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「うおっ!? こ、これはなんじゃっ!?」
「ガッシュッ!?」
先程の傷があった部分。見た目は塞がって完治したように見えてはいるが、実際はそうではないのか、その部分を起点として徐々に肌が硬質化していっているのが誰の目から見ても分かる。
色は黄土色から灰色へ。石になっていっているのだ。
「こ……こんな……?」
アルテは茫然となりガッシュの変化を見つめるしかできない。
それはマリンとトーマも同じ。
明らかに苦しんでいるガッシュを前に、皆恐怖で身体がすくんだ。
「ぐ……う……アルテ……」
「ガッシュ!!」
みるみるうちに石化は広がり、時間にするとほんの数秒。
そんな思考も追いつかない程の短い時間の中でガッシュの体は完全に物言わぬ石となった。
それは言うまでもなく、周りにあるガンジス王、メンデスと同じ末路。
「う……うそ……? そんな……」
人を石に変えてしまう能力。
そんなあり得ない力をまじまじと目の前で見せられて、茫然となる三人。
ガッシュの石像を眺めしばらく震えを抑えることに必死だ。
そんな様子を当のメデューサは特に何をするでもなく見つめていた。
顔には狂喜の笑みを張りつかせ、じっくりと堪能するように。
「ヒヒヒ……、いい顔だ……恐怖の感情をひしひしと感じるよ」
「うっ……動けっ! 動くんだ皆!」
アルテが自身を奮い起たせるように叫んだ。
震えていてもなんにもなりはしない。
ガッシュの事に動揺していてもそこに待つ未来は絶望だ。
ならば戦わねば。
少しでもそんな黒い未来を回避するために。
そしてそのままアルテは矢をつがえ、メデューサへと放った。
その数三本。
動揺しているとはいえやはり熟練の冒険者。
素早く三連射でメデューサのおおよそ人の急所と呼べる部分へと、寸分違わず矢は放たれた。
「遅い!」
だがその矢はメデューサの瞳が突然赤く輝いたかと思うと彼女の前方に突風が吹き荒れ、それぞれ明後日の方向へと飛んでいってしまう。
「くっ!?」
その風は勢いを止めず、咄嗟に三人は腕で顔を覆った。
そして風は三人へと到達し、通りすぎていった。
訪れる静寂。
「……なんとも……ない?」
三人は顔を見合わせお互いを見やる。
先程の風はなんの事はない、ただの突風だ。
しかもその強さは大したことはなく、自分達を吹き飛ばすでもない。
結局矢を吹き飛ばした強い風をその身に浴びただけにとどまった。
何かしらのダメージを受けるのかと覚悟していただけに、その風は拍子抜けしてしまうものであった。
「あ……いや!?」
そう思った矢先、マリンの恐怖に怯えた声が室内に響き渡った。
見ればマリンの足が、じわじわと灰色に蝕ばれていく。
それは言うまでもない。石化だ。
「マリンッ!?」
やはり今の風はただの突風ではない。
風を浴びた者を石と化す風だったのだ。
だがなぜマリンだけが。
自分も風は受けたはず。
そんな違和感を覚えつつも目の前の彼女はどんどんその姿を石に変え、その変化はもう腰から胸辺りにまで及んでいる。
「いやっ……アルテ……助け……」
「マリンッ!」
大粒の涙をながしながら、それすらも石の欠片と化した。
マリンに駆け寄り、彼女の頬に手を触れた瞬間、彼女は完全に石の像と成り果てた。
「……くそっ……こんな……」
苦虫を噛み潰したように吐き捨てるアルテ。
自分の目の前で仲間が石に変えられていく。
こんなに簡単に、幾度と無く共に死線を潜り抜けてきた仲間が、やられていくのだ。
アルテは今起こっている出来事が本当に現実なのか、まるで信じきれないでいた。
こんな事が自分達に起こり得る筈が無いと。
都合がいい考えかもしれないが、それだけ自分達の力を信頼していたのだ。




