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一行はアダマンタートルを追いかけて街の南部への道を駆けていく。
途中すれ違う人や逃げ遅れた人には出会わなかったため、ほとんどの人の避難は既に完了したのだとそれには胸を撫で下ろした。
元々南部は夜に栄えるため、昼間の時間は人も少なかったのも要因の一つと言えよう。
アダマンタートルは巨大でその歩幅もかなりのものだ。
動きはゆっくり進んでいるように見えてその差は中々縮まらなかった。
それでもここは地下の巨大空洞。
南部の壁面が近づくとそれ以上奥へと続く道はない。
いつしかアダマンタートルは行き場を失いその場に留まった。
そうなれば追い付くのは時間の問題。すぐに目と鼻の先まで接近することができた。
「いよいよですっ!」
フィリアの声に美奈もアリーシャも顔を見合せ頷き合う。
三人はとうとう巨大なアダマンタートルを見上げる位置にたどり着いた。
最初見た時も大きいとは思ったが、間近に来るとより一層大きく見えた。
この大きさでは多少攻撃してダメージを与えても蚊に刺された程度にしか感じないのではないだろうか。
「ちょっと! あなたたち!?」
「!?」
不意に路地から目の前に一人の女性が現れた。
神官のような格好をして、青い髪を後ろで結わえた中々に美しい女性だ。
「この先は見ての通り、私たちのパーティーがあの魔物を引き留めているんだけど、一体どういうつもり?」
いきなりそんな事を告げる彼女は若干不機嫌な様子。
美奈は思わず口をつぐんだが、それに答えたのはアリーシャであった。
「という事はあなたはマリンか?」
「え……ええ、そうよ」
アリーシャに声を掛けられそのマリンと呼ばれた女性は若干後退る。
彼女は眉根を寄せてアリーシャの質問を肯定した。
冒険者クラン三位ともなると知名度の大きさも本人達も自覚しているのだろう。
だがアリーシャは有名では無いとはいえ、その身から醸し出される高貴さと気品のようなものは隠しきれない。
この場においてはマリンの方が気圧されているようだ。
「私はヒストリア王国の王女、アリーシャだ。アダマンタートル討伐の助太刀に来た」
「ヒストリア王国王女ですって!?」
目を見開き驚くマリン。
まさかこんな所で、このタイミングでそんな人物に出逢うなどとは全く想像もしていなかったであろうことはその様子から容易に伺い知れた。
「そうだ。そしてこちらが私の仲間だ。ミナは予言の勇者の一人でもある」
「は、はあっ!? 予言の勇者!? この娘が?」
マリンは今度は視線を美奈へと移して、更に目を見開く。
話が急展開過ぎて頭がついていかないのか、彼女はちらちらと二人のことを見比べては「えっ!?」とか「はっ!?」とか呟いている。
「で、でもさ。私たちのクランでも倒す目処が立たない相手に、いくらあなた達が予言の勇者とヒストリアの王女だからって、どうにか出来るとは思えないんだけど?」
勇者や王家の人間と言えど、見た目は十代そこそこの女の子なのだ。
マリンはアリーシャの助太刀を簡単に受け入れるような素振りは見せなかった。
彼女も冒険者として数々の死線や困難をくぐり抜け、多くの仕事をこなして来た経験を持ちここに立っている。
何事にも疑り深く、人を簡単に信用したり受け入れたりはしないのだ。
「……分かりました。それじゃあ私たちは私たちで加勢させて頂きます」
「ちょっと!? だから勝手な事をされるとこっちが迷惑なのよ!」
美奈の言葉にマリンは強い反発を見せた。
確かにお互いを良く知らないまま同じ敵に立ち向かっても、お互いが足を引っ張り合う結果になりかねない。
だからといってこのまま黙って見ているということも美奈には憚られたのだ。
何よりこのクランはアダマンタートルに手を焼いているし、倒す見込みも無いのだ。
むしろこのままではじり貧でやられてしまう可能性だってある。
マリンの言うことも全く分からないわけではないが、やはりこのまま放っておくわけというのはいかがなものか。
アリーシャもフィリアもそれは同じ気持ちだ。
だが今は余計な口は挟まず美奈とマリン、二人のことを黙って見守っていた。
と言うのは、アリーシャもフィリアも元々冒険者に対して元々そこまでいい印象を持っていない。
今口を挟むと互いの言い争いに発展しかねない。というのが大きな理由であった。




