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インソムニアの街を駆ける。
美奈は音のしたであろう方向。インソムニア城を目指していた。
教会からそこまでは歩けば数十分は掛かるだろうが、ライトニング・ギャロップを身に纏った状態であれぱ、道を間違えたりしない限り、ほんの数分で到着することだろう。
「大丈夫かな」
『むう……ワシにもそれは分からん。じゃが城内で何か良からぬことが起こっておるやもしれん』
オリジンの言葉に美奈は胸の奥がきりりと痛んだ。
一体何が起こっているのか。
胸騒ぎがして少し落ち着かない。
さっきまで聞こえていた地響きのような音も今は止んで、それでも何か嫌な予感が消えてくれないのだ。
もしあの時誰かが戦っていたのだとしたら、それは現在戦いが終わってしまったことを意味するのではないだろうか。
美奈はあまりマイナスなことを考えすぎないようにと地を蹴る足に力を込めた。
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「確か……ここ」
数分後、美奈はインソムニア城の入り口へと到着していた。
流石にライトニング・ギャロップの効果は抜群だ。
予想よりも遥かに早くインソムニア城へとたどり着くことができた。
美奈はなぜかぽっかりと開いた城門を見下ろしていた。
目の前には下へと続く石階段が先が見えなくなるほど続いている。
不気味な程静かである。
まるで人の気配が無い。
ぽっかりと薄暗く伸びるその階段は、まるで闇の底へと誘う地獄への入り口のように感じられた。
元々運動がそこまで得意ではない美奈。
彼女は若干切れた息を整えるべく深呼吸をしてから、慎重に地下へと続く階段を下りていった。
中は少しひんやりとして空気が肌にひりつくような気がした。
緊張からか、体を動かしたからか。頬を冷たい汗が伝う。
地下へと下りていくと、すぐに通路が折れ曲がり、その先に扉があった。
そこの扉は入り口とは違い、しっかりと閉じられている。
鍵は開いているのだろうか。
この奥にはインソムニア中の人達が、アダマンタートルから逃れて避難しているはずなのだが。
今でもやはり城内は不気味なほどに静まりかえっている。
見張りの一人にも出くわさないとは。
これを異常と言わずしてなんとする。
アルテ達は、無事だろうか。
ふとさっきまで共に戦った知人の顔を思い浮かべる。
おそらく四人ともここへ来ているはずだ。
彼らは強い。
そう簡単に危機的状況に陥るとは思えないが。
さっきの音がもし彼らが戦っていた物音だったとしたら。
不安な気持ちを抱えながらも階段の最下段まで辿り着いた。
ここまでがとても長い時間に感じられた。
だが実際のところ数十秒といったところだろう。
今、美奈の目の前には城内へと続く扉が立ちはだかっている。
見上げるほどの大きな扉。全長五メートルはあるだろうか。
扉は閉まってはいたが、形式を見るに鍵自体が無い造りに思える。
美奈は意を決してその扉を押し開く。同時に自分の喉がゴクリと鳴る音が自身の耳にやけに大きく響いた。
扉はそこまで重くはなかった。
彼女一人でも十分に押し開けるほどに。
思いの外静かに扉が開き、中の光が漏れ出てきた。
「ん……」
その光量に、一瞬美奈の視界は真っ白になり思わず目を閉じた。
すぐに目が慣れて中の様子を確認する。
その時美奈の視界に入ってきた風景に、彼女は息を呑んだ。
「……い……し?」
自分でも間抜けな声を出してしまったと自覚しながらも、どんどん喉の奥が乾いていくのと同時に額に嫌な汗が吹き出してくる。
「こんな……」
美奈は言葉を失った。
彼女の瞳には信じられない光景が広がっていたのだ。
確かにインソムニアの人々は城内に避難していた。
それはここを埋め尽くす人の数で分かる。
問題はその人々の姿であった。
インソムニア城内に避難してきた人々。彼らは皆、等しく石へと変わり果ててしまっていた。
まさかこの数の石像が元からここにあったとは言うまい。
通路のところ狭しと並べ立てられたこれらの石像は、紛れもなくインソムニアの人々であったものだと確信する。
美奈はゆっくりと近くの石像へと歩を進める。
この光景に嘆いたりおののいたりしていても仕方がないのだ。
美奈は唇を結び、ここで起こっている事を確認しするために一歩一歩と踏み出していく。
そしてそっと手近な石像に触れてみた。
するとどうだろう。
うまくは言えないがその石像から、何かしらの生命力のような脈打つ波動を感じるのだ。
少なくともこれはただの石という訳ではないとは思ってしまう。
「一体……何があったの?」
思わず口から漏れる呟き。
『分からん。じゃがミナよ、心して行くのじゃ』
「……うん」
それに答えてくれるのは精霊オリジンだ。
美奈の身体には重すぎるほどの緊張感が宿っているが、それでも精霊の存在は彼女に大きな勇気と安心感を与えてくれていた。
「ライトニング・ギャロップ」
ここに着いた頃に切れた魔法を、再び自身の体にかけ直す。
いつ何があってもすぐ動けるように。
正直一旦戻る事も脳裏を過ったが、もしかしたらこの奥に助けを求めている人がいる可能性も否定出来ないのだ。
そんな人達を放っておいておめおめと戻るなど、美奈の性格からそれは大いに憚られた。
「オリジン、奥に行くよ?」
『ミナ、気をつけて進めい。それにお主のマインドは今は半分以下じゃ。無理はするな。とにかく様子を見つつヤバければすぐに引き返すんじゃ』
「分かってる」
先程アダマンタートルとの戦闘を行った際に、美奈のマインドは既に半分以上を失っていた。
時を戻す時間で言うとせいぜい後三十分くらいが限界なのだ。
本来ならばしっかり回復してからここを訪れるべきだったのかもしれない。
だがもうこの状況を知ってしまった以上、美奈にその歩みを止めるという選択肢はない。
彼女には自分で思っている以上にたくさんの正義の心と他人を思いやる優しさが宿っているのだ。
それがこの先彼女の運命をどのように左右していくか。
今はまだ誰も知る由もなかったのだ。




