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静かすぎるというのは不思議なものだ。
頭の中ではやけにうるさく張りつめたような高周波の音が響き渡るのだから。
結果的に美奈は汗ばむ額を拭いつつ、ゆっくりとインソムニア城内を歩いていく。
行く通路、覗く部屋。その全てに多くの石像があった。
その全てが精巧で、様々なポーズを取っており。
先ほどまで生きていたのではないかと考えるまでもなくそう思ってしまうのだ。
この国には悠に万を越える人々が暮らしていた。
この広大なインソムニア城内のスペースの中にそのほとんどを避難させ、その全ての人々が未だどこかで集まって静かに留まっている。
そんな事が起こり得るはずはない。
美奈はそこまで考えて一度思考をストップさせる。
これは防衛本能と言ってもいいだろう。
不確定要素に関してマイナスな思考は心を負の感情で満たす。
そうなれば戦い以外の事に気を取られてしまい、自身にとって最も適正な判断が出来なくなるのではないか。
今は余計な事に気を取られず、まずこの城内に石像以外の、生きている者を探す。
若しくはこの石像の中に知っている顔は無いか。
シンプルにそれだけに意識を集中させよう。
そしてその目的を最も果たせそうな場所と言えば、それは一つしかない。
美奈は一直線にその場所へと通路を進んでいた。
いつの間にか歩む歩はその速度を上げて、気づけば足早に駆け出している。
答えを求めているのだ。
こんな状況になった現況を突き止めるそのために。
彼女が向かう場所はもう目と鼻の先。
美奈は神妙な面持ちで無意識にごくりと喉を鳴らしていた。
『ミナよ。大丈夫じゃ。今のワシらに敵う者など、そうおりゃせん。それこそグリアモール程の相手でない限りはな』
「うん、ありがとう」
オリジンの言葉が温かく胸に染み渡る。
物騒な言葉ではあるがそれでも美奈にとって一人ではないということが、彼女にとって大きなインターバルとなり心に余裕を持たせてくれていたのだ。
「ありがとう、オリジン」
彼女はこの切迫した状況下で薄く微笑みを漏らした。
そしてもう一度言葉に出して感謝の意を述べてみた。
別に精霊との会話は声に出さずとも、身振りを交えずとも、心の中で思うだけで伝わるのだが、美奈はそういう事がどうにも苦手であったのだ。
特に今は普段と違って周りには誰もいない。
それを誰かに見られたりしたら、変な目で見られたりする事から、結果普段はオリジンとの会話は余り行ってこなかった。
だが今はそんなオリジンの存在が、心強く感じられたのだ。
心の中に、自分以外の誰かがいてくれるだけでこんなにも心持ちが違うとは。
「ありがとう、オリジン」
『ふぉっふぉっふぉ。そんなに何度も言わずとも聞こえておるよ』
「だって、本当に感謝してるんだもん」
『うむ。こちらこそワシなんぞに感謝をしてくれて、ありがたいと思っておるぞい』
何となくそんな彼の言い回しに違和感を覚えつつ、いよいよ目的の場所へとたどり着いた。
目の前には他の場所とは違い、一際豪奢で荘厳と呼ぶに相応しい重々しげな扉が立ちふさがっていたのだ。
美奈は一呼吸置くと、その扉に手を掛けた。
ゴゴゴ……という音がやけに重々しく辺りに響き、一気に緊張感が増す。
そして一メートルほど扉を押し開けた視界の先に、遂に見知った顔を見つけたのだ。
「アルテさん!」
慌てて彼に駆け寄っていく。
だが美奈はそうしながらも焦燥の気持ちが沸々と湧き上がっていく。
彼は王室の真ん中に膝立ちの状態で一人そこにいた。
美奈が駆け寄った今も、その瞳に光は宿らない。
まるで萎びた人形のように、茫然と一点を見つめ佇んでいた。




