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「……ありがとう」
「ん? ……ミナ様、どうしたのですか?」
群がる魔物の群れを倒し、先程の魔法の威力による盛り上がりも一旦収まり暫しの静寂に包まれた頃。
突然美奈が虚空に向かいお礼を言っているではないか。
フィリアはそんな美奈の行動を不思議に思ったのだ。
そんな彼女の問いかけに美奈は苦笑いを浮かべた。
「あ、うん。何だか最近そういう気分っていうか……。私達の世界には魔法なんていうものが存在しなかったから。魔法が放てる事に感謝してるっていうか……」
段々自分で言っていて恥ずかしくなってきたのか、最後の方は尻すぼみになりごにょごにょと話す美奈。
「は、はあ……」
そんな彼女をより一層不思議そうな眼差しで見つめるフィリア。
そんな二人の元に先程の若者が近づいてきた。
「改めてシャナクだ。さっきは助かったぜ!」
「私は美奈。こっちはアリーシャとフィリア、そしてこちらはインソムニアの王子、メンデスさんです」
美奈は改めて皆を紹介した。
シャナクはそれに笑顔で応える。褐色の肌に白い歯がより一層際立って見える。
そしてふと、何かを思い出したように考え込む。
「ん、まてよ? インソムニアの王子!? それにアリーシャって~と確か?」
「私はヒストリアの王女だ」
「へえ……あんたが。しっかしまじかよ。こんな所で王家の人間に二人も会えるなんてな」
シャナクは驚いたり考え込んだり、かと思えば笑顔になったり。コロコロと表情が忙しなく変わる。
「しかし君はこんな所で何をしていたのだ? しかも一人で」
そんなシャナクにアリーシャが皆が思っていたことをふと訊ねた。
一瞬シャナクは動きを止め、真剣な表情になる。
「ああ、俺はトレジャーハンターだ。ちょっと探し物があって旅をしている」
「探し物?」
再び問うアリーシャの顔の前に人差し指をおっ立てて持っていき、「チッチッチ」と指を横に振るシャナク。
「お姫さん、詮索は野暮ってもんだぜ? 敢えて言うならロマンを探してるのさ」
そう言いつつ笑顔でウインクを一つ。
中々そんな振る舞いも様になっている。
相手が相手ならそれで彼に好意を寄せる女性もいるのではないかと思える程に。
「……そうか。答えたく無いのなら無理には聞きはしない」
そんなアリーシャの発言にシャナクはガクッとつんのめった。
「何だよ、真面目なお姫さんだねえ」
「???」
「あの、シャナクさん?」
「ん? 何だミナ」
そんなシャナクのリアクションを華麗にスルー。
美奈がシャナクに呼び掛ける。
アリーシャの真面目さも相当なものだが、美奈もこれで根は相当真面目な娘なのだ。
そんな彼らのやり取りをメンデスは頷き嬉しそうに眺めていた。
「シャナクさんが来た方向には何も無かったってさっき言ってましたけどでの…。それって本当ですか?」
「何だと? 何も無い? この先にはアダマンタートルがいるはずではないのか!?」
先程戦闘中に聞いた情報を再確認する美奈にメンデスが怪訝な顔で食いついた。
「いや、いない。この先は一本道だから見落としも無いはずだ。信じられないなら確かめてみるか? 助けてもらった借りもある。付き合うぜ?」
メンデスは暫し考え込む。美奈達は元より断るつもりは無い。あくまで目的はアダマンタートルとオリハルコンなのだから、当然奥に進むつもりだ。
一同の視線は自然とメンデスに集まった。
「……分かった!自分の目で確認しておきたいからな!父上に報告も必要だ!一度確認が取れてから引き返しても遅くはあるまい!」
一瞬呆けていたメンデスもここでようやくシャナクの提案を受け入れる事にしたようだ。
「じゃあシャナクさん。案内をお願いします」
美奈は改めてシャナクに道案内をお願いした。しかしシャナクはその美奈の発言に、再び不服そうに頭を掻きながら答える。
「固っ苦しいのは苦手なんだ。シャナクでいいぜ? その代わり俺も呼び捨てにさせてもらう」
「ちょっとシャナク様!? 私は構いませんが姫様とメンデス様は王家のお方。きちんとお呼びください!」
それにはフィリアが黙ってはいなかった。持女として主が軽く扱われる事には納得がいかないのだ。
だがそんなフィリアを制し、アリーシャは前に出た。
「フィリア、大丈夫だ。私も普通に接してくれた方が楽だからな」
「私も別に気にしないぞ!?」
「は、……はあ、そうですか……」
そんな二人の反応はある程度予想していた事ではあったが、フィリアとしてはもう少し王家の人間だという意識も持って欲しいのだ。
当然こちらの方が親しみ易く、主として好ましくはあるだろう。
だがそれは舐められる原因にもなりかねないのだ。
だがここであーだこーだと愚痴るのは流石に野暮と言うものである。
結局難色を示しつつもフィリアは渋々頷くしかなかった。
「よしっ、これで話はまとまったなっ! じゃあ行くぞっ!」
そんなフィリアの葛藤などお構いなしにシャナクは踵を返し来た道を戻っていくのだった。




