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シャナクはそのまま一気に間合いを詰め、短刀で一撃二撃と入れつつ数体の魔物の注意を自分の方へと向け始めた。
それにより最も敵に周りを囲まれていたアリーシャに拓けた空間が生まれる。
そこを上手くつき、すかさず更に数体の魔物を撃破した。
「すみません! メンデス様の安全を確保して参りました! 私も参戦します!」
そうこうしている内にフィリアも戻ってきた。
どうやらメンデスが心許ないのを察した彼女は彼に防御魔法を掛け、さらに魔物に見つかりづらくなるよう防護シールドを展開。そして極めつけに氷の棺の中に閉じ込めるという荒業を行っていたらしい。
メンデスは不服そうであったがこれで完全に気にする心配は無くなった。
「一気にけりをつけちゃいましょう! ミナ様! 魔法の詠唱を!」
そう言ってフィリアは目を閉じこの空間に意識を集中し始めた。
すると瞬く間に気温が下がっていき、皆の吐く息が白み始める。
それにより今まで俊敏だった魔物の動きが鈍化したように感じた。
現にアリーシャもシャナクも敵の攻撃を避けやすくなっている。
「おい青年! 出来るだけ魔物を一ヶ所に集められるか!?」
「シャナクだ! やってみる!」
アリーシャはこれによりこちらの動きを察知。
瞬時に意図を理解し、シャナクに指示を送った。
短い期間とはいえ何度も共に魔物と戦いながらの道中だったのだ。
三人の連携はいちいち言葉を交わさなくてもある程度意志疎通が取れるようになっていた。
それに元々アリーシャはヒストリア流剣術の特性から、人の行動のその先や意図を汲み取る事に長けている。
美奈も人の心の機微には敏感だ。そしてフィリアも侍女として人に付き従う事が多い生活を送ってきた。
そんな三人が戦いの場においてうまく連携が取れる様になるまでそう時間は掛からなかったのだ。
「この身に宿りし光のマナよ」
美奈が目を閉じて魔法の詠唱に入る。
彼女の身体の周りを魔力の粒子が包んでいく。
「空に集められし雷となれ」
力ある言葉が美奈の口から紡がれ、詠唱が進むにつれて大気の質が変化していく。
暗がりの洞窟の天井を更に黒く包み込むように暗雲が立ち込めていく。
「今ここに 万物を消し去る神の力と成りて 彼の者に降り注げ」
美奈の身体が黄金の輝きを放ち、神々しく洞窟を照らす光の玉となる。
「一切の塵芥すら残さずに 雷は神々の裁き 彼の者に降り注げ」
魔力の猛りが狂ったようにその矛先をある一点へと定め、美奈の口から放たれる最後の力ある言葉を待ち焦がれている。
「アリーシャ様! ミナ様の魔法が来ます!」
「分かっている! ダーク!」
「何だありゃ!? おっかねえ!」
アリーシャがダークの魔法を放ち、魔物達を一瞬恐慌状態へと導く。
それによりその意識を自分達から逸らし、その隙に跳び退いて魔物の群れとの距離を取る。
その刹那。
「ライトニング・ジャッジメント!」
美奈の力ある言葉と共に猛り狂う光の奔流が洞窟内を昼間のように照らし、稲妻がまるで意思を持っているかのように魔物の群れを居抜いた。
魔法がその全ての猛威を奮い、一瞬遅れて轟音が洞窟を突き抜けていく。
その後に残ったのはまるで吹き溜まりのような魔物の群れの消し炭。
魔物達はその圧倒的な魔力の渦の前に、断末魔の悲鳴を上げる暇もなく全ての形を例外無く魔石へと変えたのだった。
「これ程の魔法だったか……?」
以前ヒストリアに向かう道中で美奈のこの魔法を目の当たりにしているアリーシャが、改めて見たこの魔法の威力に驚愕の声を漏らした。
「うん。ちょっとね、私ももっと強くならなきゃって思ったから。自分の魔力を強化するための練習はしてたっていうか……」
「……そう言えばさっき武器庫の前でミナの腕に触れたメンデスが弾かれたが、それが原因か?」
「気づいてたよね? うん……実は、そうだったんだ」
美奈はヒストリアの専属魔導師に教授を請い、自身の魔力の質を向上させるために常日頃から魔力をある一定量放出し続けるという訓練を旅の道中で行っていた。
その結果魔力を無意識に近い状態でも開放出来るようになり、更に意識的に魔力を使用した際にその威力と精度を格段に高めるという事に成功したのだ。
更に魔法とは別に魔力のバリアのようなものを身に纏いながら戦う事も可能となった。
こういった事は一朝一夕で会得出来るようなものでは決して無いのだが、この世界で得た驚異的な成長速度と美奈の日々の努力が可能にした本来は成し得ない結果であった。
「凄いですミナ様! 私の出る幕がありませんでした!」
フィリアも同じ魔法使いとしてその凄さをまじまじと実感し、美奈に称賛の声を送った。
その言葉に美奈は少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「ううん? フィリアがメンデスさんの安全を確保してくれたから魔法に集中出来たんだよ? ありがとう……て、そう言えばメンデスさんは……?」
美奈の視線の先。
そこには膨れっ面で腕を組み、氷の棺の中に座り込むメンデスの姿があった。




