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「本当に大丈夫なんだろうね?」
「しつこいぜアルテ! 俺はやるっつったらやるんだよっ!」
どう見てもノリと勢いだけにしか見えないシャナク。
アルテはシャナクを自身の両腕で抱え込みながら、大丈夫だろうかと苦笑いを浮かべていた。
「まあそんな心配そうにするなってアルテ」
「え?」
「ふん……見てな」
そんなアルテの心配は、この後のシャナクの行動により杞憂に終わることとなる。
シャナクはふと静かになると、自身の内にこもり、精神を集中し始めた。
そして次の瞬間、呪文の詠唱を始めたのだ。
「我が身から創造されし闇のマナよ 我が心の箍を解き放ち 深淵の闇を落とせ」
「闇魔法なのか……?」
アルテの疑問の声に呼応するように、突然シャナクの目の前に黒い塊が生まれる。
もちろんこれはシャナクの魔法である。
だが闇魔法は使用者の数も少なく、使用の際に使い手の心を蝕んでしまうのだ。
だからたとえ闇魔法の才があったとしても、術者はそれを使うことを極力避ける。
そのためこの属性の魔法は存在こそするが、汎用性は極めて低く、それらの理由から使用者も他属性の魔法に比べると極端に少ない。。
なのでアルテも闇魔法を目の前で見るのはこれが初めてであった。
かくいうアリーシャも闇魔法の使い手だが普段から殆ど使用することは無い。
以前ライラと死闘を繰り広げた時が闇魔法を使った最後のタイミングであった。
そんな闇魔法を、しかもその上位に位置する格の魔法を、シャナクは今平然と使い始めたのだ。
「黒く 黒く 染められた闇は全てを無に還す 悠久の理を越えて 神々さえも呑み込んで」
詠唱が進むにつれて闇の濃度と大きさが膨れ上がっていく。
これはアリーシャが以前、ライラとの死闘の際、ともすれば自我を失いかけながら使用した魔法と全く同じものであった。
しかしシャナクはそんな闇魔法を何の苦もなく完成へと導いたのだ。
「ダークシャドウ・プロビデンス!!」
闇が進路をアダマンタートルの頭部に定め、対象の魔物を包み込んでいく。
その瞬間、先程から鳴っていた奇怪な音は成りを潜めた。
「ギャオオオオオオオオオオオオォッッッッッッッッッ!!!」
その代わりとばかり、アダマンタートルの叫喚が街に木霊する。
「うわっ! なんて声の大きさだっ」
耳を劈く音に顔をしかめるアルテとシャナク。
先程までのアダマンタートルの攻撃が効かなかった手前、二人にとってはこちらの方が耳障りであった。
更に厄介なことが起きた。
今までは動きは緩やかで、回避行動などは別段難しくはなかったが、シャナクの闇魔法の効力により、一種の恐慌状態に陥ってしまったのだ。
そのため身体を痙攣させながら、その場で地団駄を踏むように暴れ出した。
「プリズンブリーズ!」
それを阻止すべく真っ先に動いたのはフィリアだ。
シャナクの闇魔法のお陰で、先程の超音波のような攻撃からは解放されたのだ。
アダマンタートルの身体に絡み付くように幾筋もの氷の枝が視界を埋め尽くす。
ざっと百本近くあるだろうか。
その一つ一つが鞭のようにしなり、身体にまとわりつき、魔物の自由を奪う。
それでもこれだけの巨体である。
その程度の束縛はものともせず、立ち上がろうとする。
フィリアはその力の大きさに顔をしかめながら次の一手を放つ。
「くっ! じっとしてなさいっ!」
今度は足下から氷柱が立ち上り、そこに触れた部分から順に凍りついていく。
地面と足が縛りつけられて、流石のアダマンタートルも足を動かせなくなった。
だがこれだけの巨体である。
追い詰められているのは実はフィリアの方だ。
彼女はその力の大きさに、苦々しく顔をしかめている。
「ぐっ……! すごい力っ! 長くは持ちません……!」
「この身に宿りし光のマナよ」
その最中。
空間を流れる波のように、再び魔法の詠唱が街に木霊した。




