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そこから皆で希少金属であるオリハルコンの採取作業が始まった。
とはいってもアルテ以外のクランのメンバーは、既にオリハルコンの金属片を集め始めていた。
こういう所はやはり冒険者という所だろうか。
美奈はその逞しさに思わずため息が口から洩れる。
「しかし……あのタフネスさはこういう事だったんだね」
そんな最中、アルテがオリハルコンの輝きに目を向けながらぼそりと呟いた。
北の炭鉱で、オリハルコンは全く見当たらなかった。
その答えがこれだったのだ。
未だどうやってアダマンタートルをインソムニアまで移動したのかは謎のままだ。
だが炭鉱にあったオリハルコンは全てこの魔物が体内に取り込んでいたのだ。
だからあそこには全く欠片すら見当たらなかったという事なのだ。
「おい貴様。今懐にしまったもの。それはアダマンタートルから発見した魔石だろう?」
「ちょ、ちょっと! あなた、無礼ですよ! だったらなんだと言うのです!」
そんな声に目を向けるとアリーシャとフィリアの二人に物申しているトーマの姿が映る。
彼は眼鏡を中指でクイと押し上げながらずいずいと二人に詰め寄った。三人が並ぶとトーマが頭二つほど大きい。
眉間に寄った皺とその表情から明らかに不機嫌なで高圧的な態度だということが見て取れた。
「貴様ら、分かっているのか? 戦利品の中で最も価値のある魔石を一人占めするとはいい度胸だ。それは我々全員で勝ち取った物だ。山分けするのが当然だろうがこの泥棒猫めが」
「どっ!? ……何という野蛮な方なのでしょう!?」
ヒストリアの王女アリーシャに向かってトーマははっきりと宣った。
アリーシャもそれについては深く考えてはいなかった。
気づいたら自分が手にしていたものだからそれを誰かに渡すということは全く頭になかったのだ。
それを目敏くトーマが指摘した。
再び眼鏡を持ち上げながらアリーシャを睨み据えている。
しかしトーマの物言いには多少の納得は示せても、その態度に反発を示したのがフィリアだ。
「下がってください! たとえ魔石が私達の手に渡らなくとも、あなたのような人にだけは絶対に譲りませんから!」
「……何だお前は。付き人風情が吠えるな馬鹿が」
「なっ!?」
ただでさえ自身の主に高圧的な態度を取られて気分を害している。
そんなところに今の辛辣な言葉が浴びせられ、フィリアは怒りで顔を真っ赤にした。
ふるふると唇を震わせ、小さな拳を握りしめながら強くトーマを睨み付ける。
一触即発の空気が漂う中、いち早く口を開いたのはアリーシャだ。
「フィリアやめなさいっ、トーマの言う事は間違ってはいませんっ」
「……アリーシャ様」
「ほう?」
アリーシャはトーマの意見に同意し、フィリアに厳しい言葉を浴びせた。
それには流石のフィリアも動揺し、怯んだ。
そんなアリーシャをトーマは興味深気に見つめていた。
「こらトーマ」
「ぐはっ!? な、何をするアルテ!」
そこに更に話に割って入ったのは言うまでもない。アルテだ。
アルテは呆れたようにトーマの頭部に手刀を打ち込んだ。
かなり強めにいったようで、トーマは頭を抑え今度はアルテを睨み付けた。
「それはもう僕たちはいいだろう。そもそもほとんどミナたちの手柄じゃないか」
「む、……そ、それはそうかもしれんがっ」
「相変わらず小さい男だのうトーマッ! そんなだからお前さんはいつまで経っても青二才じゃというんじゃ、ガハハハハハッ!!」
豪快に笑うガッシュの声がインソムニアの街に響き渡る。
だがそれでもトーマの不服そうな表情はますます色濃くなるばかりだ。
確かに周りの仲間の言い方や扱いの存在さから考えれば妥当だとも思ってしまうのであるが。
「そーだよトーマ! そんな事より今はオリハルコンだよ! これがあればインソムニアの王様に恩を売れること間違いなしっ! 今はそんな魔石なんかに構ってないでこっちに来なよっ! トーマ早くっ!」
「マリンがそう言うのなら……わかった」
「は……はあ??」
今までずっと難色を示していたトーマであったが、マリンの一声で彼はあっさりと引き下がった。
それには今まで悔しそうにしていたフィリアも目を丸くした。
トーマはそこからは美奈達には一瞥もくれず、スタスタと歩いていき、マリンの近くでオリハルコンを集め始めた。
彼の頬が少し朱に染まっているように見えるのは気のせいではなさそうだ。
「お騒がせしてしまったね。許してくれよ」
「はあ……なんか最後は無性に腹が立ちますね」
「まああれでも根はいい奴なんだ。すまないね」
そう言い苦笑するアルテ。
「……ほんとなんなんですかあの人」
フィリアは楽しそうにマリンといるトーマの横顔を見て、心底どうでもよさそうにため息を吐いた。
「とにかく分かってくれたようで良かったではないか。フィリア、君は少し自重しろよ?」
「は……はあ……」
あっけらかんとそう答えるアリーシャを見て、フィリアは複雑な想いで再びため息を吐いたのだった。
「それより、本当にいいのか? 魔石の件は」
「気にしないでくれよ。さっきも言った通り、僕たちはほとんど何もしていないからね。それより僕たちは一旦城に行って王に報告しに行くけど、君たちはどうする? 一緒に行くかい?」
不意にそんな申し出を提案してくるアルテ。
それに美奈達三人は顔を見合わせて頷き合った。
「アルテ、私たちはこのあと少し用があるから。それが終わってからにしていいかな?」
「ああもちろん。じゃあここで一旦お別れだ」
「そっか。うん、わかった」
それでお別れと思いきや、アルテは不意に右手を差し出した。
美奈はその手を両手で包み込むように握った。
するとアルテの方からもぎゅっと力が込められ、二人は握手を交わす。
「ありがとう。君たちのお陰で助かったよ」
そう言うアルテの笑顔は妙に清々しく見えた。
そのまま手を振り去っていくアルテとそのクラン四人。
その姿が何とも言えず、美奈の胸をちくりとさせるのだ。
「じゃあ私たちも行こうか?」
雑念を振り払うように振り返り改めてアリーシャとフィリアに向き直る美奈。
「そうですね!」
そこには満面の笑顔があった。
その後三人は手頃なオリハルコンを一つ拾い上げ、ドリアードがいるであろう教会に向けて歩きだした。
とりあえず思いの外目的が達成されてホッと胸を撫で下ろした。
だがこの時、三人は気づく由も無かったのだ。
少し離れて自分達を見つめる影がある事。
そしてこの瞬間にシャナクの存在を忘れてしまっているのがアリーシャだけではない事を。




