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王室。
いつもであれば荘厳華麗で、凛としているはずのこの部屋の空気が、今は重苦しく澱んでいた。
部屋の中が暗いとか、異臭がするとかそういう事ではない。
パッと見ただけではこの部屋の空気の大きな違いは分からない。
確かにここにもたくさんの石像がある。
だがそれだけでそこの空気の雰囲気が大きく変わる要因にはならない。
それでもアルテを含む四人の歴戦の冒険者達が、そこに入った瞬間にそう感じたのだ。
ここに漂う魔力のせいなのか、はたまた自分達の胸を締め付けるようなプレッシャーのせいなのか。それもあるだろう。
しかし最もその大きな要因を占めていると思われるもの。
それは自分達の目の前にいる者達の存在だ。
自分達のこれまでの経験が告げている。
この者達は確実にヤバい。
出来る事なら関わらない方がいい。
今すぐにここを逃げ出してしまった方が懸命だ。
今まで幾度と無く死線を潜り抜けてきた者達だからこそ持ち得る、特別とも言える感覚がそう結論づけて自分達の胸をきりきりと締めつけていくのだ。
「ねえ……あれ……」
最初にマリンが呟いた。
その声は掠れ、空気の湿り気を吸い込んでゴクリと喉を鳴らした。
皆、気づいてしまったのだ。
目の端に映る、石像の中の見知った顔に。
玉座の前。ガンジス王の断末魔の形相をした石像の存在に。
そして恐らくそれを為した者達。彼らも今、玉座の前に位置していた。
ガンジス王の石像のすぐ側だ。
先程ここへ来ることを決定づけた叫び声。
それはガンジス王のものであった。
恐らく彼らがつい今しがた、ガンジス王をこのような姿に変えてしまった張本人なのだろう。
彼らはゆっくりとこちらを振り向き、自分達の存在をゴミクズか何かを見るような目つきで、さも愉快そうに言った。
「あ~ら、まだいたのぉ。フフフ……」
その者達の中で最初に声を発したのは女だった。
彼女の瞳が縦長の曲線を描き、目が細められた。
「ヒッ! ヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!?」
その女とは裏腹に、もう一人のその男はアルテ達の姿を認めると大袈裟に悲鳴を上げた。
その表情には嘘偽りのない明らかな恐怖の色を滲ませて。
「な……何!? 一体何なのアイツら!」
そんな彼らの対称的な挙動に戸惑いながら、マリンの口から漏れ出た声はより一層掠れていた。
そこにいたのは合計で三人。
一人は一言で形容するなら蛇のような女。
姿形は女性だが、切れ長の瞳に瞳孔が縦に入っており、口からは時折細長い舌が見え隠れする。
緑色の縄のような髪が灰色の肌と相まって一層不気味な印象を醸し出していた。
もう一人はこちらを見て悲鳴を上げた男。
彼も肌の色はグレイで髪も緑。
一見姿形は女と似通っていた。
だが醸し出される雰囲気はその女とは対称的だ。
常に怯えたような、おどおどとした挙動をし、まるで拷問を受ける囚人のようにびくついていた。
視線をそこかしこに向けて終始落ち着かない。
時折頭を抱えてしゃがみ込んだり、かと思えば天を仰いで金切り声を上げたり。
情緒不安定で異常者だということは誰の目から見ても明らかだ。
そしてもう一人。
その二人の奥に佇む男がいた。
その姿に思わずアルテは息を呑んだ。
「君は……シャナク!」
「え? アルテ……その名前、さっきも言ってた」
「なんじゃい、知り合いか?」
アルテの言葉に他の三人も反応を示す。
だが彼の姿を見てもアルテ以外は知らぬ存ぜぬ。完全にシャナクの事は初見の反応なのである。
ついさっきまであれ程共に戦ったというのに。
「一体これはどういう事なんだ……?」
アルテの頭に幾つかの疑問符が浮かんでは消えていく。
だが考えているそばから、意外にも答えはあっさりと判明する。
「なんだいシャナク、一人あんたのことを覚えてるみたいじゃないか。ちゃんと記憶を消しときなってんだよ。……まあ別に、どうでもいいけどねえ、これからコイツらもここにある石像たちと同じ運命を辿るんだからねえ」
蛇の女はさも愉快と言わんばかりに終始顔をニヤつかせている。
完全に舐めて弄んでいるのだ。
アルテの顔に汚物を見るような強い嫌悪の色が滲んだ。
「ひっ!? な、何なの!? あの女、気持ち悪い!?」
そんな彼女に酷く反応を示したのはマリンである。
その怯えっぷりを見て女はより一層嬉しそうに顔を歪めた。
「ヒヒヒ……。中々旨そうな奴らじゃないか。ここにいるのはザコばかりで辟易してたのさ!」
「ヒィィィィッ!? メデューサ!? コイツらも殺るつもりかい!?」
「相変わらずうるさいねえこの卑屈野郎が! アタイら魔族が何怯えてんのさ! バカがっ!」
金切り声に顔をしかめながら優男を叱咤する女。
そのやり取りの中で紡ぎだされたとある単語に一堂は騒然とした。
「魔族? ……こ、コイツらが……魔族?」
渇いた声はマリンだ。
絞り出した声音は明らかな怯えが混じっていた。
初めての経験に、目の前の禍々しく常軌を逸した彼らの反応に、マリンは早々と気圧されてしまっていたのだ。
「……こんな奴らが魔族だというのか」
いつもは冷静なトーマでさえ大きく目を見開き驚きを隠せない。
あまりにも唐突すぎる邂逅に頭がついていかない。
アルテ達四人はそもそもレッサーデーモン以外の魔族をまともに見たことがないのだ。
魔族とは彼らにとって基本的には異形の者。
実際このような人の姿をした魔族を見るのは初めてであった。
「ヒヒヒ……、そこの嬢ちゃんはさっきから中々いい怯えっぷりだねえ。色濃い恐怖がひしひしと伝わってくるんだよねえ……ヒヒヒ……」
メデューサと呼ばれた女の魔族が、マリンを見つめより一層愉しげな声を上げる。
そしてその身体から薄黒い靄のようなオーラが立ち昇った。
「ひいっ!? な、何っ!? なんなのコイツら!?」
「マリン! これ以上呑まれるなっ!」
アルテはまるで、肩を震わせ怯えるマリンの手を引き、自分の胸の中へと抱き寄せた。
彼女の怯えを取り除くようにと抱き寄せる手に力を込める。
「マリン! これ以上コイツらの話に耳を傾けるんじゃない! 戦うぞみんな!」
「分かっている!」
「了解じゃっ!」
アルテの号令にトーマとガッシュは戦闘体勢に入った。
そんな彼らを見つめるメデューサの表情は新しい玩具を見つけた子供のように瞳を輝かせ、狂気に充ちていた。




