53
「しっかし呑気なもんよね。魔物を私たちに任せてみんな城に避難しちゃってさ。この国には兵士もけっこういるってのにさあ」
マリンは頭の後ろで手を組み、インソムニアの天井を仰ぎ見ながら歩く。
「まあそう言うなマリン。ワシらをそれだけ信頼してくれとるんじゃ」
そんなマリンのぼやきに反応したのはガッシュである。
ドワーフであるガッシュは自国のことをそんな風に言われ少し呆れたように彼女をいさめた。
だがマリンもそれではいそうですかというわけでもなかった。
彼女は大袈裟にため息を吐いた。
「はあ~。ホント、自国のことになると寛大なんだから。さっすがドワーフの英雄様よね」
マリンとしても今回大きな活躍をしたというわけではなかったが、かなり危険に身を侵した。
ぼやきの一つも言いたくなるというものだ。
それに彼女はまだ二十歳そこそこと若い。
パーティーの中でも年下で、それなりに文句をつけることが多いのだ。
いつもは彼女をそこまで相手にしないガッシュであったが、自国のことを悪く言われて面白くない。
それでも性格上年下の女性に文句をつけるのは気が引ける。
「本当に口の減らん女だのう~。おいアルテ、お前からも一言言ってやってくれ」
そこでアルテに助け舟をお願いした。
マリンがアルテのことをえらく気に入っているのは周知の事実。
こういう時はアルテに委ねるに限る。
だが声を掛けられたアルテは思った以上に神妙な面持ちを見せていた。
「アルテ? 一体どうしたの?」
アルテの異変にすぐさま気づいたマリンは彼の元へと駆け寄り下から顔を覗き込む。
だがアルテはマリンの方を向くことはなかった。
「……何かおかしくないか?」
「え?」
アルテは周囲を見回しながら耳を澄ます。
「……見張りの兵士すらいないとはな」
アルテの言葉に反応したのはトーマである。
彼も同じように今の状況に違和感を感じていたのだ。
それを受けてガッシュが改めて辺りを見回した。
「……確かにそうじゃな。流石に外が静かになれば誰か出てきてもいいもんじゃ。兵士の何人かに出くわしてもいいもんなんだがな」
そう言い武器を構えるガッシュ。こういう時の切り換えは流石に早いのだ。
それに倣いアルテは弓を、トーマは杖を構えた。
マリンも気持ちを切り換え、真面目な表情になる。
そして彼らは一旦アダマンタートルから得た鉱石を、手近な建物の物陰に置いておくことにした。
現在パーティーは既にインソムニア城の入り口まで迫っている。
何にせよここから城の中に踏み込むことになるのだ。
四人はもう一度互いに目配せし合い、頷いた。
「慎重に進もう。ガッシュ、先陣を切ってくれ」
「おう、まかしとけい」
ガッシュはふうと息を吐き、腰を落とす。
ここは慎重に中へと足を踏み入れようというのだ。
隊列は先頭がガッシュ、次にトーマ、アルテ、マリンという順番だ。
一段一段ゆっくりと階段を下りていく。
普段ならば何も感じない場所だが、今はなぜかここがとても不気味な場所に感じられた。
薄暗く、空気がひんやりとしていて、背中に寒気すら感じる。
先程まで口数の多かったパーティーも、今は誰も無用なお喋りなどをすることはない。
一歩、また一歩と進み、やがて城内へと続く扉の前にまで来た。
その場所まで来ても、中から会話や物音すら聞こえてこない。
やはり変だ。
本当にここに誰かが避難しているのかどうかすら疑わしいと思えた。
「ではいくぞい」
誰かの喉がゴクリと鳴った。
そしてガッシュは扉を前に押し開けたのだ。
「……!? 何なんだこれは!?」
目の前に広がったその光景に打ち震える一同。
「なんなの!? この石像は!?」
悲鳴のようなマリンの声音。
中には多くの石像が連なり置かれた状態だった。
もちろんこれは異常な光景だ。少なくともここを出た時はこんな物は置かれていなかったのだから。
誰もがその光景に不安と恐怖を隠し得なかった。
その時。
「ああああああああああああああああっっっっっっっっっ……!!!!!」
「何だ!? 誰かの悲鳴……!?」
城の奥の方で誰かの叫び声が木霊した。
アルテ達は一瞬お互いの顔を見合せ、反射的に走り出した。
「今の声! 聞き覚えがある!」
全速力で石像の間をすり抜けて駆け抜ける。
皆目的地とする所は同じだった。
ここからその目的地まで多少離れてはいるが、アルテ達が全速力て駆ければそう時間は掛からない。
間に合うかどうかは分からない。
間に合う?
いや、何をどう以て間に合うと判断するのか。
だが、ともあれ駆けずにはいられない。
この城内で何か不穏なことが起こっていることは確かなのだ。
「なんなのよ……一体……どこにも人がいないじゃないっ……」
走りながら周りを見渡し、吐き捨てるようにマリンがこぼす。
「……」
マリンの言葉に答える者は誰もいなかった。
それでも皆ある程度の予想はついていたのだ。
だから余計に言葉を発せられない。
何にせよ今はまず目的の場所へとたどり着くことが先決だ。
皆はそんな言い訳染みた想いを胸に秘め、石像だらけの廊下をひた走っていたのだ。
「あそこだ!」
ついにアルテが王室へと続く扉を視界に捉えてそう叫んだ。
四人は駆ける足に更に力を込めた。
王室の扉は大きく開け広げられている。
先程聞こえた叫び声はもう聞こえない。
皆は渇いていく口の中をそのままに、王室の前に立ったのだった。




