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半日ぶりの教会。
もしかするとインソムニア城に避難しているかもとも思ったが、中には人の気配がある。
そんな事はなかったようだ。
「お姉ちゃんたち!? 大丈夫だった!?」
扉を開けるとメルが心配そうに自分たちを迎えてくれた。
「メルちゃんただいま。お薬買えた?」
「ううん。ずっとあの大きな魔物が外を彷徨いてたからそれどころじゃなかったよ」
メルは部屋の奥にいるドリアードに聞こえないようにしたいのか、ちらと彼の方に一瞥くれた後で、美奈の耳元に口を寄せて密やかに話した。
薬を買う事はドリアードには内緒なのだ。
しかしメルは中々に肝が据わっている。
メルの言う魔物とはもちろんはアダマンタートルの事を指しているのだろうが、あれ程の魔物を目の当たりにして怯える様子もなく平然としているのだから。
「お前たち。随分早かったようだが、結局例の物は用意出来たのか」
ドリアードが部屋の奥から話しかけてきた。
暗がりに位置し、こちらへは近づいてはこないようだ。
「魔石とオリハルコン、どちらも持ってきた。これで問題は無いはずだ」
「見せてみろ」
アリーシャがそう答えると、やがてドリアードは部屋の奥からこちらへと近づいてきた。
その所作には一切無駄な動きがないのか、驚く程足音が無い。
それに何となく口数も少なく、物静かな雰囲気を漂わせているように思えて、何となく声を出すことが憚られるような気がしていた。
アリーシャは手に持ったオリハルコンの鉱石と、懐にしまい込んでいた魔石をドリアードへと手渡す。
それを受け取り、しばらく物色するように鉱石と魔石を見つめているドリアード。
そんな彼をメルは不思議そうに見つめていた。
だが彼を心なしか警戒した面持ちで見つめている三人に比べて、メルの表情は穏やかだ。
しばらくしてドリアードは鉱石と魔石、両方を手に握りしめて、こちらを向いた。
魔族だからなのか、その際瞳がギラついたように思えたのは気のせいではないはずだ。
「いいだろう。これで作ってやる。アリーシャ、と言ったか。ついてくるがいい」
そう言ってドリアードは美奈たちに背を向け、部屋の奥へと歩いて行ってしまう。
三人は顔を見合わせ、慌ててついていこうとする。
だがその際にドリアードはこんな事を言ったのだ。
「おい、私はアリーシャに言ったのだ。他の者はここで待っていてもらおう。おそらく数時間は掛かるだろうからどこかへ行ってくれても構わん。メル、お前もだ」
「え? ……そんな……」
ドリアードの発言に皆言葉を失う。
そして再び顔を見合せる。
当たり前のようにそう告げるが果たして言葉通り従ってよいものかと。
「ち、ちょっと待って下さい!」
フィリアがドリアードの背に声を掛け呼び止める。
ドリアードは歩を止めて顔だけをこちらへ向けた。
「何だ、お前達は急いでいるのではないのか?」
「そ、それはそうですが……」
「だから私は今すぐ剣の錬成を始めてやろうというのだ。それに何の異を唱える?」
「なぜアリーシャ様と二人でなければいけないのですか? 私たちも同行させてほしいのですが」
相手は魔族。警戒は最もであるし、アリーシャと二人きりになるということは聞いていない。
少なくともフィリアはまだそこまでドリアードを信用してはいないのだ。いや、全く信用していないと言った方が正しいか。
とにかくドリアードとアリーシャが二人きりになることは危険だと判断した。
アリーシャを守るべき侍女としてもそのまま見送るわけにはいかないのだ。
「……私はこの後剣を打つことに集中したい。そしてその女にはその剣を扱う者として、その一部始終を見守る義務がある。はっきり言って他の者は邪魔なのだ。これは鍛冶師としての私の理念。決して譲れはしない」
「……」
ドリアードの言葉にフィリアは口をつぐんでしまう。
まさかそんな形で理由を述べられるとは思ってもみなかったのだ。
そう言われてしまうと確かに言っていることは理にかなっているように思えた。
そこに嘘や偽りもないように思ってしまうのだ。
彼は魔族ではあるが、生粋の武人であるようにも感じている。
そんな者が卑劣な手段を行じてくるだろうか。
いや、そもそも魔族という時点で自分たちと同じような物差しでは考えられない可能性も捨てきれない。
様々な葛藤が胸を過り、結果フィリアは何も言えなくなってしまう。
「フィリア、大丈夫だ。私は行く」
「アリーシャ様!? しかし!」
フィリアの肩に手を置き、彼女を慰めるような視線を送る。
「心配するな」
「……!?」
正直ここまでして本当に剣を作る必要があるのか。フィリアにはよく分からなかった。
けれどアリーシャの瞳に見すくめられてしまうと何も言えなくなってしまうのだ。
そして同時に胸の中にやきもきした気持ちが込み上げて、悔しさにも似た怒りのような感情を溢れさせるのだ。
なぜいつも自分の主はこんなにも無鉄砲で危険を顧みないのか。
これも騎士の矜持というやつなのだろうか。
どんなに心配しても自分が思った事、そしてその決断を一向に曲げようとしない。
そんな彼女にいつもハラハラさせられて、だから少しでも助けたくて、少しでも側にいたくて、今も何とかしようとしているけれど、結局彼女の決断に従うしかないのだ。
主だから。
幼なじみだから。
だけど結局彼女の事をたまらなく好きだから、慕っているから。
そんな彼女の道の手助けはしても邪魔だけはしたくない。
そんな想いからフィリアは結局後ろへ下がってしまうのだ。
「……分かりました」
「話はまとまったようだな。行くぞ」
「ドリアード! どこ行くの!?」
再び行こうとするドリアードを、再び呼び止めたのはメルだ。
メルは小さな拳を握りしめてこの部屋から出ていこうとするドリアードを見つめている。
心なしか瞳が潤んでいるようにも感じる。
ドリアードはそんなメルの元に戻ってきてしゃがみ、彼女に目線を合わせながら手をポンと頭の上に乗せた。
獣人であるメルの頭についた三角の耳が横に倒れてはぴくぴくと震えては戻ってくる。
「メル、大丈夫だ。このお姉さん達と少し待っていなさい」
美奈はドリアードのその表情がひどく目に焼き付いた。
そしてなんと優しい声音であるのかと思う。
ドリアードにそう言われたメルは、若干不服そうながらもコクンと頷き笑顔を見せたのだ。
「お姉ちゃん、ドリアードと仲良くね?」
メルがアリーシャの方を向き、そう言葉をかけた。
アリーシャは一度目を見開いたが、すぐにメルへと笑顔を見せた。
「ああ、大丈夫だ。心配するな」
そのやり取りを最後に、二人は奥の部屋へと消えていったのだった。
「フィリア、本当にいいの?」
フィリアは未だ心配そうにアリーシャが去った扉を見つめている。
明らかに少し辛そうで。納得はいっていないように思えたのである。
「……仕方ありません。私はあの方の足枷にはなりたくありませんから」
美奈へと力無いけれど、精一杯の笑顔を見せるフィリア。
そんな彼女の手は心なしか少し震えているようにも見えた。
「そっか……わかったよ」
そんなフィリアに対し美奈は一瞬俯き、精一杯の笑顔で応えるのだった。




