
不思議な娘、という今まで全く言われたことのない言葉を投げ掛けられ少し目を泳がせてしまう。
そんな美奈を、爆弾とも言える言葉が続けられ、彼女を襲ったのだ。
「こんなにきつく女の子に抱き締められたのは初めてだよ」
「ふ……ふえっ!? そっ、それは! なんというか、成り行きっていうか!」
「君は成り行きで出会って間もない見ず知らずの男を胸に抱き締めるのかい?」
「あっ! え……と……それは!?」
アルテの言葉に自分が一体何をしてしまったのか。
再びそれを自覚する気持ちがどんどんと膨らんでいく。
恥ずかしい。
美奈はそんなことを淡々と言われ、思いきり顔を真っ赤にした。
「はっはっはっはっはっ!!」
それを見てまた笑うアルテ。
だが今度のそれは微笑む程度のものではない。
思い切り腹を抱えて、座った状態からコロリと寝転がる。
そしてあろうことか、アルテは更にその場で転げ回って笑い出したのだ。
「あ……え……?」
アルテの印象にない姿を目の当たりにして、美奈は戸惑うというよりは完全に呆けてしまい、彼のそんな姿を見つめ続けていた。




